食とメンタルヘルスの関係性とは
ーー精神科医師という立場から「食」の重要性を訴えているのはなぜでしょうか?
奥平智之先生(以下、奥平先生):心の不調というと、多くの方が「気持ちの問題」「ストレスが原因」と思いがちですが、実際には“脳の栄養不足”が背景にあることが少なくありません。
脳は、鉄やビタミン、タンパク質、脂質などの栄養素からできています。つまり、食べたもので心がつくられているのです。私が「メンタルヘルスは食事から」という視点をもとに、栄養精神医学の啓発を行ってきた理由です。
ーー食生活が乱れることで、心やメンタル面にはどのような影響がありますか。
奥平先生:糖質ばかりの偏食、過度なダイエット、欠食などにより、脳に必要な栄養が不足します。すると、イライラ・不安・落ち込み・朝起きられない、などのメンタル不調が現れます。
特に「鉄欠乏女子(テケジョ)」に見られるように、フェリチン※が低い女性にこうした症状が多くみられるのです。フェリチン25ng/mL未満の方は、明らかに「赤信号」です。
※フェリチンとは、鉄結合性タンパク質の1種。体内に鉄を毒性のないかたちで貯蔵し、必要なときに放出する「鉄の貯金箱」的な存在。フェリチンが低いとは、鉄のストックがない(少ない)状態です。

ーー鉄欠乏性貧血とは、具体的にどのような症状を指すのでしょうか。
奥平先生:ヘモグロビンが低下し、酸素運搬能力が落ちることで、めまい・倦怠感・集中力の低下・動悸などの症状が出ます。加えて、心の不調も伴うことが多いです。
ーー鉄分不足が心の不調を伴うのは、なぜですか?
奥平先生:鉄は、幸せホルモン(セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン)の材料としても不可欠です。鉄分が不足すると出る症状としては、だるさ・息切れ・立ちくらみ・過換気・パニック・不安・不眠・うつ状態・頭痛・イライラ・涙もろさなどが挙げられます。
加えて、ビタミンB群やマグネシウムも、鉄における幸せホルモンの代謝を支える重要な因子です。これらの不足があると、鉄不足と同様に、「涙もろい」「やる気が出ない」「不安が強い」などの症状が現れます。
まさに、いま栄養精神医学が問題視している状態を招くことになります。
ーー例えば、子どもの情緒不安定や集中力低下も「鉄不足」が関係していることがありますか?
奥平先生:そうですね。特に1〜3歳、思春期は脳の成長が著しく、鉄の需要が高まります。情緒不安定・学習の遅れ・多動・不登校の背景にも、鉄欠乏が隠れていることがあります。
私の著書「食べてうつぬけ」の症例でも紹介していますが、ADHDの子どもは、鉄欠乏子ども(テケコ)であることが多いです。鉄やタンパク質でADHDが治るわけではありませんが、併存している鉄欠乏の治療を適切に行うことで、注意の散漫さや落ち着きのなさ、そして生活の質が一部改善されることもあるのです。
夏に気をつけるべき「鉄不足」と心と体調不良のメカニズム

ーー特に夏は鉄分が不足しやすいと聞きますが、その理由を教えてください。
奥平先生:汗をかくことでミネラルが失われやすくなります。さらに夏は、冷たい麺類や飲み物で食事が簡素になりがちで、鉄やタンパク質を含む食品の摂取が減ります。そのため、この時期、フェリチンが低下し、鉄欠乏の症状がさらに悪化しやすくなる可能性があります。
鉄以外にも、ナトリウム、カリウム、亜鉛、マグネシウム、ビタミンB群などが汗とともに失われやすくなります。これらの栄養素は、神経系や代謝、自律神経を整える上で極めて重要です。
ーー鉄は、幸せホルモンの材料であり、自律神経を整える上でも必要な栄養素なのですね。夏バテや季節特有の不調と鉄不足は密接に関係しているのでしょうか?
奥平先生:はい、そうです。鉄は、交感神経と副交感神経の切り替えや、体温調節、血流の安定にも関わっています。夏は自律神経が乱れやすく、そこに鉄不足が重なると「夏バテ+情緒不安定」状態に拍車がかかります。これは栄養精神医学的にも見逃せない視点です。
ーー熱中症と鉄不足では、間違われやすい症状や注意点はありますか。
奥平先生:ふらつき・だるさ・頭痛など、熱中症と鉄不足は症状が重なります。水分補給しても改善しない場合は、まずは塩分を摂取。それでも改善しない場合は、鉄やマグネシウムの欠乏を疑い、検査や食事の見直しが必要です。
夏におすすめ食材と正しい食べ方とは

ーー「鉄分がとれる食材」には、どのようなものがありますか?
奥平先生:赤身肉・レバー・あさり・大豆製品・ひじき・卵など。鉄を含む缶詰(レバー、あさり水煮)や、高野豆腐などの常備品も活用しやすいです。
忙しい人や子育て中のご家庭でも無理なく鉄分を整えるには、冷蔵庫に「鉄常備食材」をストックしておくことです。いろんなものを意識して“ちょい足し”しましょう。
ーー食欲が落ちがちな夏でも無理なくとれる献立例を2~3つ教えてください
奥平先生:「レバー入り冷やし中華+キウイフルーツ」「 あさりの冷製パスタ+トマトサラダ 」「枝豆とじゃこの混ぜご飯+豆腐とわかめの味噌汁」などがおすすめです。鉄は、ビタミンCやタンパク質、酸味があるものと一緒にとることで吸収が高まりますので食材の組み合わせ例として参考にしてください。
ーー間食で鉄分を補える食材はありますか?
奥平先生:プルーンやナッツ入りグラノーラ、ゆで卵などです。糖質ばかりのお菓子より、こうした“ちょい鉄食材”を意識するといいですね。
特に、卵はビタミンCと食物繊維以外の栄養素がすべて含まれる完全栄養食品です。記憶や学習にかかわるコリンが豊富に含まれていますので、お子さんのおやつにもぴったりですね。ゆで卵にしておけば、小腹がすいたときの手軽なおやつにもぴったりです。
ーーゆで卵は簡単に調理できて常備できるので便利ですね。奥平先生ご自身が夏に意識している“ととのう食生活”があれば教えてください。
奥平先生:朝は具だくさん味噌汁+ご飯+卵+納豆+たっぷり野菜を基本にしています。味噌汁にはマグネシウムたっぷりの「にがり」を数滴たらし、なるべく温かいものをとります。
具だくさん味噌汁の作り方は、『栄養型うつを治す! 奥平式スープ(枻出版社刊)』も参考にしてみてください。
普段の飲み物には、「飲み物+にがり+クローブ」も習慣にしています。ペットボトルなどの水は雑菌がわきやすい時期ですが、クローブの殺菌作用でクリア。「奥平式クローブ水」として、広く患者さんに推奨しています。
ーー奥平先生のHPから、クローブ水の作り方を拝見しました。「水500ml+クローブ1~3+にがり数滴」で抗菌・殺菌効果もあり、体を温めながら消化促進作用まであるのですね。夏に最適なドリンクとして重宝しそうです。
最後に、「夏のだるさ・心の重さ」に悩んでいる方へ、食から始めるセルフケアのメッセージをお願いします。
奥平先生:「頑張っているのに、なぜかしんどい」――それはあなたの心が弱いのではなく、“栄養が足りていない”のかもしれません。鉄の使い方を間違えると、回復は遠のきます。
炎症のある人に鉄サプリは禁物。腸内環境を見極めて、正しい順序で栄養を入れていく。これが、私たち日本栄養精神医学研究会が大切にしている視点です。
まずは、栄養に詳しい栄養専門の医師に血液検査をしてもらうことから。心がつらいときこそ、「メンタルヘルスは食事から」。栄養の力で、心は変わっていくと思いますよ。
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パニック障害や産後うつ、気分変調症など、さまざまなココロの問題にきく栄養解析と栄養療法を指南します。
記事監修
日本栄養精神医学研究会 会長。医療法人山口病院 副委員長(埼玉県川越市)。「メンタルヘルスは食事から」を掲げ、栄養面から心の健康へアプローチを実施。栄養療法専門医師。著書に『マンガでわかる ココロの不調回復 食べてうつぬけ〜鉄欠乏女子(テケジョ)を救え〜』や『血液栄養解析を活用!うつぬけ食事術〜その不調 栄養型うつ!?〜』などがある。
取材・文/川越光笑