【子どもの7人に1人が境界知能】「やる気がない」「努力が足りない」と誤解されやすいグレーゾーン。宮口幸治先生に訊く、学校や家庭で見過ごされるSOSとは

「やればできるはずなのに」「どうして勉強についていけないの?」――そんな親のもどかしさの裏に、子どもの「境界知能」という特性が潜んでいることがあります。障害とは診断されないため見過ごされがちな一方で、約7人に1人の子が該当するといわれています。

今回は、著書『ケーキの切れない非行少年たち』で広く知られ、少年院で長年子どもたちと向き合ってきた宮口幸治先生にインタビュー。境界知能の実態と、家庭でできる「可能性を伸ばす関わり方」について伺いました。

障害でも普通でもない――“境界知能”グレーゾーンとは

――まず、「境界知能」とはどのような状態を指すのでしょうか。IQ(知能指数)などの基準を教えてください。

宮口幸治先生(以下、宮口先生):境界知能とは、「知的障害ではないけれど、定型発達とも言い切れない」――その間に位置する人たちのことです。IQでいうと、70〜84の範囲となります。

日本では長いあいだ、この層はほとんど注目されてきませんでした。医療機関でも、IQが70を超えていれば「知的には問題ありません」と判断され、それ以上踏み込んだ支援につながることはなかったのです。

ーー境界知能の子どもたちは、困っていても気づかれにくかった、ということなのですね。

宮口先生:そうですね。IQの平均は100、「なぜか周囲と同じようにできない」「うまくいかない」と感じながらも、苦しさが理解されにくい子どもたちが見過ごされてきました。著書『ケーキの切れない非行少年たち』で境界知能を取り上げましたが、それまではほとんど知られていない言葉だったと思います。

「やる気がないの?」「努力が足りない」と誤解される子どもたち

――親や先生は、日常生活の中で境界知能に気づくことは可能なのでしょうか?

宮口先生:実際、境界知能に周囲の人が気づくのはかなり難しいと思います。多少の不器用さや理解のゆっくりさがあっても、「少し苦手なのかな」と受け止められる程度で、そのまま見過ごされてしまうことが多いのです。
また、日常会話にもほとんど違和感がありません。冗談も言えますし、友だちとも自然に関われる。だからこそ周りからは、「やる気がない」「ふざけていて、努力が足りない」と誤解されてしまうことも少なくありません。

境界知能の早期発見は「学力」がカギ

――すべての子どもがIQ検査を受けるわけではないため、たしかに境界知能の見極めは難しそうです。実際に境界知能の子どもたちには、どのような特徴があるのでしょうか。

宮口先生:もっとも分かりやすく差が表れるのは「学力」です。多くの場合、同年代の子どもと比べて、理解力がおよそ8割程度にとどまります。そのため、授業の進度についていくのが難しく、気づかないうちに内容の抜けや理解のズレが積み重なっていきます。テストの得点にもつながりにくく、「うまくいかない」という感覚を抱えやすいのも特徴です。

小学2〜3年生で見えてくる“学力の差”

――いつ頃から、学力の差が生じるのでしょうか。

宮口先生分かれ道の目安は、小学校2年生から3年生に上がるタイミングです。1、2年生のうちは暗記や単純な作業で対応できることが多く、境界知能の子どもと、そうでない子の差は、ほとんど分かりません。

しかし、小学3年生くらいになると「抽象的な思考」や「論理的な課題」が一気に増えて、学習の難易度が上がります。算数では九九の定着や繰り上がりの計算、図形の理解。国語では漢字の難易度が上がり、複雑な文章読解などが出てきます。こうした変化の中で、つまずきが目立ち始めるのです。

35人のクラスであれば、下から5人ほどは境界知能の特性を持っている可能性があると言われています。

友だち関係にも影響が――対人関係にあらわれる変化

――対人関係にも変化はあるのでしょうか。

宮口先生:はい、学年が上がるにつれて子ども同士の人間関係もより複雑になり、さらに境界知能の子とそうではない子で思考力や精神年齢に差が生じてきます。小学4年生の集団に「小学校1、2年生くらいの理解力の子」が混ざっているようなイメージですね。
そうすると、「会話がかみ合わない」「話についていけない」状況が増えて、少しずつ輪から外れてしまうケースも多いんです。

「できない経験」が積み重なるとき――非行との関係

――勉強が分からず、友だちともズレていく…。子どもの心には相当な負担がかかりますよね。

宮口先生:そうですね。境界知能の子どもたち自身も、周囲と同じようにできないことに、少しずつ気づいていきます。そこから次第に、分かっていないのに分かったふりをして、その場をやり過ごそうとすることも…。また、「どうせやってもできない」と感じるようになると、最初からやらない、挑戦を避けるといった行動が出てくることもあります。

――こうした積み重ねが、二次的な問題に発展することもあるのでしょうか。

宮口先生:なかには非行につながるケースもあると思います。学校が面白くない、授業についていけない――。さらに、家庭でも居心地のよさを感じられない状況が重なると、子どもは外に居場所を求めるようになります。

そのとき、同じように居場所のない子どもたちと出会うと、そこが自分を受け入れてくれる場所になっていきます。「楽しいから」「バレなければいい」という軽い気持ちで万引きなどに手を出し、気づけば深みにはまっている――そうしたケースが多いですね。

相談先はどこ? 医療ではなく“教育”で考える理由

――もし「わが子が境界知能かも」と思ったら、どこへ相談に行くべきなのでしょうか?

宮口先生:まずは、市町村などにある教育センターへの相談を検討してみてください。境界知能は病気ではないため、病院に行っても治療法があるわけではありません。

境界知能の最大の課題は「学力」にあります。文部科学省の調査でも、子どもの自殺の原因として「学業不振」は常に上位に挙げられています。それほどまでに、勉強についていけないことは子どもにとって大きな負担なのです。だからこそ、境界知能の子どもにとっては、その子の教育をどう支えるかが最優先になります。

――教育センターでは、具体的にどのような支援が受けられるのでしょうか?

宮口先生:知能検査や生育歴の聞き取りを通して、その子の特性を丁寧に見ていきます。ここで重視しているのが、「認知機能」と呼ばれる、学びの土台となる力です。これは、たとえば「文字を写す」「話を聞き続ける」「覚えたことを思い出す」といった、勉強の前提となる力のこと。教育センターでは、こうした力のどこに負担や弱さがあるのかを見極めていきます。

境界知能の子どもたちは、この土台の部分でつまずいていることが多く、そこが整わないまま勉強を進めても、理解はなかなか積み上がりません。だからこそ、まずは認知機能から整え、そのうえで教科学習へとつなげていくことが大切です。

子どもの可能性をどう信じるか――家庭でできる関わりと支援

――わが子が境界知能と分かったとき、不安になる保護者も多いのではないでしょうか。

宮口先生:不安を感じるのは、自然なことだと思います。ただ、境界知能の子どもたちは、適切なトレーニングによって伸びていく可能性があります。

実際に少年院にいた子たちでも、日々の認知機能のトレーニングを通じて、劇的に変わる様子を何度もみてきました。だからこそ、大人が最初から限界を決めてしまうのではなく、とにかくできることをしてあげてほしいです。

――家庭での関わり方として、意識しておきたいポイントはありますか。

宮口先生:まず大切なのは、「本人がどうなりたいと思っているか」に目を向けることです。子ども自身は、「できるようになりたい」「周りと同じようにやってみたい」と願っていることも少なくありません。そうした気持ちを受け止め、サポートしていくことが大切です。

あわせて意識してほしいのが、子どもの話の聞き方です。多くの保護者はただ聞くつもりでも、ついアドバイスや指摘を重ねてしまいがちです。「大変だったね」と受け止めるだけでいい場面で、「でもね」「あなたはこうでしょ」と続けてしまうと、子どもは否定されたと感じてしまいます。まずは評価や助言を挟まず、そのまま受け止めることを大切にしてほしいですね。

――子どもの気持ちを受け止め、支えることが大切なのですね!

宮口先生:その通りです。過度に子どもを守りすぎてしまうと、挑戦の機会が減り、本来伸びるはずの力を狭めてしまうことにもつながります。目の前のできることを積み重ねながら、子ども自身のペースで伸びていく力を親が信じていくことーー。それが、子どもにとって、いちばんの支えになるのではないでしょうか。

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お話を伺ったのは

宮口 幸治さん 立命館大学教授・一般社団法人日本COG-TR学会代表理事

児童精神科医、医学博士。京都大学工学部卒業後、建設コンサルタント会社に勤務。その後、神戸大学医学部医学科を卒業し、神戸大学医学部附属病院精神神経科や大阪府精神医療センターなどで臨床経験を積む。さらに法務省の医療少年院や交野女子学院医務課長などを歴任し、非行少年の支援や教育に長年携わってきた。2016年より現職。著書に『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社、2019年)、『どうしても頑張れない人たち』(新潮社、2021年)などがある。

取材・文/牧野 未衣菜

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