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幼児から無類の本好きだった息子。まさか、字が書けないなんて…

-幸一さんは、就学前は、どんなお子さんだったのでしょうか?
私がフルタイムで働いていたので、息子は早くから保育園に通っていました。幼児クラスになり、集団で活動するようになると、自分が好きではない活動に参加せず、他の子たちと同じように活動できない息子の姿が見られるようになったんです。
本を読んでいるときに外遊びの時間になっても、まだ本を読みたいので外遊びに参加しない、ということもよくあったようです。昼寝もしたがらず、年長の頃には担任の先生にお願いして、お昼寝の時間は先生の部屋でお布団の上に横になって本を読んでもよいことにしていただきました。とにかく本を読むのが好きで、4歳頃には漢字もふりがなで読み方を覚え、年長クラスの頃には小学校高学年向けの本も読んでいました。
-保育園時代に、児童精神科を受診されたそうですが?
幼児クラスになって、大勢でガヤガヤしている環境や先生の大きな声が苦手だったようで、園生活でのストレスがたまったのか、まばたきなどのチック症状が目立つようになり、児童精神科の専門医を受診しました。
今思えば、それは聴覚過敏のせいだったのかもしれません。児童精神科ではASD(自閉スペクトラム症)の可能性を指摘されましたが、診断はつかず、様子を見ましょうということに。書き障害(ディスグラフィア)に関して言えば、園生活で文字を書くという機会はほぼなく、そのことを指摘されることはありませんでした。他の子に比べて読む能力が長けており、まさか字が書けないとは思ってもみませんでした。
小学生低学年で書くことの苦手が発覚。つきっきりで漢字の学習をする毎日

-それでは小学校に通うようになってから、書き障害だと判明したんですね? 低学年の頃はどんな様子でしたか?
小学校に入学してひらがなの学習をしている1年生の頃は、鏡文字を書いたり、少し字の形が不格好なことがあるぐらいで特に心配していませんでした。ところが、2年生になって習う漢字が増えると、練習してもなかなか覚えられず、宿題やテストで書けない場面が増えて、書くことを嫌がるようになりました。
私も心配になって、ネットで「書けない」ことに関して調べるようになり、その際に「書き障害」という障害があることを知りました。けれども、どれくらい書けないと書き障害なのか、自分の子がそれに当てはまるのかどうか、そのあたりが全然わからなかったですね。
実際には、他のお子さんと同じようなペースで覚えられない、字を書くのが遅い、他のお子さんより疲れやすい、といった症状で「書き障害」と診断される可能性があるのですが、そこまでの詳しい情報は私が調べた当時は見つけることができませんでした。幸一は頑張って練習すれば少しは書けるようになるので、「書き障害」にはあたらないのかな、という漠然とした印象を持っていました。
-専門医に相談はされなかったのでしょうか?
児童精神科のお医者様にも相談したところ、書き障害かどうかの診断はつきませんでした。しかし、「読むことはできるのだから、書けるようになるために、覚えやすくする何か工夫をしてみたら?」とのアドバイスをいただいたのです。
もともと幸一は暗記力がよく、言語能力が高いタイプだったので、語呂合わせを使えば覚えられるのではないか、ということになり、漢字の語呂合わせを書いた暗記のためのカードを手作りするなどして、毎日、漢字学習につきっきりとなりました。かなりの時間を費やしたと思います。
書くことが苦手でも、生活に困らないためにタイピングを小2から始めました

-幸一さんは、ずいぶん早くからパソコンやタブレット端末を使いこなしておられたようですが、いつ頃から教えられたのですか?
「もしかしたら書き障害かもしれない」と思った時点で、最初にやったことが、漢字をつきっきりで教えることでしたが、2つめにやったことが、パソコンのキーボードでタイピングを教えることでした。
自分の経験的にも、大人になれば文字を手書きする機会は減りますし、タイピングが手書きより速ければ、生活に困ることはほぼないだろうと思ったからです。最初はキーボードの文字位置を覚えるために、子ども用のタイピング学習ゲームをいくつか探して一緒に試してみました。「手書きが苦手でも、タイピングができたら、将来すごく得をするよ」と何度も伝えているうちに刷り込まれたようで、コツコツ練習し、半年くらいで速く打てるようになりました。
家でタイピングで作文などの宿題をこなすように。でも、学校では手書きが必須
-そのタイピングが学習に生かされるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか?
学校では、パソコンやタブレット端末などデジタル機器を用いて書くことは許されていませんでしたが、家では、4年生ぐらいからパソコンを使って文章を作るようになりました。もともと、幸一はおしゃべりな子で、話していると面白いことを考えているな、とわかっていたのですが、手書きで文章を書くとなると、ほとんど何も書けませんでした。パソコンで打つことができるようになり、考えていることが文章で書けるようになりました。
作文や読書感想文など、長い文章を書かなければならないときは、いったんパソコンで文章を作り、プリントアウトした後に、それを原稿用紙に時間をかけて書き写すようにしました。5年生になってからは、夏休みの宿題の1行日記やお手伝い記録などの提出物をパソコンで書いて、それをプリントアウトして提出することを許可してもらいました。そうやって家では徐々に、タイピングで文章を作る機会が増えていきましたが、学校では手で書かなければならない状況が続いていました。
4年生になると「死にたい」と言うようになって…。学校はつらい場所でしかなかった

-幸一さんの著書には、自傷行為を繰り返すようになったということが書かれていましたが……。
学年が上がるにつれ、「書けない」ことも手伝って授業に参加できないことも増え、先生に叱られることも多くなって、自己肯定感がどんどん下がっていってしまったんです。
小学3年生のクラスは騒がしくて落ち着かないクラスだったため、教室を抜け出しては怒られることが増えました。やっとクラス替えになった4年生のときは、担任の先生が厳しい先生だったため、叱られることがさらに増えて、「僕なんかいなくていい」とか「死にたい」とか、しょっちゅう家でも口にするようになってしまいました。この頃が最も精神的に不安定だったと思います。先生にきつく叱られて傷つき、学校でパニックを起こし、壁に頭をぶつけたり、窓から飛び降りようとしたこともあったようです。
「書けない」ことで言えば、覚えなければならない漢字の数が増えていき、いくら勉強しても結果が伴わず、親子共々疲れて、毎日2~3時間ずつ漢字練習をするという生活は限界に近くなっていました。
幸一さんは、ある出会いで転機が訪れ…。<後編>へ
暗闇にいた私の転機は、小学五年生で訪れた――。胸に迫る魂の救済の告白
読むことはできる。むしろ大好きだ。でも、漢字を習い始めて気づいてしまった。どうやら自分は「普通」ではないらしい…。苦しみぬいて、現実を諦めた頃、恩人と出会い道が開けた、障害当事者の少年の経験談。まだ、一般にあまり知られていない「読み書き障害」への理解をうながすための好著。
朝野幸一さんへのインタビュー記事はこちらから
取材・構成/仲尾匡代 イラスト/本田亮