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カリスマ数学教師・井本陽久先生と「シンクシンク」の開発者・川島慶さんの師弟対談が実現!
去る3月7日、カリスマ数学教師「イモニイ」こと井本陽久先生と、大人気アプリ「シンクシンク」の開発者である川島慶さんによる特別対談が行われ、その様子がオンラインで配信されました。
実はこのおふたり、師弟関係にあるのです。今から22年前のこと。イモニイが神奈川県の進学校「栄光学園中学・高校」で教鞭をとっていたとき(現在は、数学非常勤講師)、川島さんが栄光学園に入学しました。川島さんが大学・大学院へと進学をしてからもご縁が続き、イモニイが新しい学びの場「いもいも(※)」を開くきっかけとなったキーマンである花まる学習会代表の高濱正伸さんを引き合わせたのは、なんと川島さんだったのです。
そんなおふたりによる初対談のテーマは「子どもがどんどん自分で考えられるようになる秘訣とは?」。前半の記事ではそれぞれの講演の内容、そして後半では、保護者の方々から届いた対談&質疑応答の様子をお届けします。
※「いもいも」
「いもいも」とは、井本先生が主催をする小さな学びの場のことです。もともとは、数理思考の教室としてスタートしました。子供たちとともに試行錯誤しながら、「学びとは何か?」を探り、「子供たちのありのままを認めることが重要」であることに気づいた井本先生は、「子供たちがありのままに輝くこと」を主眼とした授業を構成。現在は「幾何・論理・対話」、「表現・コミュニケーション」など6コースが設けられ、小学生から中学生までの子供が、東京・御茶ノ水などにある教室に通っています。詳細はホームページをご覧ください。
学びは難しくありません。子どもは勝手に学びます(イモニイ)
井本:僕はこのような講演では、とにかく「子どもがかわいい」ということをお伝えしています。特に今日は、僕も川島くんも栄光学園つながりということで、いかに栄光学園の生徒がかわいいかを、まずは見ていただきたいと思います。
栄光学園の新校舎は、卒業生である隈研吾さんが関わってくださっていて、自然と他学年の生徒たちが混じり合えるような造りになっていてとても素敵な学校なのです。
不登校の子はダメではない
ところが、男の子はこのようにいたるところでぶら下がったり登ったり…。
実はこのぶら下がっている生徒は、学校に来られたり来られなかったりしています。不登校の生徒というのは、その子がダメなのではない。その子は本質的なことをごまかせない、ということなのです。むしろおかしいのは、普通に学校に来ている子なのかもしれません。
とにかく男子は、やることが雑で適当でダメダメです(笑)。やらなくていいことに時間をかけ、そんなことをやっている場合ではないときにやる。やりたくなったら、優先順位なんて関係なくなってしまうのです。これが男の子です。
ダメダメが日常に溢れている
また、雪が降ってきたある日、いつもは隙間風が入ってくるだけでも怒るのに、雪を見ただけでクラスは大盛り上がりです。「窓を開けろー!」と、全開で授業をしました。で、休み時間にはどうなるかというと、なぜかこうなります。上半身裸で走っていますね。
学校は、このようにダメダメが日常に溢れているのです。でも、こうしてダメダメを見ると、なんだか「いいな」って思いませんか? このダメな感じって、とても魅力的なのです。
でも、もしこれが自分のお子さんだったら、ちょっと嫌でしょ? 他人の子だからダメダメなのもの「かわいい」ってなるけれど、自分の息子だと「あんた、何やってるの!」って感じになるのではないでしょうか。
結局のところ、子育てを楽しめるか楽しめないかの壁は、ここにあると思うのです。自分の子どものダメなところを、他人の子に感じるように「いいな」「魅力的だな」と思えるかどうか。
ダメダメでもキラキラならば、それでいい
では、この子たちが、どんな感じで授業を受けているのかでしょうか。
僕の授業では、普段問題を出したあとは何もしません。放っておくだけです。材料も生徒たちが勝手に考えます。答えを出すためにノートを破るのもいるし、消しゴムを削る子もいる。一人で考えている子もいれば、集団で考えているグループもある。グループの中にはわかっていない子も混じっていますが、それでいいんです。「わかった!」という気持ちの高鳴りが大切なのです。
僕は28年間、数学の授業をやらせてもらって、確信していることがひとつあります。それは、すべての子どもたちはキラキラ感を持っているということ。
キラキラ感とは、自分で考えているか、自分のやり方でやっている時に輝きだします。間違っていてもいいのです。一見するとダメダメに見えたとしても、自分で考えて、自分のやり方でやっているかどうか、それに尽きます。いたずらでも、授業も同じです。
ふざけ、いたずら、ズル、脱線
それから、ジャッジされない。このことがとても大事です。特に、自分の考え方と自分のやり方が発揮されるのが「ふざけ、いたずら、ズル、脱線」なのですが、これらの行為は、学校では怒られる対象になってしまいます。
なぜなら、学校の授業ではジャマになるからです。学校では、問題を解くこと、成績を取ることが大事だという前提があります。すると、そこでの学びは「手持ちを増やす」ことが目的になってしまいます。
何か困ったこと、解決しなければならないことにぶち当たったときは、たくさんある手持ちの中から解決する。別の言い方をすると再現力です。一度、学んだことを正確に再現することができるかどうかが問われている訳です。
この再現力を否定はしませんけれど、子どもにとってはつまらないことなのです。退屈なルーティーン。しかも、できるかできないかで評価されるので、できるように“近道”を始めます。やり方を覚えるのはまだいいのですが、プラスかマイナスかと“当てに”くるようになる。こうなると、学びがつまらないものになってしまいます。躍動感ゼロの学びだといえるでしょう。
思考力とは何か?
そこで僕は、今ここで、「思考力とは何か?」ということを問い直した方がいいと思っています。
僕なりに考えた答えは、手持ちを増やしてなんとかすることではなく、今ある手持ちでなんとかすること。手持ちは少なくてもいいのです。なぜなら、子どもは、手持ちが少なければ少ないほど、めちゃくちゃ楽しむからです。
教育で大切なことは、いいものを与えよう与えようとするのではなく、不自由な環境で自由にさせることなのだと思います。今の教育は、逆かも知れませんね。色々と環境を整えるけれど、やり方はこちら側が決めてしまう。
いもいもで力を入れる「表現・コミュニケーション」の授業
最後になりますが、先日の「いもいも」での話です。授業の内容は、ペアになって近所に買い物に行くというもので、そこで、1人は目隠しをして、1人は耳栓をするという不自由な環境を作ります。つまり、1人は視覚が、1人は聴覚が奪われた状態で買い物に行ってもらうのですが、目隠しをしている子に「●●を買ってきて」と伝えます。
どうなると思いますか? 目隠しをしている子は耳栓をしている子に、買う物を伝えなければなりませんが、声では伝わらないのでジェスチャーをし始めます。通常の会話が成立しなくなるのです。どうですか? 彼らにとって、手持ちがないものばかり。でも、そこではとても生き生きしている子どもの顔がみられました。
学びは、難しいことではありません。子どもは勝手に学びます。だって、大人が教えなくても、赤ちゃんは、はいはいをして立っちを始めますよね?
何かあったとき、子どもの興味関心をそのままにして、彼らが生き生きするように、つまり、彼らのやり方や考え方に手を出さないことが大事なのだと思います。
子どもが本来持っている「知的わくわく」を引き出します(川島慶)
川島:僕は、イモニイの影響もあるのですが、とにかく算数・数学が大好きで、例えば、テストを解いているときでも、「うーん、いい問題だなあ」としばらく余韻に浸ってから解き始めるくらい、算数が大好きです。その結果、今に至ります(笑)。
大学3年生の時に、高濱正伸さんの「花まる学習会」にバイトで入り、4年間高濱さんの著書『なぞペー』シリーズの問題作成の手伝いをしていました。大学院を修了するとき就職が内定していたのですが、高濱さんとイモニイを引き会わせた時に、横に座って2人の話を聞いていたら、「こっちの方が断然おもしろそう!」と思ってしまい、翌日には内定を辞退。そのまま教育の世界に入りました。
イモニイには中学の3年間、数学の授業でお世話になりました。高校に進んでからは自分で作った問題をイモニイに見てもらったり、大学に入ってから花まる学習会のバイトをしているときも、しょっちゅうイモニイに相談の電話をしたりして、連絡をとっていました。
児童養護施設での体験が、シンクシンク発端のきっかけに
花まる学習会に入社後、小学生向けの教材を開発を進める中で、引き続きイモニイとは頻繁に連絡をとっていました。イモニイが関わっていた児童養護施設の学習支援で、その取り組みをやってごらんよと勧めてもらったのです。
国内の児童養護施設からはじまり、縁もあり、海外の児童養護施設、公立小学校と、イモニイとともに学習支援を行う中で、「シンクシンク」の紙バージョンにあたる、文字なし、前提知識なしの教材が生まれ、洗練されてゆきました。
国や環境に関係なく、子どもたちが背中をゾクゾクさせて取り組む様子を目の当たりにし、これを世界中の子どもに届けたい!と思い、デジタル化への着想を得て、「シンクシンク」というアプリを開発することにしました。
躍動する学びは国境を越え、世界中の子どもたちへ
数年の開発期間を経て、実際にフィリピンの公立小学校でシンクシンクに取り組んでもらいました。
「さあやってごらん」と、何の説明もなく渡しただけで、公立小学校の2年生40人全員が夢中になって取り組む様子を見て、世界中の子どもたちに届けられると確信しました。
中にはしかめっ面をしている子もいたのですが、突然、ピクッとして躍動感を出し始めるんです。僕たちはこの瞬間が見たくて、子どもが楽しめるコンテンツを作ってきたのです。
カンボジアでは、IQの伸びに関する実証実験も
とはいえ、「楽しんでいるのはわかるけれど、どんな効果があるのか?」と問われることもあるので、カンボジアで効果検証を行いました。
750人の子どもに「シンクシンク」を3ヶ月間やってもらい(A群)、その前後のIQテストや共通学力テストの結果を、「シンクシンク」をやらなかった750人の子ども(B群)と比べてみたのです。
「シンクシンク」をやる前では、A群とB群に差はありませんでしたが、3ヶ月後の成績はA群が伸びるという結果が出ました。学力は、親の収入に関係なく伸びることが明らかになったのです。さらに8ヵ月の追加調査で、「シンクシンク」を続けることで、子どもの意欲や自己肯定感にも良い影響があることがわかりました。
具体的には、「シンクシンク」の内容と学力テストの内容は全く被っていないにも関わらず、偏差値にして6もの差が出ました。
学力は、足し算で伸びるのではなく、「意欲×思考力×知識・スキル」の掛け算で伸びていくものだと、大まかに捉えています。
学力を伸ばすのに、知識やスキルよりも大切なのは、ワンダーであるということ
「意欲」の部分は、粘り強さなども含む「非認知能力」という言葉で表す方が正解ですが、わかりやすくするためにこう表現しています。思考力というのは、先ほどイモニイも触れていましたが、自分の今の手持ちで、どれだけ何とかできるか、です。そして、知識・スキルは、今まで大事だと言われていた覚えたことや計算力などのことです。
カンボジアでの効果検証結果から、知識とスキルが変わらなくても、意欲と思考力・判断力が伸びれば、学力全体が伸びるということが説明できるのではないかと思っています。
私の好きな孔子の言葉に、「これを知る者はこれを好むものに如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」があります。2500年前の『論語』の言葉です。
現代語訳すると、「何かを得意になりたかったら自発的にやること。もっと好きになりたかったら好きで好きでたまらないという境地に至ること」ですが、これは、ほぼ真理だと言っていいと思っています。10歳までの子どもにとっては、なおさら真理であると確信しています。
私たちの役割は、子どもが本来持っている、このような「知的なわくわく」を引き出すことです。「知的なわくわく」とは、感じる楽しさ、考える楽しさ、作る楽しさのことを表した言葉で、英語で言えば「ワンダー」に当たると定義しています。
レイチェル・カーソン『センスオブワンダー』を現代なりの解釈に
生物学者のレイチェル・カーソンが晩年に書いた『センスオブワンダー』という本があります。特に自然について、その神秘や不思議を五感で感じる大切さがつづられています。
現代は、デジタル・ネイチャーという言葉があるように、子どもたちにとってデジタルがある環境は自然なことです。なので、我々は、自然の大切さはもちろんなのですが、そこにデジタルも含めた環境を整えて、子どもたちの「センスオブワンダー」を引き出したいと考えています。
子どもが「わくわく」をたくさん貯めていくために、大人に知ってほしいこと
これからの時代はプログラミングが大切だとか、子どもにこんな力をつけさせなければ仕事をAIに取られてしまうとか、いろいろと言われていますが、僕たちは、将来こういう人材が必要だからこういう教育をしなければという逆算ではなく、その時代にできる最高のアプローチを、子どもの知的な躍動を引き出すためにこそ、役立てていきたいと考えています。
そうした環境で育った子どもたちは、きっと大人が想像もできないような未来を、自分たちの手で作っていくはずだからです。
僕たちは、彼らがどんな未来を創っていくのだろうかとわくわくしながら、コンテンツを作ったり、教育の環境を整えたりしています。
子どもたちに、自分で考えて、自分で作って、自分のやり方で表現するという経験や機会を、たくさん持たせたいなという思いでやっています。
僕は、授業などで子どもたちと一緒に何かをするときに、「わくわくのひけつ」を伝えています。「わくわく」を貯めておくと、夢が叶いやすくなるからです。この秘訣は保護者の方にもお伝えして、参考にしていただいています。
「わくわくのひけつ」
1 まずはなんでもやってみる
2 じぶんのあたまでかんがえる
3 まちがえることはこわくない
4 まわりのひととくらべない
5 むり にがて できないよりも
おもしろそう できそう たのしそう
これからは、既存の評価の中でやるべきことをやらなければ社会で通用しないということではなく、ひとりひとりの生きた経験が組み合わさり、それが自ずと仕事につながっていくということが起きてくると思います。
ですから、自分のお子さんの気質や個性を見て、「この子の将来はどうなっちゃうのかしら?」と思ったとしても、既存の評価を飛び越えたところから見れば、その気質や個性が輝いて、社会に役立つものになると思っています。
もしも、お子さんの行動が理解できないと思うことがあったら、このことを少しでも思い出していただけたら嬉しいです。
次回は保護者からの質問にイモニイと川島さんが答えます。お楽しみに!
イモニイ(井本陽久先生)
川島慶さん
文/神崎典子 写真/黒石あみ 構成/HugKum編集部