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3桁15個を1.61秒で超高速足し算!その“ゾーン”は「無の領域」

フラッシュ暗算協会最高顧問・石原伸晃さん、石原里紗さん
ーーまずは、理香子さんが2023年に達成された「フラッシュ暗算 ギネス世界記録」について教えてください。3桁の数字が画面に15回連続で表示され、その合計を1.61秒という超ハイスピードで計算するんですよね。すさまじいスピードですが、計算している瞬間、理香子さんの頭の中はどうなっているのでしょうか?また、お兄さんの丈裕さんから見て、理香子さんはどのような状態だと思われますか?
理香子さん:通常、人は起きている間、頭の中で言葉を使って何かを考えたりしゃべったりしていますよね。でも、フラッシュ暗算をしているときは脳の力を全てフラッシュ暗算に集中させています。
丈裕さん:脳の「しゃべる部分」を黙らせて、頭の中にそろばんの玉だけをイメージし、それを超高速で動かしているんです。
ーー頭の中のイメージそろばんを使って、瞬時に足し算を終わらせるということでしょうか。
理香子さん:はい。思考や言葉を担当する部分は「無」になっていて、イメージを担当する部分だけが全力で集中している感覚です。頭の中の「しゃべる部分」を黙らせる感覚は、練習を重ねれば誰でもできるようになりますよ。
丈裕さん:「無」の状態で脳をフル回転させている状態を、僕たちは「ゾーン」と呼んでいます。理香子はとくにゾーンが深いタイプ。ギネスに挑戦した日は、朝からすでに集中モードに入っていて、周囲も話しかけられないほどの雰囲気でした。

ブラジルで「Heisei Soroban Academy」を主宰するMiyuki Hamasaki先生、Cecilia Dochi先生
ーー理香子さん、ギネス記録達成の瞬間のお気持ちはいかがでしたか?
理香子さん:実は、挑戦している最中や達成した瞬間の記憶がほとんどないんです(笑)。会場の大きな拍手で正気に戻った瞬間に、「あ、終わったんだ! やっとお父さんへの恩返しがかなった!」といううれしい気持ちが一気に込み上げてきました。
丈裕さん:ゾーンに入っている間は、言葉による記憶のタグ付けすら行われないため、本人も無心だったのでしょう。
理香子さん:ギネス記録を取りたいと思ったいちばんのきっかけは、「フラッシュ暗算を開発した父に、世界記録をプレゼントしたい」という思いだったんです。そのために、ギネス世界記録の1.61秒を遅く感じられるようにするため、1.61秒よりさらに速い秒数で、誰にも言わずに1日何千問、本番に向けて数十万回以上、特訓を重ねました。
2歳から「そろばんは生活の一部」!

ーーギネス記録がお父さまへのプレゼントだったなんて、とてもステキなエピソードですね。理香子さんと丈裕さんはご両親がそろばん教室を営まれていた環境で、お二人とも幼少期からそろばんを習っていたと伺いました。理香子さんは2歳からそろばんを始められたとか。
理香子さん:実は、当時の記憶はほとんどなくて(笑)。気づいたらそろばんは私の生活の一部になっていました。
丈裕さん:理香子が2歳でそろばんを始めたときは、僕たちも驚きました(笑)。赤ちゃんの頃から教室の中を歩き回っていた理香子に、周りの生徒たちが面白がって「1はこう置くんだよ」と教えたり、数字を書く練習をしたりするうちに、遊び感覚で自然とそろばんを覚えていたんです。「1+1=2」から始まり、気づけば「2+9=11」と繰り上がりの計算までできるようになっていて。「2歳でもそろばんができるんだ!」と周囲を驚かせました。
ーーそこからどのようにして、超高速のフラッシュ暗算へつながっていったのでしょうか?
丈裕さん:理香子も最初はそろばんの玉を弾く練習から始めました。そのうち繰り上がりがあっても頭の中で計算できるようになり、だんだんそれが一瞬でできるようになっていったんです。
理香子は7歳頃には、もう達人の域に到達していました。「6桁×5桁」のような複雑なかけ算も、右手で答えを書きながら頭の中では次の問題を暗算し、左手でそろばんを弾きながら答えを書き……と、そろばんを弾く動作と暗算の並行処理を超高速で行っていました。2歳からそろばんでしっかりとした暗算の土台ができていたからこそ、フラッシュ暗算も驚異的なスピードでできたんだと思います。
ーー理香子さんのフラッシュ暗算のすさまじいスピードは、幼少期からのそろばんによる下地があったからこそ生まれたのですね。それにしても、幼少期、「やりたくない」「飽きた」となることはなかったのでしょうか?
理香子さん:それが本当に一度もなかったんです。毎日練習することが当たり前の習慣になっていたのと、両親が「練習しなさい」などと叱ったり強制したりすることが一切なかったからだと思います。また、人生の中でいろいろなことがあっても、自分の中心には「そろばん」があり、そこを軸に歩んできたことも大きかったと思います。
ーー親が指導者だと、ついついわが子に「なんでできないの!」と厳しく叱ってしまう親御さんも多いと思うのですが、ご両親はどのように接してくださったのですか?
理香子さん:大会で思うような結果が出なかったときも、両親から怒られたことは一度もありません。それどころか、私が新しい課題をクリアしたり頑張ったりしたときに、両親が心から喜んで、最高の笑顔を見せてくれたんです。それが子ども心にいちばんうれしくて。「また頑張って、お父さんとお母さんの喜ぶ顔が見たい!」という気持ちが、そろばんや、その後のフラッシュ暗算を頑張る原動力になっていました。
敗北は数百回! それでも「負けても泣かない」をモットーに

ーー理香子さんは輝かしい実績をたくさんお持ちですが、これまで順風満帆だったのでしょうか?
理香子さん:いえいえ(笑)。成功したことよりも、うまくいかなかったり負けたりしたことの方が圧倒的に多いんです。そろばんやフラッシュ暗算の競技大会は年間10回以上あり、幼少期からこれまで何百回という戦いを重ねてきましたが、思い通りの結果が出ないのは日常茶飯事でした。
自宅の1階がそろばん教室だったこともあり、幼少期から大学生まで365日、平日は3~5時間、休日は10時間以上練習に打ち込む毎日。競技そろばんは、単純な計算をより大きく、速く、正確に追求するため、ひたすら反復練習を繰り返しました。練習しても結果につながらない壁に何度もぶつかりましたが、すぐに結果を求めず諦めずにコツコツ続けていると、あるとき希望が見えて少しずつできるようになっていくんです。

小学生・中学生・高校生以上の3名でチームを構成し、理香子さんは18年間連続で東京都代表として出場。
中学生代表が丈裕さんの教室の生徒だったことで兄妹での表敬訪問が実現した
ーー何百回もの挑戦と敗北があったのですね。大会で負けて悔しくて泣いてしまうことはありましたか?
理香子さん:悔しくて泣くことはありませんでした。というのも、自分の練習が足りなかったから負けたわけで、泣くのは自分勝手ですし、何より「勝者をたたえるためにも、負けて泣くのは相手に対して失礼だ」と父に言われていたからです。泣くのは、全力を出し切って本当にうれしかったときだけと決めていました。
ーー負けたときの気遣いや礼儀まで身に付いているのですね。 厳しい練習や何百回もの敗北を乗り越えて、ここまで努力を続けられた秘訣は何ですか?
理香子さん:家族や一緒に頑張る仲間の存在がとても大きかったです。我が家では兄の丈裕は読上算日本一を獲得していて、身近に常に目標となる存在がいました。
私は12歳のときに「世界Jr.珠算大会」に日本代表として出場し、世界一を経験できましたが、教室に行けば毎日切磋琢磨できる仲間がいたからこそ、楽しく競い合いながら、ここまで夢中になって成長し続けられたのだと思います。今では兄と姉と一緒にアメリカやブラジル、イギリスなど世界各国へ渡り、現地の子どもたちや先生方に日本のそろばんやフラッシュ暗算の技術を教える活動も行っています。

そろばんを始めるなら「幼少期」が勝負! おすすめは5歳前後

ーーそろばんは今、人気の習い事です。脳の成長という観点からも、早くから始めるメリットはあるのでしょうか?
丈裕さん:はい、脳の「シナプス」の働きが大きく関係しています。幼少期は脳の神経細胞から伸びる「触手」のようなものが非常に活発に動いていて、新しいことを始めると電気信号を通すためにどんどんつながっていくんです。ただ、動く分だけ離れやすくもあるので、「何でもすぐ覚えられる割に、すぐ忘れやすい」という特徴があります。
ーーだからこそ、幼少期は繰り返しの習慣が大切になるのですね。
丈裕さん:その通りです。このシナプスの触手が柔軟に動く黄金期が、およそ1歳から5歳頃までなんですね。そろばんを始めるタイミングとしては、頭の中にそろばんの玉をイメージする「そろばん式暗算」の回路を作りやすい5歳前後からがおすすめです。理香子はちょっと早かったのですが(笑)、幼少期の方が、頭の中に素直にそろばんの玉をイメージする力をスムーズに作ることができます。
そろばん・フラッシュ暗算で身につく「生きる力」とは

ーーここで改めて基本的な疑問なのですが、学校で習うような「普通の暗算」と「そろばんの暗算・フラッシュ暗算」は、何が違うのでしょうか?
理香子さん:普通の暗算は「5+7=12」のように、頭の中で言語と記憶を使って計算します。一方、「そろばん式暗算」は頭の中にそろばんの玉を浮かべて計算する技術で、「フラッシュ暗算」は画面に次々と表示される数字をそのそろばん式暗算で解いていくトレーニング方法です。どちらも頭の中にそろばんの玉をイメージし、それを高速で動かして計算します。途中の計算式はなく、最後の玉の形を見て答えを判定するんです。
丈裕さん:「公文式などの算数教室とそろばんはどう違うの?」という質問もよく受けます。算数教室は筆算や暗記を使って「計算力をつけること」自体が目的ですが、僕たちのやっている「競技そろばん」は、計算の速さや正確性をスポーツのように競い合い、自己更新をめざすそろばんです。計算はあくまで手段であり、目的は子どもの「イメージ力・思考力・主体性」を育てることにあります。
ーー計算力は「手段」であって「目的」ではないのですね。では、そろばんやフラッシュ暗算を通じて、具体的にどのような能力が育つのでしょうか?
理香子さん:計算スピードはもちろんですが、それ以上に大人になっても活きる「非認知能力」が身に付きます。私自身、そろばんを通して次の4つの力が強く育ったと実感しています。
1:自己肯定感
理香子さん:「できなかったことが、練習したらできるようになった」という成功体験を何度も繰り返すことで、「どんな困難があっても自分なら乗り越えられる」と思えるようになりました。
2:忍耐力
そろばんは地道な反復練習の連続です。すぐに結果が出なくても、コツコツ諦めずに続ける忍耐力が養われました。
3:判断力
競技そろばんでは、0.01秒の判断の遅れが勝敗を分けます。瞬時に状況を見極めて正確に判断する力は、日常や仕事での行動力にもつながっています。
4:マルチタスク能力
問題を見ながら頭の中でそろばんの玉を動かし、答えを書きながら次の問題を見る……という複数の処理を同時に行うため、視点を広く持ち、意識を柔軟に切り替える力が身に付きます。
丈裕さん:ほかにも、僕たちがよく言うのが、「努力できる力」が身に付くということです。努力して報われた経験は成功体験になり、大人になっても「努力すること=ワクワクすること」として新しい挑戦に飛び込んでいけるようになります!
「うちの子、集中力が…」特別な才能は必要なし!

ーーお話を伺っていると、そろばんもフラッシュ暗算も魅力的な習い事ですが、「うちの子は落ち着きがないし、集中力が続かないから無理かも……」と心配される親御さんも多いかと思います。特別な才能がなくても、フラッシュ暗算やそろばんはできるようになるのでしょうか?
理香子さん:特別な才能はまったく必要ありません!父は、「子どもは本来、誰もがさまざまな可能性や才能を持っている。素質を探すのではなく、その子が持っているものを育ててあげてほしい」ということを言っていました。
まずは実物のそろばんで計算の感覚をつかみ、頭の中にそろばんのイメージさえ作れれば、フラッシュ暗算も練習次第で誰でもできるようになります。私自身も最初からできたわけではなく、1桁の計算からコツコツ練習を積み重ねてきただけなんです。できるようになるまで頑張ることが大切です。
丈裕さん:まずは「そろばんが好き」「できた!」という体験を1つ作ってあげること。保護者の方が「大丈夫、行ってらっしゃい!」と楽観的に温かく見守ってあげる環境があれば、子どもの集中力や粘り強さが伸びていきますよ。
目標に向かって「頑張ることは、楽しい」
ーー最後に、未就学児や小学生のお子さんを持つ保護者のみなさんへ、メッセージをお願いします!
丈裕さん:子どもが爆発的に成長できるゴールデンタイムは限られています。習い事を選ぶ際は、単に計算力をつけることだけを目的にするのではなく、子どもの主体性や挑戦心を育んでくれる環境を見極めてあげてほしいですね。
理香子さん:今の時代は「無理して頑張らなくてもいいんだよ」と言われることが増えました。でも私は、「目標に向かって頑張ることは楽しいんだよ!」ということを、競技そろばんやフラッシュ暗算の指導を通して子どもたちに伝えていきたいと思っています。
そろばんは、年齢や性別、体格や運動神経に関係なく、努力した分だけ誰もが成長できるとても優しい習い事です。ぜひ親子で「できた!」という小さな喜びを積み重ねながら、お子さんの可能性を広げてあげてください。
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お話を聞いたのは
1990年生まれ、東京都出身。理香子さんの実兄。(一社)日本フラッシュ暗算協会理事、全日本競技そろばん連合設立委員。現在は読上委員として、
宮本暗算研究塾Max 公式ホームページ
【フラッシュ暗算&FaST公式】競技そろばん™️ チャンネル(YouTube)
この記事を書いたのは
愛媛県出身。大学時代まで自然豊かな愛媛で過ごし、都内の学習塾に勤務した後、2011年よりフリーライターへ。教育分野を中心に、医療やライフスタイルなどのテーマで執筆しています。息子たちが小学生の時に大学院を受験し、2019年、お茶の水女子大学大学院修士課程修了(社会科学修士)。子育てもひと段落。最近、俳句を始めました。