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小学校では将来社会の即戦力になるための力を養う
――中学受験について、よくわかっていないうちに「受験しなきゃ、塾に行かなきゃ」と焦ってしまうパパママは多いと思います。落ち着いて考えるために、そもそもなぜ中学受験をする意味があるのか、今の小学校から大学までの教育ってどうなっているのか、背景から教えていただきたいです。
矢萩先生:2020年、戦後7回目の教育改革が行われ、今はそのまっただ中ですが、従来の改革と大きく違うのは、文部科学省主導ではあっても、経済産業省も改革に参画していることです。
人口減少した今の日本で国力を保つためには、経済界の即戦力になる人材を育てる必要があります。経済産業省は、「様々な個性の子どもが未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)となるための教育環境づくり」として初等中等教育に大きく関わっています。ICT環境整備なども主導していますね。
でも、それだけはなく、社会に出て即戦力になるには、新しい環境に入ったらパッと馴染んで、そこですぐに成長していく力が大切なのではないかと私は思っています。いわゆる「中学受験のため」ではない力が必要だ、というのがポイントです。
自己肯定感の低い日本の子どもには、探究型の学びを体験させたい
――なるほど、小学生のうちから、社会人となったときの像を目標に学んでいくわけですね。
矢萩先生:もう一点、大事な問題があります。日本の子どもたちは、世界の子たちに比べて自己肯定感があまりにも低いのです。内閣府も定期的に以下のような調査をして、憂慮しています。科学的根拠はないものの、自分軸にそった探究型の学びが、そうした問題解決には重要なのではないかということで、学習指導要領にも取り入れられていますね。
しかし、探究的な学びについては、
こうした中、パパママの意識も二分されているのが現状ではないでしょうか。
「しっかり中学受験して学力をつけることが自己肯定感を高めて社会でよりよく生きていけることだ」
「のびのびと遊ぶことも学びの力になる。そうしたゆとりのある教育で生きる力を身につけさせたい」
教育の概念が変わる中、パパママもお子さんにどんな学びを授けたらいいのか、迷いますよね。
パパママは中学受験産業のビジネスに翻弄されている?
――実際、ひとりの親の中でも、「受験勉強をさせよう」「のびのびさせたい」が気持ちの中で交互に出てきて、どう子どもに対応したらいいかわからなくなります。
矢萩先生:そうでしょうね。
私が感じているのは、小学生のパパママは、中学受験産業のプロモーションにずいぶんと翻弄されているのではないか、ということです。
これは以前の改革で「ゆとり教育」
実際、私立の中学では、学習指導要領はクリアしながらも、さらに個性ある学び、複雑な理解を必要とする学びを展開しているところもあります。その傾向を背景に受験の問題を出してくるので、パパママも子どもたちも慌ててしまうのです。もちろん、大手塾の授業と模試にも、教科書に出ない問題がたくさん出てきます。
こういう問題が解けなければ中学受験に挑むことはできない、入学してもついていけない、そして大学受験も難しいんじゃないか、と思わされていないかと、私は危惧します。
中学受験も大学受験も詰め込み型の学びが不要になりつつある
――たしかに、塾の問題を解けないと、「これができなきゃ中学受験は難しいんだろう」と思ってしまいますよね。つい解けない子どもを責めてしまったり……。
矢萩先生:でも、時代は少しずつ変わってきています。「中学受験業界の言いなりになったらだめだと反旗を翻し始めた中堅の学校が増えてきているんです。
中学受験といえば4教科勉強しなければ、と思ってしまいますが、2教科で受けられるところもあります。2教科にしぼって勉強すれば、その2教科を深く学ぶことができます。また、思考力を問うような問題を主体にし、記憶さえしていれば解ける問題をできるだけ出さないような受験をするところもあります。
もっと言えば大学受験がすごく大きく変わっています。受験勉強をして試験を受けて合格する一般受験が減り、かつてAOと言われたような総合型選抜が全受験の半分くらいになっています。今、大学受験はさまざまな推薦入学を受け入れており、必ずしも詰め込みの受験勉強をしなくてすむようになっているわけです。もちろん、総合型選抜に向けての受験対策もきっちりしないといけませんけれどね。
コロナ禍で「臨機応変に対応して学ぶ」ことの大切さを痛感
――それなのに、中学受験塾はなぜ、10年、20年前と同じように、1日何時間もガリガリと受験勉強をさせるカリキュラムなのでしょうか。ちょっと子どもたちがかわいそうな気がしますね。
矢萩先生:コロナ禍を経て、学校も塾も大きく変わりました。対面授業ができない、明日学校や塾に行けるのかもわからない。予測不能な明日に直面しました。これまでのような学び方では社会に通用しないと、痛感するようにもなってきています。予測不可能なものに対応する臨機応変な力をどういうふうに身につけたらいいか。学び方についても、長時間詰め込むようなタイプの中学受験の勉強ではきびしい、と思うようになってきていると思いますね。
それでも、今すぐ変わるわけではないでしょう。小学校も、探究型の学びを授業の中でやることになっていますが、きちんと定着させるのに10年くらいかかるのではないでしょうか。
――ますますわからなくなってきました。では、結局、中学受験はさせたほうがいいのでしょうか、もう以前ほどの意味はないのでしょうか。
矢萩先生:これまで、大人は、勉強がきらいでも、内容がよくわからなくても、「とにかくがんばって勉強して身につけなさい」というスタンスでした。しかし、気持ちが入っていないのに勉強しても成果は上がりにくいでしょう。
子どもたちが「勉強してみたい」「中学受験をして、あの中学に行きたい」というような明確な理由があって、自分からやりたいというのなら、させたほうがいい。もちろん、「やりたい」「やれる」は時間を経るによって変わってくる部分もあるので、その変化をパパママはしっかり捉える必要がありますが。勉強がおもしろいと思っていて、自分なりに深めたいと思う子には勧めましょう。
しかし、勉強させることで、
実は僕自身、中学受験をして不登校気味になった経験があります。
子どもを勉強好きにさせるには、大人が勉強好きにならなければ!
――でも、たいていの子どもは「勉強はキライ」と思っているのではないでしょうか。何も言わずに「勉強が好き」と言って、自分でどんどんやる子はそんなに多くないと思います。となると、大人は子どもを勉強好きにさせないと中学受験はできない、ということになりませんか? いったいどうやったら子どもを勉強好きにさせることができるのでしょう?
矢萩先生:この答えについては、僕が言うことはひとつです。
お子さんの周りにいる大人が、「学ぶことがおもしろい!」と思っていきいきと学んでいることが大事なのです。
特に、
パパママも同様です。「うちの子は本を読まないんです。どうしたらいいいですか」って言うけれど、パパもママも本が好きですか? あまり読まなかったり、読んでも義務感にかられていたりしませんか? 大人が興味深そうにやっていることには、子どもも興味持ちますよ。大人向けの本でも、「この本、こんなところが面白くてね、もう時間を忘れて読んじゃった」などと子どもに伝えれば、「そうか、本っておもしろいんだな」ってなります。
僕は、大人がやるべきは受験に関わっていようがいなかろうが、
今、この社会情勢で家族以外の大人と接する場が学校と塾と習い事しかない、という状況ですよね。子どもが接する数少ない大人は、みんな毎日をいきいきと生きているほうがいい。そして、そんな大人にできるだけ多く接したらいい。中学受験をするかしないかを決めるのは、そこをスタートラインにしてほしいな、と思います。
後半はこちら
記事監修
取材・文/三輪 泉