香取慎吾が平々凡々な旦那役を好演
『犬も食わねどチャーリーは笑う』というタイトルを聞いただけで、これはきっと夫婦の話だ!とピンと来た方も多いのではないでしょうか。そう、「夫婦喧嘩は犬も食わない」は、夫婦が喧嘩をしてもすぐに仲直りするから、他人が仲裁に入るのは愚かなことであるというたとえです。ところがどっこい、本作では、想定外の夫婦ガチバトルに発展してしまいます。
主人公の裕次郎役を演じるのは、主演映画『凪待ち』(19)でのクズ男ぶりが話題となった香取慎吾。3年ぶりの主演映画となりましたが、今回の裕次郎はホームセンターに勤めるどこまでも平凡な男です。岸井ゆきの演じる妻の日和と裕次郎は、結婚4年目を迎える夫婦で、見た目は夫婦円満に見えますが、いろんなことに鈍感な夫に対し、日和はイライラする毎日を送っていました。そんな日和が鬱憤を晴らすハケ口は、SNSの「旦那デスノート」でした。
そのサイトでは毒妻たちが、旦那に対する不平不満爆弾を、ここぞとばかりに投下しまくりです(笑)。日和もかわいがっているペットのフクロウの名前である「チャーリー」というペンネームで、裕次郎のネタを日々投稿していましたが、ある日、そのことを裕次郎自身に気づかれてしまいます。これは一大事!このことが発端となり、夫婦間のガチバトルの火蓋が切られます!
余談ですが、チャーリーがめちゃくちゃ愛らしくて、映画を観終わったあと、フクロウを飼いたくなること請け合いです。
「旦那デスノート」のリアルすぎる内容に爆笑必至!
本作のメガホンをとったのは、『箱入り息子の恋』(13)や『台風家族』(19)などのオリジナル脚本の映画が好評を博してきた市井昌秀監督です。元お笑い芸人「髭男爵」のメンバーで、コメディを撮らせたら天下一品なのですが、今回は「旦那デスノート」での身も蓋もない投稿内容に、思わず声を出して笑ってしまいました。
これは、実際にある「だんな DEATH NOTE」というサイトからヒントを得たそうですが、冷めきった夫婦、もしくは倦怠期に突入した夫婦のあるあるが満載です。ある意味、この映画をパートナーに見せたとして、どんなリアクションが返ってくるのかも興味津々かと。
また、さすがは元芸人監督だけのことはあり、思い切り笑いに振っている川柳が最高です。いくつか登場しますが、個人的には「育毛剤 差替えといた 脱毛剤」がツボでした(笑)。また、井之脇海がマリッジブルーになっている裕次郎の後輩役を演じていますが、結婚相手が作ったキャラ弁に「こんやOK」とあり、げんなりするなんていう一幕も。
もちろん笑いだけではなく、喜怒哀楽すべてにおいて心の機微を丁寧に切り取ることにも定評がある市井監督。血の通った生々しい台詞が多いので、どんどん心をかき乱されていきそうです。
例えば、夫婦間でのボタンの掛け違いを描くシーンも絶妙で、夫婦がある悲劇に見舞われた時に、妻は「ほったらかされた」と嘆くのに対し、旦那は「いや、そっとしておいたんだ」と弁解するといったくだりも絶妙だなと思いました。
夫婦とは「ウナギのつかみどり」という名言が登場
よく言われることですが、夫婦とはもともと赤の他人です。それでも、愛し合って結ばれ、夫婦となったわけですが、日和はどうやら結婚という“システム”が気に入らないようです。劇中では、令和ならではのいろんなカップルが描かれますが、そういう感覚は確かに全うな気もします。
そんななかで、あるベテラン主婦が語った、夫婦とは「ウナギのつかみどり」のようなものという比喩がすとんと腑に落ちました。彼女は裕次郎から夫婦について問われ「わからない」と言葉を濁したあとで、そう答えたのです。
それは、夫婦でお互いのことを完全にわかりあうことは至難の業だというたとえです。相手を必死につかもうと奮闘し、ようやく相手の心をつかめたと思っても、するりと手から離れてしまう。でも、つかもうと努力しなくなったら、もっとわからなくなる、それが夫婦だと。
まさに本作のテーマを物語る名台詞ですが、紆余曲折を経て、裕次郎と日和がどんな答えを出していくのかは観てのお楽しみということで。
それにしても、市井監督作にハズレなし!また、香取さんと岸井さんが織りなす夫婦がたどる心の旅を見終えると、夫婦でいることの意味を改めてじんわりとかみしめることになりそう。なので、ご夫婦で鑑賞すれば、良きカンフル剤にもなってくれるかもしれません。
監督・脚本:市井昌秀 出演:香取慎吾、岸井ゆきの、井之脇海、中田青渚/的場浩司、眞島秀和/きたろう、浅田美代子/余貴美子…ほか 公式HP:inu-charlie.jp/
文/山崎伸子
©2022“犬も食わねどチャーリーは笑う”FILM PARTNERS