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ひたすら書かされることで漢字が大嫌いになった子どもたち
私は盲学校に28年勤めました。そこで独自の漢字学習法を実施して成果を上げ、横浜市の公立小学校に異動しました。4年生の通常学級の担任になりましたが、子どもたちは漢字が大嫌い。習ったはずなのに低学年の漢字も使わない。作文はひらがなだらけ。がんばって書いた字でも微妙にまちがえている。そんな現実を目の当たりにし、どうしたものかと頭を抱えました。
なぜ子どもたちが、こんなに漢字嫌いになってしまったのか。それは漢字ドリルで、ひたすら書かされてきたからです。お手本を見て書くと、一本ずつ書くから覚えられません。そもそも漢字の意味もわからない。そこで、漢字の意味やなりたちを教えながら、部品と漢字のタイトルをひたすら唱えるという盲学校のやり方を取り入れたら、一か月で漢字大好きなクラスに変身しました。
学級崩壊の種を撒いていた5年生の男子との出会い
2012年に公立小学校の教員を退職しましたが、2013年に知り合いの校長先生に「どうしても人がいないから助けてほしい」と頼まれて、ある横浜市の公立小学校に3カ月の期間限定で赴任しました。しかし預かったのが、学級崩壊した5年生の大変なクラスでした。
とにかくうるさくて授業にならない。子どもたちの声よりも、こちらが大きな声を出さないと届かないので、毎日大声を張り上げていたら、1週間でのどがつぶれました。その学級崩壊の種をまいていたのが、学力が低い子や発達に凸凹のある子でした。
そのクラスには、Aくんという発達に凸凹のある子がいました。Aくんはふざけてトイレの便器に立って大声で叫んだり、上履きで友だちの顔を踏んづけたり、いろいろな問題を起こすので、私は毎日のように保護者の方に電話をかける始末。授業中も思ったことを、そのまましゃべるので、しばしば中断せざるをえないこともよくありました。
2年生からの漢字学習のやり直しを「ミチムラ式漢字カード」で提案
Aくんの学習状態を調べると、読み書きの力が2年生ぐらいからあやしいことがわかりました。漢字についていえば、基本漢字はなんとなく書けるけれど、部品を知らない。たとえば「遊」なら「ほうへん、ノ、一(いち)、子(こ)、しんにょう」という部品の組み合わせでできる漢字ですが、それを正しく組み合わせられず、ごちゃごちゃになっているのです。これは5年漢字をやっている場合ではないと思いました。
そこで保護者の方を学校に呼んで「2年生からやり直してみませんか?やり方は私が教えますから、家でちょっと頑張ってみてください」と伝えると、保護者の方は「漢字が苦手なのはわかっていて、いつかどこかで復習しなくてはいけないと思っていたけど、どこをどうすればいいのかわからなかった。先生に言ってもらえてとてもありがたい」と言ってくれました。
そして「ミチムラ式」で復習を始めました。ミチムラ式とは、漢字をパーツごとに分けた部品を組み合わせることと、同音異義語のない熟語と音読み、訓読み(漢字のタイトル)を唱えながら覚えていく方法です。
Aくんと保護者の方には、ミチムラ式をより楽に実践できる「ミチムラ式漢字カード」を渡しました。
「ミチムラ式漢字カード」は、おもて面に漢字一文字と書き方、うら面に漢字のタイトルと使われる言葉や同音異字が書かれたカードです。「うら面→おもて面」という順で、繰り返し唱えて覚えていきます。
それを使ってAくんは、毎日少しずつ覚えてくるようになりました。
Aくんが覚えているかどうかは、クラスの友だちがチェックしました。私が「先生忙しいから、誰かチェックしてくれないかな」というと、「やってあげる」という子が出てきて、みんながAくんを助けるようになったのです。
「ミチムラ式漢字カード」で勉強したら、テストで80点が取れた!
Aくんは授業中も、とにかくうるさいんです。そこで私は教卓の横に座らせて「とにかく黙って、私の顔を見ていなさい」と命じました。それは、私の話に集中してほしかったからです。「先生、みんながノートを取っているときは僕なにをしたらいい?」という質問には、教科書を見ていなさいと指示しました。教科書は、写真もあるし、図もあるし、カラフルで楽しいわよって。
そうしたら、あるときAくんが社会で「はい!」と手を挙げました。輸出をテーマにした授業でしたが、そのテーマに則った、なかなかいい発言をしたのです。「ナイス! なかなかいいこと言ったよね」と褒めると、Aくんは誇らしげ。クラスの子たちも、みんなで拍手です。
さらに驚いたのは、Aくんはその単元テストで、なんと80点をとりました! ふだんは20点、30点ですから、これは快挙です。なぜ急激に点数が上がったのか。それはテストの問題が読めたからです。5年生のテストであっても、5年漢字はとても少なく、彼が復習した2年生・3年生の漢字がたくさん使われているから読めたのです。
Aくんは漢字が読めるようになったことで、問題の意味がわかり、先生の話を聞いていたから、正しく選択できて80点がとれたわけです。授業中に教科書の図やグラフをずっと見ていたこともよかった。テストに見慣れた図やグラフが出ていたからです。
Aくんは、もうそれは喜びましたね。いつもはテストをクシャクシャに丸めて、机の奥に押し込むのに、丁寧にたたんで持って帰りましたから。ですから、やり方一つでいくらでもやり直しがきくわけです。
「先生、この覚え方は楽でいいね」と子どもたち
大荒れしていたそのクラスも、1カ月半でおさまりましたが、「ミチムラ式」の漢字学習にはそのあともクラス全体で取り組みました。
2週間後に横浜市の学力状況調査があるというので、「漢字の書きは4年生が出るんだけど、どう?大丈夫かな?」と聞くと、「全然ダメ~!」と声をそろえて言います。
「じゃあ、一気に復習するよ!」と、毎朝20個ほどの漢字をミチムラ式でまとめたプリントを配って「これを覚えなさい、午後にテストをするから」と言い渡します。去年それなりにやった4年漢字だからポイントを押さえればすぐに覚え直せると思ったからです。
子どもたちは午後までに必死で覚えます。そのときに班で競争させると、真面目な子は、ふざけている子に「あんた、覚えなさいよ」と叱咤して、みんなで頑張ります。盛り上がりますよ。そのうち子どものほうから「先生、この覚え方は楽でいいね」って言い出して、どんどん覚えていきました。
そして迎えたテストの日。あの学級崩壊していたクラスが、両隣のクラスよりもよい成績を上げたんです。嵐のような3カ月でしたが、子どもたちの伸びは圧倒的でした。
読み書きはすべての学びの出発点
なぜ子どものうちに漢字の読み書きを習得しておかなければならないのでしょうか。それはAくんの事例からもわかるように読み書きが、すべての学びの出発点だからです。
だからといって、ただ漢字を書くだけでは、読み書きは身につきません。特に発達に凸凹のある子は、手本を見ながら一文字ずつ書いても覚えられない。苦行でしかありません。だからミチムラ式で書かずに唱えるのが効果的なのです。
発達凸凹のある子も、興味の糸口を見つけられる「漢字eブック」
Aくんが成果を上げた「ミチムラ式漢字カード」は、2021年から進化版として「ミチムラ式漢字eブック」という電子書籍として発売されています。
「音声で聞く」「画像を見る」「成り立ちや解説を読む」など、聴覚や視覚で言葉をとらえたり、習った漢字をつなげて整理したり、聞いたことのある言葉を語例集で確認するなど、漢字の力を付けるための入り口をたくさん作ったので、発達に凸凹のある子でも、その子の興味に合ったやり方を見つけられます。
学びというのは、そういう入り口をつかみ、そうだったのかと納得すれば、そこからどんどんもっと知りたいと興味が広がっていけます。
学校は残念ながら、1パターンしか教えず、それを押しつけます。そしてできないとペナルティがある。そうすると、子どもはますます嫌いになります。
ですから学力が低い子や発達に凸凹のある子は、自分の気になる糸口を見つけて、そこに戻って復習すればいい。そうすればAくんのように必ず復活できると思いますよ。
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記事監修
1955年、福井県生まれ。77年から福井県立盲学校に、79年から横浜市立盲学校に中・高等部理科教諭として勤務。横浜市立中学校教諭を経て、98年より横浜市立盲学校に小学部教諭として再び勤務する。2000年以降、視覚障害児のために漢字教育を始め、02年「点字学習を支援する会」を設立し会長となる。『視覚障害者の漢字学習』シリーズを刊行。
2008年より横浜市の小学校に異動し、2012年に退職。01年度第11回特殊教育学習ソフトウェアコンクール障害児教育財団理事長奨励賞、05年読売プルデンシャル福祉文化賞大賞、09年第17回にってん野路菊賞など受賞歴多数。著書に『口で言えれば漢字は書ける! 盲学校から発信した漢字学習法』(小学館)、『全員参加!全員熱中!大盛り上がりの指導術 読み書きが苦手な子もイキイキ 唱えて覚える漢字指導法』(明治図書出版)などがある。
取材・構成/池田純子 写真・イラスト提供/かんじクラウド