歯周医学とは?
近年、歯周病と全身的な疾患との関わりがクローズアップされて「歯周医学」と呼ばれており、注目されています。
歯周病は文字通り歯の周りの病気で、歯ぐき(歯肉)や歯を支える骨(歯槽骨)などの歯周組織が、歯と歯ぐきの境界部にある歯周ポケットに存在する歯周病菌の毒素などで起きた炎症により破壊される病気です。
図1のように、歯ぐきが赤くなる(発赤)、腫れる(腫張)、血が出る(出血)といった炎症症状に加え、進行すれば歯ぐきがやせる(歯肉退縮)、歯がぐらつく(動揺)、膿が出る(排膿)、口が臭う(口臭)といった不快症状で食事や日常生活に支障をきたします。最終的には歯の動揺が大きくなり、自然と抜け落ちる「自然脱落」に至ります。
「歯周医学」は歯周病を原因として、妊娠トラブル(早産・低体重児出産)、動脈硬化症、糖尿病、骨粗鬆症、発熱などに関係することが知られており、妊娠期に実施される歯磨き指導もこれに基づいたものです。
そのメカニズムとして、次のような流れが考えられています。
まず、歯周病菌やその毒素が歯周ポケット内で炎症を引き起こし、血管に侵入することから始まります。そして、それらが血流に乗って全身を巡り、サイトカインやケミカル・メディエーター(PG、IL等の生理活性物質)を賦活化させて身体各所で悪影響を及ぼします。
今回は歯周病と妊娠トラブルに焦点を当て、その関連性などを解説します。
妊娠中は歯周炎が起こりやすい
妊娠中は女性ホルモンが活発化する影響などにより、「妊娠性歯肉炎」という特徴的な歯肉の炎症が起きやすいことが明らかにされています(図2)。特に妊娠中~後期にホルモンレベルが上昇するため注意が必要です。
また、妊娠初期には「つわり」でえずいて歯磨きが十分にできなかったり、妊娠中は間食が増えたりするなどして、口腔内が不衛生になりやすい傾向にあります。
その結果、歯周炎だけでなく虫歯にもなりやすく、さらに進行しやすいという悪条件が重なるため、妊娠中の口の中の清掃や管理は非常に大切であることがうかがえます。
では、このような妊娠期における歯周組織の炎症が、どのように早産(低体重児出産)に関連するのかを見ていきましょう。
歯周病が妊娠トラブルに至るメカニズム
歯周病菌の一種であるプレヴォテラ・インターメディア菌は、発育因子として胎盤で産生されるホルモンのエストロゲンを利用するため、妊婦では増殖しやすい傾向にあることが報告されています。
妊娠時に、この菌が歯周病の局所で急激に増殖すれば、出血しやすく浮腫性の歯周炎になります。
歯周病菌の多くがヒトの血液成分を栄養素にするため、歯周炎による出血があれば歯周病菌が非常に増え、毒素の産生量が増加してサイトカインなどの生理活性物質を誘発しやすくなります。その結果、子宮に影響が及んで早産などの妊娠トラブルにつながると考えられています。
その具体的な因子として、ケミカル・メディエーターのPG(プロスタグランジン)の一種であるPGE2は子宮筋を収縮させて早産を誘発することが明らかにされています。
歯周病と妊娠トラブルに関連する研究報告
WHO(世界保健機関)は、早産を22~36週での出産、低体重児を2500グラム未満の新生児、と定義しています。
早産(あるいは、その結果としての低体重児出産)の原因としては歯周病のほか、細菌感染症や妊娠中毒症、タバコ(喫煙)などが報告されています。
1996年にOffenbacher氏らが報告した研究では、アメリカのノースカロライナ大学に通院中の妊婦124人を対象として、歯周病と妊娠トラブルとの関連性を調べました。
その結果、重度の歯周病に患っている妊婦は早産(低体重児出産)の危険率が6.8倍となり、特に初産では7.4倍にも及ぶことが明らかになりました。
この危険率はタバコやアルコール、高齢出産、産科器官の感染などのリスク因子と比較しても数倍に達する格段に高い数値であり、妊婦に対する歯周病予防の重要性が示唆される結果となりました(図3)。
一方、2005年にLopez氏らが報告した研究では870名の妊婦を対象として、歯周病の治療や指導をすることが妊娠トラブルの発生に対し、どのような効果があるのかについて調査を実施しました。
その結果、口腔衛生指導を含む歯周病治療を受けた妊婦群(580名)は受けない群(290名)に対して、早産のリスクが75%、低体重児出産の発生率が38%減少することが明らかになりました(図4)。
妊娠時に効果的なお口の管理法
2023年に11年ぶりに大きく改訂された母子健康手帳ですが、2012年度から導入された母子健康手帳の省令様式では「妊娠中と産後の歯の状態」を記載するページに、「歯周病は早産等の原因となることがあるので注意し、歯科医師に相談しましょう」という文言が記載されています。
このように妊婦の口腔管理に対する重要性は厚生労働省を中心として国も認めており、歯科医師会などが主催する歯磨き(ブラッシング)指導など、妊婦を対象とした口に関する健康教室も全国各地で開催されています。
そのような地域における健康指導やネット情報なども活用しつつ、定期的に歯科医院で検診や専門的な口腔清掃を行い、妊娠期における口の中の管理を徹底してください。
では最後に、特につわりで歯磨きしづらい状況における歯磨きの注意点、効果的な歯磨きのコツなどをまとめてみました。
■つわりがひどい時は食後などの時間帯にとらわれず、一日の中で体調の良いタイミングに、できる範囲で磨きましょう。ただし、夜の就寝時に口の雑菌が繁殖しやすいので、夜の寝る前の歯磨きはできるだけ行うように心掛けてください。
■歯ブラシはヘッドが小さい、あるいは薄いものを選び、小刻みに動かして口の中の刺激を極力少なくするようにしましょう。
■歯磨きの時は下の方を向いて、やや前屈みの姿勢にすると、えずきにくくなります。
■歯磨剤は香料や味の刺激の強いものを避けましょう。
■テレビを見ながら歯を磨くなど、「ながら磨き」で歯ブラシの感覚に意識が集中しないようにすると、楽に磨ける場合があります。
■どうしても歯磨きできない時は、うがい薬(デンタルリンス、洗口液など)を口の中全体に行き渡らせるようにしっかりブクブクうがいし、十分な洗浄と消毒をしましょう。
歯周病は歯を失う最大の原因であり、ゆっくりと進行して気付かないことも多いため、健康的な出産のためにも歯周ポケットに重点を置いた歯磨きで歯周病予防に努めてくださいね。
こちらの記事もおすすめ
記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・日本歯周病学会編:歯周病と全身の健康.2015.
・Offenbacher et al.: Periodontal infection as a possible risk factor for preterm low birth weight. J Periodontol, 67: 1103-1113, 1996.
・Lopez NJ et al.: Periodontal therapy reduces the rate of preterm low birth weight in women with pregnancy-associated gingivitis. J Periodontol, 76: 2144-2153, 2005.
・日本歯科医師会:母子健康手帳活用ガイド【一部抜粋版】.2012.