エリートサラリーマンの父が突然のリストラ。「家ではいいお兄ちゃん」が学校で暴れるようになって…【みんなの学校・木村泰子さんに聞いた親子の物語・前編】

「どんな子にも居場所をつくる教育」を実践する大阪市立大空小学校の日常を追った映画『みんなの学校』。2015年に公開されてから2万人以上を動員して今も感動の輪が広がり続けています。子ども同士が学びあう学校で育った子どもの主体性は幾度も大人をうならせます。初代校長を9年間務め、今春、お母さんたちに向けたメッセージ本を刊行した、木村泰子さんが大空小で出会った「子どもってすごい!」を実感するリアルストーリーです。

なんでも「一番を目指せ」が口癖だった父親が突然のリストラ

私が大空小で校長をしていた9年間で、地元の公立小に居場所を見出せず、他府県から転校してきた子どもたちが50人ほどいました。でも、今からお話しするのは、そういった引越し組ではなく、もともと大空小のある地域で暮らしていた家族のお話です。

両親と子ども2人の4人家族。兄弟とも、とても楽しそうに大空小に通っていました。特に長男のことが印象に残っているのは、この子が人一倍負けず嫌いだったからです。父親は世間からすれば勝ち組と見られるようなエリートサラリーマンでした。武道にも秀でており、「男は泣き言を言うな」「一番を目指せ」が口癖でした。そのため、この子はなんでも一等賞を目指して、勉強も運動も頑張っていました。

ところが、4年生の頃、父親が突然リストラされてしまいました。専業主婦だった母親もパートを掛け持ちして家計を助けるために働きに出ることになりました。父親は少しでも給料がよくなるよう、夜勤の介護職に就くことを決意。資格取得の勉強も始め、昼夜逆転の働き方をするようになりました。朝学校に行く頃に父親は帰宅し、子どもたちが帰宅する頃にはすでに仕事にでかけています。母親もパートを夜遅くまでしていますから、自分と幼い弟の2人だけで家で過ごす時間が長くなりました。

家族の暮らしの変化を、母親は校長の私にもわざわざ知らせてくれました。「今までのようには、子どもたちの世話がきっとでけへんようになる」と。私は「そっか。大丈夫か、お母ちゃん」って、ただ話を聞くだけでしたが。

家で頑張っているストレスが学校で爆発

 「お父さんな、リストラされてん。だから母ちゃんも働いてんねん」って、この子は私にあっけらからんと話してくれました。学校が安心できる場所だったから、素直にそんなことが言えたのでしょうね。私は「そうなん。大変やな、父ちゃん。じゃあ、あんたも自分のできることやらなな」と、淡々と言いました。

この時点で、この子はすでに十分に頑張っていたんですよね。もうこれ以上は無理というところまで空気を入れたら、風船だって割れてしまいます。そのうち、家で頑張っているストレスが、もうこれ以上は耐え切れないというところまでせり上がってきたのでしょう。

「なんか、ちょっと気になる顔つきになってきたな。大丈夫かな」と私が感じ始めるのとほぼ同じくして、この子は突然、学校でものすごく暴れるようになりました。廊下でのたうちまわって、それこそ、誰も止められないくらい。怪我をしてしまうのではないかと周囲がハラハラするくらいの見事な“暴れっぷり”でした。

暴れる息子の姿にショックを受けた母。校長がかけた言葉は…

 

職員室でもみんなで話し合いましたが、「私らではもう、どうにもできへんな」という結論に。そして悩みましたが、母親を学校に呼んで、息子が暴れる様子を見てもらうことにしたのです。自分の子どものこんな姿見たら、どんな母親だってさぞがしショックを受けるでしょう。ただ、この姿を見てもらわないことには、「この子への関わり方を真剣に考えることはできない」とも思いました。

息子の姿を影から見た母親は、涙をぽろぽろ流して言いました。「先生、申し訳ありません」と。すかさず私は「あほ。そんなこと言わせるために、私があんたを学校に呼んだん、思うんか? この子、家ではどうなんや?」って尋ねたんです。

「もともと兄弟げんかも激しかったけれど、家が大変なことになってからそういうことがいっさいなくなり、弟の面倒もよくみて、すごくいい子にしている」とのことでした。「予感的中」だったのです。

「学校で暴れるな」なんて、決して言ったらあかん

私は母親にこうアドバイスしました。

「『学校で暴れるな』なんて、決して言ったらあかん。母ちゃん、息子のこの姿よく覚えておいてな。暴れる場所があるから、あの子は家でいい子にできてんねんから。暴れる場所がなかったら、あの子はどこでストレス発散する? せやろ?」

母親は声を絞り出しながら、「あの子に想いが届かんかった」とも言いました。「息子のことをわかっていたつもりでいたけれど、自分たちが生きていくのに精一杯で、しんどいさなかにいたから、息子を十分に気遣ってあげられなかった」と悔やんだのです。

父と母の葛藤を感じ取って、家では耐えていた子

母親もとても苦しんでいたんですね。金銭的なことだけではありません。夫がリストラされ、今までとはまったく畑違いの仕事に転職したことへの配慮もあったのでしょう。夫の決断や葛藤を尊重していたからこそ、家の中ではできるだけストレスを感じさせないよう、また、子どもたちのことで余計な心配もさせないように、すごく気を遣っていたことは容易に想像できます。

こうした夫婦間の気遣いが、ときにピリピリした雰囲気になって子どもにも伝わっていたのでしょう。子どもも夫婦の空気を感じ取って、耐えていたのだと思います。

「どうやって食べていくねん」みたいな状況を突きつけられたら、いくら親でも子どものことを四六時中かまってなんかいられなくなります。それは当たり前のことです。親がひどかったわけでもなんでもありません。この子が暴れ出したのは、必然だったと思います。

でもね、学校で暴れてくれる分には、いいんですよ。家で暴れたら家族しかいませんから受け止めるのは大変です。でも、大空小みたいな学校だったら、職員室にはいつも誰かがいるし、地域の人も保護者もサポーターとしてすべての子どもに関わろうとしてくれます。その場にいる誰かが、いつも手を差し伸べてくれる。

こうした環境の中で、この子は少しずつ変わっていきました。

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教えてくれたのは

木村泰子さん|大阪市立大空小学校・初代校長
大阪府生まれ。大阪市立大空小学校初代校長として、障害の有無にかかわらず、すべての子どもが共に学び合い育ち合う教育に力を注ぐ。その取り組みを描いたドキュメンタリー映画『みんなの学校』は大きな話題を呼び、文部科学省特別選定作品にも選ばれた。2015年に45年間の教員生活を終え、講演活動で全国を飛び回る日々を送っている。『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」から社会を変える』(小学館)など著書多数。新刊に母親に向けたメッセージ本『お母さんを支える言葉』(清流出版)がある。

『お母さんを支える言葉』(清流出版)木村泰子・著

何度でもやり直せばいい。子育ても、自分の人生も。お母さんを支える言葉は、人を支える言葉です。

取材・構成/渡辺のぞみ  *本記事は『お母さんを支える言葉』に所収のエピソードを元に、新たに取材・再構成したものです。

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