困っているこいつが、これ以上困らないように。クラスメイト全員での見守りが暴れる子を変えた!【みんなの学校・木村泰子さんに聞いた親子の物語・後編】

「どんな子にも居場所をつくる教育」を実践する大阪市立大空小学校の日常を追った映画『みんなの学校』。2015年に公開されてから2万人以上を動員して今も感動の輪が広がり続けています。子ども同士が学びあう学校で育った子どもの主体性は幾度も大人をうならせます。初代校長を9年間務め、今春、お母さんたちに向けたメッセージ本を刊行した、木村泰子さんが大空小で出会った「子どもってすごい!」を実感するリアルストーリーの後編です。

前編はこちら

エリートサラリーマンの父が突然のリストラ。「家ではいいお兄ちゃん」が学校で暴れるようになって…【みんなの学校・木村泰子さんに聞いた親子の物語・前編】
なんでも「一番を目指せ」が口癖だった父親が突然のリストラ 私が大空小で校長をしていた9年間で、地元の公立小に居場所を見出せず、他府県から転...

グランドピアノに傷をつけちゃった!修理代20万円!

 

暴れることで溜め込んでいたストレスを発散させるようになった男の子。

ただ、この子には前から、あちこち動き回ったり、周囲のものを手当たり次第さわったり手に取ったりというようなクセがあったんです。自分を落ち着かせるために物をさわるんですね。たとえば友だちと折り合いつかなくてイライラすると、ふらっと職員室に来て、そこらへんをうろつき、いろんな備品に手をつけます。こうして気持ちをクールダウンさせていましたが、傍目には、フラフラしている、落ち着きがないと映ることもありました。

ある日、この行動のクセが、ちょっとした事件を起こします。音楽会の練習中のこと。待ち時間に手持ち無沙汰だったのか、この子はいつものようにじっとしていられなくなりました。ピアニカのマウスをグランドピアノの蓋の上に置いて、転がり落ちるのを眺めていたら、面白くなってしまったんですね。遊びがエスカレートしてピアニカ本体で試したら、転げたピアニカが、グランドピアノの蓋に大きな傷を残してしまったんです。

「しまった!」という困った表情で、この子はピアノの横で固まっていました。

同級生の知らせで駆けつけた私は、微動だにしないこの子の姿を見て、「これはチャンスや!」と思いました。「この子が自分をアップデートできるチャンスや」と。

事情を聞いた後、「しゃあないな。こんなこともあるかな」と淡々と言うと、「事なきを得た」と思ったのか、この子はほっとした表情を浮かべました。そして、すかさず私はこう続けたんです。

「でも、ピアノは修理せなあかんやろ? 傷を直すだけなら20万円くらいかな。今日帰ったら、お母ちゃんに『修理代20万円用意して』って頼みや」

 「わかった。20万円用意する」と母親に言われた息子は…

「校長先生、ひどすぎるわ。家が大変なときに、なんでそんなことをあいつに言うん?」と、周りの子どもたちがわーっと校長室に抗議に押し寄せました。私は完全に、悪人です(笑)。この時、内心「あんたらすごいなあ!周りの子、育ってるやん」とものすごく嬉しかった。そして、これは私のちょっとした策であることを子どもたちに言いました。

「いいか、これは作戦や。あいつには言うたらあかん。修理代なんて、どうってことない。親が出さんでもなんとでもなる。でもな、あいつは人のものあれこれさわったり壊したりして、いつも怒られてるやん。あいつが変わるために必要なことやから、みんな、黙り通して」

この子は私に言われた通り、家に帰ってから母親に自分がしたことを話したんです。母親は、「わかった。じゃあ、20万円貯めるね」って答えました。もちろん、母親と私は口裏を合わせていました。

「このクセ直す。お母ちゃんを裏切ることはできん」

翌朝、この子は校長室に「お母ちゃんが20万円用意してくれるって」と、報告に来ました。それを聞いた私はこの子に尋ねました。

「なあ、お母ちゃんがお金用意してくれるって聞いて、どう思った?」

「ものすごい申し訳ないと思った。今、うちにはそんなお金ないのに、オレがあんなことせえへんかったら20万円も用意しなくていいわけだから。すごく困っている」と。

「そうなんや、じゃあ、どうする?」と私が再び尋ねると、この子は少し考え込んでから、こう言ったんです。

「オレ今まで、いろんなもんついさわっては、壊してきた。今回もそう。オレ、このクセなくす。お母ちゃんは怒りもせんと『やってしもうたんなら、しゃあないないな。お前のために20万円用意するわ』って言った。こんなふうに言ってくれたお母ちゃんを、オレは裏切ることはできん」

教師の罰なんて、子どもには響きません。この子の心に響いたのは、母親の言葉だったんです。

私は、この子の決心を受け止めて「そっか。そう思うんなら、やり」って言いました。そして「まかしとき。どこまでできるかわからんけど、業者に『ただで直して』って、先生頼むわ」と伝えると、表情がぱっと明るくなり「頼むで!」と満面の笑顔で言いました。

その後、職員室に来るとき、この子は自分の両手を固く握り合わせていました。「なにしてるん? 手、痛いんか?」って聞くと、「物にさわらんようにしてんねん」って答えるんです。健気でしたね、本当に。

あれこれさわる落ち着きのなさは、この事件をきっかけに、徐々におさまっていきました。

「教室で一番困っているのは、誰や? 校長、それぐらいわからんのか?」

暴れる衝動については、なかなか難儀でした。ただね、これも私が何かしたというよりも、同級生の言葉がこの子の心に響いたんですね。それがきっかけで、ピタリとなくなりました。

この子は決まって、算数の授業が始まって15分くらいすると、机をバーンと倒して暴れ出していたんです。ある日、「そろそろやな」というタイミングで私は教室をひょいとのぞきました。すると、今まさに机をひっくり返そうかというときで、周りの友だちがこの子からスーッと机を離し始めていたんです。これから机を倒そうとしているこの子のことを、周りは「いやだ」「避けたい」「こいつから逃げたい」と思っているのだろうなと私は想像したんですね。

「あんたら、案外冷たいんやなー」って私は言い放ちました。その瞬間、「校長、バカちゃうかー!?」って、私が子どもたちから一斉に糾弾されたんですよ。これにはびっくりでした。

「教室で一番困ってるのは、こいつや。オレらはいっこも困ってない。こいつが机倒して、筆箱ぶん投げて、もし周りがちょっとでも怪我してみ? 困ってるこいつが、もっと困るやろ? だから、机離してん。それくらいわからんか!?

私とクラスメイトたちのこんなやりとりを呆然と聞いているうちに、この子は教室で暴れるタイミングを逃してしまったんです。そしてこの日以来、ピタッと暴れる行為をやめました。一度も暴れなくなりました。

私の言葉や行動なんて、何一つ、響いていません。周りの子どもたちが、この子を変えたんです。

卒業式の前日に校長室にやってきた子。「大丈夫やで。オレはもう暴れたりせえへんから」

この子は卒業式の前日、校長室に来て、私にこう尋ねました。「校長先生、中学に行ってオレが暴れないか、心配してるやろ?」と。私は正直に「うん、ちょっとしてる」って答えました。

「大丈夫やで。オレはもう暴れたりせえへんから。オレな、“三文字”見つけたから」。

「え? それ、何?」と尋ねると、「が・ま・ん」と言ったんです。

私は自分が我慢するのも嫌だから、子どもたちに「我慢しろ」なんて言ったことがないんですよ。この子が暴れまくったり、落ち着きない行動を繰り返していたときも、一度も言ったことはありませんでした。

あれだけ暴れて、フラフラしていた子から「『が・ま・ん』の三文字を覚えたで! だからぜーったい、大丈夫」の宣言を聞いたときは、本当にのけぞるほど驚きました。

私たち教師が指導したことは、一瞬で子どもの中を通り過ぎてしまいます。でも、子どもが自分自身の力でつかみ取ったものは、一生、消えません。この子が周りの子ども達の中でつかんだものは、これからもずっと大事にしていくはずですし、この子の中にあり続けるでしょう。

卒業してからもう何年も経ちますが、子どもの成長や学びの本質について考えるとき、この子の姿がいつもふわっと思い出されます。

教えてくれたのは

木村泰子さん|大阪市立大空小学校・初代校長
大阪府生まれ。大阪市立大空小学校初代校長として、障害の有無にかかわらず、すべての子どもが共に学び合い育ち合う教育に力を注ぐ。その取り組みを描いたドキュメンタリー映画『みんなの学校』は大きな話題を呼び、文部科学省特別選定作品にも選ばれた。2015年に45年間の教員生活を終え、講演活動で全国を飛び回る日々を送っている。『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」から社会を変える』(小学館)など著書多数。新刊に母親に向けたメッセージ本『お母さんを支える言葉』(清流出版)がある。

『お母さんを支える言葉』(清流出版)木村泰子・著

何度でもやり直せばいい。子育ても、自分の人生も。お母さんを支える言葉は、人を支える言葉です。

取材・構成/渡辺のぞみ イラスト/本田亮 *本記事は『お母さんを支える言葉』に所収のエピソードを元に、新たに取材・再構成したものです。

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