映画初主演の富田望生が神戸の今を生きるヒロインを熱演
先週1月17日に阪神・淡路大震災から30年を迎えましたが、今もなお、日本のあちこちで日々、地震は起きています。そんな中で公開された『港に灯がともる』は、被災地の人々だけではなく、今を生きる私たち全員に寄り添う人間ドラマになっています。

本作を手掛けたのは、神戸のミナトスタジオで、クラウドファンディングで制作された映画です。最初にベースにあったのは、実在の精神科医・安克昌氏の著作「心の傷を癒すということ」。その後、心の内に耳を傾けることの大切さを説いた安さんを主人公にしたドラマもNHKで作られ、後に映画として自主上映されました。本作は、そんな安さんの志を受け継いだ制作陣が、アフター震災世代の主人公を据えて手掛けたオリジナルストーリーとなっています。

本作で映画初主演を果たしたのは、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」での好演も記憶に新しい女優の富田望生。演じるのは、震災から30年後の神戸を生きる在日コリアンの女性・灯役です。富田さんは様々なことに葛藤し、もがきつつも、前を向いていこうとするヒロインをとても繊細かつ力強く演じています。
監督は、「カムカムエヴリバディ」など数々のドラマを手掛けてきたNHKの演出家・安達もじり。神戸で暮らす人びとへの膨大かつ綿密な取材を基に、川島天見との共同脚本によって、リアルな物語を作り上げました。
令和に響く「人はグラデーションの中で生きている」という考え方

1995年の震災で多くの家屋が焼失し、一面焼け野原となった神戸・長田。灯(富田望生)はかつてそこに暮らしていた在日コリアン家族の下に生まれました。彼女自身は在日の自覚は薄く、被災の記憶もないだけに、父(甲本雅裕)や母(麻生祐未)が語る家族の歴史や震災当時の話が遠いものとして感じられ、孤独と苛立ちを募らせていきます。
気性の荒い父は、家族と衝突してばかり。そんなある日、親戚の集まりで起きた口論がきっかけで、溜まっていた鬱憤を爆発させた灯。さらに姉・美悠(伊藤万理華)が持ち出した日本へ帰化するという提案をめぐり、家族はより一層もめていきます。そして灯は改めて家族と自分自身や、国籍というバックグラウンドについて向き合っていくことに。
自身の出自と、親から聞かされる震災の記憶との板挟みになり、双極性障害を発症する灯。そんな彼女が親友の勧めによって、心のケアを受けることになります。

本作でキーマンとなるのが、灯を回復へと導いていく精神科医・富川和泉です。渡辺真起子演じる富川医師は、おそらく安医師のような役割の方かと。富川医師は、灯にマジックアワーの美しい港の写真を見せ、どこをブルーだと思うか?と問います。
富川医師によると、人それぞれにブルーと感じる箇所は違うとか。それは「人はグラデーションの中で生きている」からだと聞いて、灯ははっとさせられます。確かに人によって、物事をどう感じるかは異なります。その人の辛さは、他人から見たらそうではなくても、本人にとっては非常に心を痛めるレベルのものかもしれない。
人はいろいろな感覚や感じ方が違うのは当たり前であり、富川医師は、そこを灯に優しく諭したのです。杓子定規で人を見るのではなく、人それぞれの個性や感性があることを踏まえた上で、そこに耳を傾け、その人の立場になって物事を見ることの大切さに改めて気づかされました。そこはまさに令和にふさわしい考え方で、琴線を揺さぶられました。
「家族」という一番小さな集合体の大切さ

富田さん演じる灯が生きる時間軸は、震災から30年経った現代です。多様性が重んじられるようになった令和では、ずいぶんマイノリティーと呼ばれる人たちが生きやすい世の中になったとは言われています。劇中では、ウクライナから来た若い夫婦も登場しますが、それは灯の祖父母が日本にやってきて苦労した時代とは確かに違っているとは思います。
そうした時代の移り変わりや社会背景を折りこみつつ、私自身が一番心に響いたのは、「家族」という一番小さな集合体の大切さです。灯は心のケアを受け、いろいろな人の助けも借りていく中で、人と人とが関わることの重要性、シンプルに言えば“相談できる人がいることの重要性”など、さまざまなことに気づいていきます。
そして、実は一番大切にしなければいけなかった家族との関係性について、改めて考えていくことに。そこのくだりは、それまでに積み重ねられてきた家族とのやりとりを踏まえて見ることで、より一層、涙を誘います。「難しいな。家族って」という言葉の重みも心からかみしめてしまう。
大なり小なり、いろんな問題がありつつも、切っても切れないのが家族という絆。そこの大切さを、本作を観て、改めて実感しました。いろいろな気づきも与えてくれる本作を、ぜひ親子で鑑賞していただきたいです。
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文/山崎伸子