オオタヴィン監督の最新作『ハッピー☆エンド』
病院での面会が禁止されたコロナ禍以降、過酷な延命治療に耐えることなく、家族に支えられながら自宅で過ごせる「在宅緩和ケア」に注目が集まっています。映画では、在宅ケアで2000人以上を看取ってきた萬田緑平医師の指導のもと、薬と家族の力を借りながら、旅行などの趣味を楽しみ、食べたいものを食べ、大切なペットと過ごし、そして自身の葬式や墓のデザインを考えながら、最期まで自分らしく生きている5つの家族の姿を追っていきます。
在宅緩和ケアとは?
生命を脅かす病気を抱えた患者さんと、その家族の身体と心のつらさを和らげるケア。自宅などの居住施設で、医療・福祉・介護機関が連携しながらサポートしていきます。生存する時間の長さだけではなく、人生や生活の質、満足度、充実感を高め、自分らしく生き、死にゆくことを自然な過程と捉えます。
【オオタヴィン監督インタビュー】いまの子どもたちが経験していないこととは?

このテーマで映画を撮ろうと思ったきっかけ
オオタ監督:まず一つは、萬田先生がすごく面白い医師だったからです。この映画をみると思わず笑ってしまうシーンがたくさんあります。萬田先生は楽器を弾いたり手品をしたり、とにかく人を楽しませることが好きで、先生が診察に訪れると家の中が明るくなりみんなが笑顔になる。萬田流の在宅医療は笑いを最高の「薬」にすることなのです。病院医療に一番ないものが、笑いです。がんの末期の患者さんの診察とは思えないような「ハッピーな空気感」を映像化したいと思いました。

二つ目の理由は、「緩和ケア」という選択肢を広げたいということです。私は還暦を超えたのですが、知り合いで、がんで亡くなる方が出てきました。これは他人事ではないといろいろ調べて、「緩和ケア」と人生の終末期における医療やケアに関する事前指示書「リビング・ウィル」を知りました。萬田先生の患者さんの多くは末期がんなのに、痛みを訴えるどころか亡くなる直前までゴルフや家族旅行を楽しんでいます。「病院医療」しか知らない人と、「病院医療」と「在宅医療」の両方を知っている人では運命が大きく変わると思います。
「病院医療」を選択して入院した場合、患者さんが自宅に帰りたいと願っても帰ることが難しくなりますが、「在宅医療」なら自宅で家族やペットと一緒に過ごすことができる。萬田先生は、患者さんが自宅に帰ったら「身体に良いこと」より「心に良いこと」を優先させます。お酒もタバコもOK、食事も食べたいときに好きなものを食べていいんです。緩和ケアでは“生きる”ことは「時間の長さ」ではなく、自分らしく生きる「時間の質」が問題だと考えます。
印象的だった撮影エピソード

オオタ監督:二歳のお子さんがいるお父さんの取材をさせていただきましたが、子育ての中でも大変な時期ですよね。お子さんは保育園に通って、お母さんは仕事をしながら在宅医療ができるのかと驚きました。
「優しくしてあげられないときもあった」というお母さんのコメントもリアルですよね。でも、最後に本人が望むことをしてあげることができた。「最後の食事を用意してあげられてよかった」と、患者さんだけではなく介護している人も納得できるケア。亡くなる4時間前に食事をして、ビデオレターを残して、そこまで元気に普通の日常を過ごすことができる緩和ケアの技術はすごいですよね。」
「日常のなかの死」を、いまの子どもたちが経験していないこと

オオタ監督:映画で、2018年に亡くなった樹木希林さんの講演会時の映像を使用しているのですが、その中で「生きるのも日常、死んでいくのも日常」というお話があります。しかし、現代の社会では核家族世帯が増え、死ぬということが日常ではなくなりました。
在宅医療では、最期に家族とお別れができる。それは、おじいちゃんおばあちゃんが孫にできる最大のレッスンでありプレゼントだと思いましたね。みんな誰でもいつかは死ぬと思えば、人に優しくできるじゃないですか。それは言葉で伝えるのと経験するのとでは違いますよね。

映画で学ぶウェルビーイング
オオタヴィン監督の映画に共通しているテーマは「ウェルビーイング」。それは、身体的・精神的・社会的に良好な状態で生きること。
監督のいままでの作品は、毎回どれも、見落としていた視点や考え方に気づかせてくれます。『ハッピー☆エンド』に登場する患者さんたちは、苦しい闘病に耐えて死を待つのではなく、最期まで自分らしく生きる前向きな姿が印象的です。「ウェルビーイング」を実現するためには知ることも大切。これは決して悲しい映画ではなく、私たちが「自分らしく生きる」ヒントを教えてくれます。
「ハッピー☆エンド」

出演:萬田緑平(在宅緩和ケア医)、樹木希林
ナレーション:佐藤浩市、室井滋
エンディングテーマ:ウルフルズ「笑えればV」
監督:オオタヴィン
製作:まほろばスタジオ 配給:新日本映画社
2025/日本/カラー/16:9/ステレオ
©まほろばスタジオ
公式サイト:https://www.happyend.movie/
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写真/五十嵐美弥 取材・文/やまさきけいこ