【前回までの流れ】
● “努力しているつもり”では成績は伸びない。言われたことをこなすだけではなく、自分で考え、理解しながら取り組むことが大切。
● 問題を解く前に「なぜそうなるのか」を考える習慣が必要。
●「何のために勉強するのか」を自分の中にもつことが成長の第一歩。受験のためだけではない、自分の学びの意味を見つけることがモチベーションにつながる。
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【偏差値33からの逆転中学受験】「合格請負人」との出会いが僕を変えた。1問を一時間かけて解く、予想外の勉強法から得た僕の意識改革
12月に入ると、僕の生活はガラリと変わった。小学校には、ほとんど行かなくなった。お母さんも「今は受験に集中しなさい」と言ってくれたけれど、本当にそれでいいのかという不安は、どこか心の隅に残っていた。「卒業できなくなったらどうしよう」「後から先生に怒られたら…」と、気にならなかったと言えば嘘になる。
その頃の僕は、まるで家庭教師の源先生の家に「通う」というより、「住み込んでいる」ような状態だった。毎日のように朝から夜遅くまで先生とマンツーマンで過ごす日々。お母さんよりも、先生の顔を見ている時間の方がずっと長かった。
「同じことを何度も言わせない!」
入試が近づくにつれ、先生の指導にもいっそう熱がこもった。特に算数の問題に取り組むとき、うっかり塾で習った解法を使おうとすると、すぐにピシャリと言われる。
「塾のやり方は忘れなさい。テクニックじゃなくて、考え方で解くんです」
そう言って、先生はいつも、問題文の中にあるヒントや規則性を読み解くよう指導してくれた。正直、最初はそのやり方が面倒に思えたけれど、繰り返されるうちに、それが“考える力”を育てることなんだと、少しずつ理解できるようになっていった。

とはいえ、先生の言葉はいつも優しいとは限らなかった。
「同じことを何度も言わせない!」と強い口調で叱られることもあった。
そんなときは、「先生、本気で怒ってるのかな…?」と不安になって、顔色をうかがってしまったこともある。冗談まじりの注意が多かったけれど、時には本気で叱られて、涙が出そうになることもあった。
そんな日々の中で、僕の挫けそうな気持ちを勇気づけてくれたのが、先生のおばあちゃんだった。僕が落ち込んでいると、そっとお菓子を差し出して「頑張ってるじゃない」と声をかけてくれる。たった一言の優しさに、何度も励まされた。
受験直前のギリギリの毎日。厳しい先生の言葉と、おばあちゃんのやわらかな励まし――そのどちらもが、僕の支えだった。
プレ模試での挫折と体調不良
時は少しさかのぼる。源先生の指導が始まって間もない9月、先生からこう言われた。
「本番の雰囲気に慣れておくことも受験対策の一つ。プレ模試を受けに行きなさい」
そうして、10月9日と11月11日、地元の私立中学が主催する模試を受けることになった。
僕は、もともと本番に弱い。緊張すると頭が真っ白になってしまうタイプだから、「場慣れするのは大事かもな」とそのときは納得していた。
でも、現実は厳しかった。
結果は、どちらも偏差値40台。
(先生の言う通りにやってるのに、どうして…?)
(これで本当に受かるのかな…?)
そんな疑問が、心の奥でぐるぐると渦巻いていた。口には出さなかったけれど、不安はどんどん膨らんでいった。
そんな矢先のことだった。
11月13日の夜、突然、体中に発疹が出て、なんだか息苦しくて眠れなかった。翌日、病院で診てもらうと「溶連菌(ようれんきん)」だと診断された。当時、周囲でも流行っていた病気だった。
喉の痛みはひどく、全身には蕁麻疹(じんましん)。勉強どころか、起き上がることすらつらい日が続き、結局、完治までに10日以上かかってしまった。

ようやく勉強のペースがつかめてきた矢先だったから、悔しかったし、焦った。時間だけがどんどん過ぎていき、もはや取り戻すことができないほど遅れてしまったと感じていた。
失ってみて、初めて気づく時間の重さ。たった10日間でも、それがどれだけ貴重なのかを、このとき僕は痛いほど思い知った。
初めての入試、なのに僕の気持ちは小さな旅行気分
あっという間に12月3日。第一志望校の「思考型入試」の日がやってきた。ちょうど溶連菌から回復して、ようやく体調が戻った頃だった。
とはいえ、対策に使えた時間はわずか10日ほど。やれるだけのことはやったつもりだけど、正直、不安は大きかった。
試験会場は自宅から遠く、前日に現地入りしてホテルに泊まることに。こうして泊まりがけで出かけるのは、受験勉強が本格化して以来、久しぶりのことだった。
ホテルでは、朝も夜もビュッフェで好きなものをお腹いっぱい食べた。大浴場でゆっくり湯船に浸かり、ロビーのカフェでお菓子までつまんで――気がつけば、すっかり“旅行モード”になってしまっていた。
「これ、本当に受験しに来てるんだよな……?」
そんな自分にツッコミを入れながらも、どこかで浮かれていた。プレ模試では感じなかった、少しの開放感と、少しの気のゆるみ。
でも、この小さな“旅行気分”が、明日の試験にどう影響するのかなんて、そのときの僕はまだ想像もしていなかった。
面接と淡い期待
試験当日。会場には、思った以上に多くの受験生で埋まっていた。どの子も真剣な表情で、姿勢もピシッとしていて……、僕には、みんなが自分より賢そうに見えた。

プレ模試を経験していたおかげで、会場の雰囲気には慣れていた。けれど、試験そのものには自信がなかった。思考型入試は、暗記した知識では太刀打ちできない。論理的な考え方や、自分の意見を言葉にする力が求められる問題が多くて、途中であきらめてしまった設問もいくつかあった。
試験が終わったあとには、昼休憩をはさんで面接が待っていた。
そこにいる全員が緊張していたのか、昼食の時間も静まり返っていて、まるで音を立てるのが罪のように感じられた。コンビニで買ったおにぎりのビニール袋を開ける音でさえ、教室中に響き渡った気がするほどだった。
面接は5人ずつのグループ形式。受験番号順に呼ばれていく中、僕の番号は後ろの方だったので、待っている時間が長くて、そのぶん緊張もじわじわと募っていった。
いよいよ面接が始まると、
「あなたの強みは何ですか?」
「どうしてこの学校を志望したのですか?」
事前に源先生と一緒に対策をとっていた質問が、次々に投げかけられた。
でも、緊張して頭が真っ白になりかけて、言葉がスムーズに出てこなかった。一応答えることはできたけれど、「うまく言えた!」という感触はなかった。
面接を終えて校舎の外に出ると、お母さんが待っていた。「どうだった?」と聞かれて、僕は「試験も面接もできた!」と答えた。
――本当は、自信なんて全然なかった。
でも、頑張った自分を信じたくて、そしてお母さんを安心させたくて、思わずそう言ってしまったんだと思う。
不合格と、こぼれた涙
結果は――不合格だった。やっぱり、現実はそう甘くない。
「不合格」という文字を見た瞬間、胸にドスンと重い石が落ちてきたような気がした。
これまで頑張ってきた時間や努力が全部否定されたように感じて、気づいたら涙がこぼれていた。自分でも驚くほど、止まらなかった。
お母さんは「次の試験では頑張ろうね」と優しく声をかけてくれた。
その言葉に救われる気持ちもあったけれど、今はどうしても前を向けなかった。何も言えずに、自分の部屋に帰り、ベッドにもぐって、目を閉じた。すべてを忘れたくて、眠りに逃げたんだ。
次こそは、絶対に合格したい。すべり止めの学校でもいい。結果を出したい。そう、強く心に思った。
今回の「僕の逆転 中学受験」の学びと反省
●本番の試験に向けて「慣れること」は本当に大切だった。緊張しやすい自分にとって、プレ模試の経験が試験本番での落ち着きにつながった。
●受験勉強中に病気で10日間休んだことで、「時間の大切さ」を初めて痛感した。与えられた時間は有限だということを、身をもって知った。
●第一志望に落ちたことで、自分の努力がすべて否定されたように感じて涙が止まらなかった。でも、その悔しさが次への原動力になった。失敗から立ち直る気持ちが大事だとわかった。
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執筆/清宮翔太