古代の冷蔵庫「氷室」とは。その歴史や氷が溶けないひみつ、全国の氷室にまつわるスポット&イベントを紹介

「氷室」は、天然氷を貯蔵する部屋や穴のことです。この氷室にはどんな歴史があるのか、またどんな仕組みや機能があるのかを解説します。また、日本にある氷室跡や氷室にまつわるイベントもご紹介します。

氷室って何? 自然の冷蔵庫の歴史

「氷室」は、天然氷を貯蔵する部屋や穴のことです。まずは氷室の起源や歴史について見ていきましょう。

氷室の起源

氷室にはもともと、自然にある洞窟や穴が使われてきました。洞窟や穴に干したススキやスゲなどの植物を敷いて、冬場にできた天然の氷を置き、板と葉っぱなどでふたをして溶けないように保管していました。

多くの洞窟や穴の中は、外気より冷たく涼しく保たれています。またふたに使った葉っぱによって、外の暑さが伝わらないようにして冷却していたのだそうです。

昔の人の氷の作り方としては、夏でも氷が残っている洞窟から氷を切り出す、氷室のなかに雪を入れて踏みかためて夏まで保存する、冬場に池などにできた氷を切り出して氷室で保存する、などの方法がとられていました。

日本の氷室

『日本書紀』には、次のような記述があります。

額田大中津彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのみこと)が、つげ(奈良県東部山間地一帯)に狩りに出かけられたときに山中で広い岩穴を見つける。「これはなにか」と土地の人にたずねたところ、「氷室でございます」という答えが返ってきた。皇子は氷室にある氷を持ち帰り、天皇に献上すると、大変喜ばれた。これ以後、冬に氷を氷室で蓄え、春になったら取り出して朝廷に献上するようになった。

この『日本書紀』の話に登場する「つげ」という場所は、現在の奈良県天理市福住町あたりです。ここには氷室跡や復元氷室などがあり、今でも見ることができます。

復元された氷室(天理市福住町)Photo by Wiki-yarou, Japan, Wikimedia Commons

また金沢では、江戸時代に、旧暦の六月一日を「氷室の朔日(ひむろのついたち)」と呼んでいて、この日に氷室に貯蔵していた氷を、江戸の徳川幕府に献上していました。

この行事は今でも続いていて、湯涌温泉にある氷室小屋から切り出された氷は、石川県知事、金沢市長、加賀藩下屋敷があった東京都板橋区、目黒区に贈呈されているのだそうです。なお献上された氷は、削ってかき氷にして食べたり、お酒に入れたりして楽しんでいたといわれています。

湯涌温泉(石川県金沢市)

日本各地で伝統としていまでも続いている行事が、旧暦の6月1日に行われる「氷の朔日(こおりのついたち)」です。天皇や将軍に氷が献上されていたことから、氷室に貯蔵していた氷を食べると暑さに勝てるという言い伝えが残っています。そのため日本各地で「氷室祭」「献氷祭り」「氷室開き」といった行事が行われます。

世界の氷室

氷室は、日本以外にも存在しています。たとえばアメリカやイタリア、イギリスのスコットランド、ペルシアなどに氷室があります。造りはさまざまで、石造りのものもあれば土でできたものもあります。

ペルシア(イラン)の伝統的な氷室ヤフチャール Photo by Pastaitaken, Wikimedia Commons

イラン(ペルシア)にある伝統的な氷室のことは「ヤフ・チャール」といいます。ヤフ・チャールは土や砂、山羊の毛などを使ってできており、ドーム型の構造をしています。氷を貯蔵するスペースは、地下にあるのだそうです。

氷室の構造と機能

氷室の建築

氷室には、いくつかの種類があります。掘った穴を利用するもの、洞窟を利用するもの、茅葺き屋根(かやぶきやね)の小屋の形をしたものなどがその例です。

穴タイプや洞窟タイプは、掘った穴に藁(わら)や茅(かや)などの干した草を敷き詰め、氷を置き、その上から断熱材としてふたたび藁などをかぶせた構造をしています。

小屋の形をしたものには、氷を貯蔵する穴に茅葺き屋根をつけた造りをしていたものが多かったようです。

さまざまな知恵を絞って氷を保存した

氷室に貯蔵した氷は、自然の力を利用して溶けるスピードを遅くしていました。

いずれの氷室も、気化熱を利用して氷が溶けるスピードを遅くしていました。気化熱とは、液体が気体(水蒸気化する)になるときに、液体の周囲から奪われる熱のことです。氷室では、藁や茅などについた水分が蒸発することで、周囲の温度を下げていたのだと考えられます。

氷室の使い方

氷室は氷だけを貯蔵しておくものだと思いがちですが、そうではありません。江戸時代には、氷だけでなく食品の保存にも使われていたといわれています。

現代版の氷室(天然雪の冷熱を利用した大型倉庫)では、米、じゃがいも、ながいも、ブロッコリーなどの野菜が保管されています。

氷室体験をしてみよう!全国の氷室跡や行事を紹介

日本各地には、再現された氷室や氷室跡、氷室・氷にまつわるお祭りや行事があります。どんなものがあるのか見てみましょう。

復元氷室・氷室跡(奈良)

奈良県天理市の山間部にある福住地区は、「氷室発祥の地」といわれている場所です。氷室として使われていた大きな窪んだ穴や、深さ約1.8mの穴が茅葺き屋根で覆われている復元氷室を見ることができます。

この復元氷室では約3トンの氷を貯蔵できるとされており、毎年2月に氷を氷室に詰める行事が行われます。また7月の「海の日」には、氷を取りだす「氷まつり」が行われます。

氷室神社の「献氷祭」(奈良)

奈良市にある氷室神社奈良市にある氷室神社は、氷室の守護神を祀る神社です。

この氷室神社で毎年5月1日に行われるのが「献氷祭」です。この行事では、鯛や鯉を氷に封じ込めた大型氷柱や花氷の奉納、かき氷の頒布、舞楽奉納などが行われます。また全国各地から製氷・販売業者が参列し、今年の業績成就を祈願します。

氷室小屋・氷室開き(石川)

石川県金沢市にある玉泉湖の湖畔に、氷室を再現した「氷室小屋」があります。間口4m、奥行き6m、深さ2.5mの広さがあり、茅葺きの屋根が特徴です。

湖のほとりにある氷室小屋(石川県金沢市)

金沢では藩政時代に多くの氷室が作られ、貯蔵された氷は江戸の徳川将軍に献上していました。これを再現した行事が「氷室開き」です。

氷室開きは毎年6月30日に湯涌温泉の氷室小屋で行われ、氷室小屋で貯蔵した雪氷を取り出し、薬師寺へ奉納します。また、毎年1月には雪を小屋に詰め込む「氷室の仕込み初め」が行われます。

氷室の節句(群馬)

「氷室の節句」は、草津温泉にある氷谷という場所の風習です。この風習のはじまりは、江戸時代にさかのぼります。

6月に湯宿の主人たちが氷谷にある洞窟の氷室から氷を取り出し、シャクナゲの花を添えて湯治客にふるまい、無病息災を祈る風習がありました。今でも続けられていて、毎年6月1日前後に関連行事が開かれています。

手箱山氷室番所跡(高知)

高知県いの町にある「手箱山氷室番所跡」は、昭和47年に発掘された氷室跡です。標高1806mの手箱山には、かつて土佐藩主に献上するための氷室があったといわれています。以前は毎年2月ごろに「氷室の氷詰め」という行事が開催されていました。この「氷詰め」では、氷の切り出し、運搬、貯蔵を行っていました。

四国山地西部の石鎚山脈に属する手箱山(てばこやま)。四国百名山に選定されている

氷室跡(京都)

京都には、平安京の造都にともない、6か所の氷室が造られていました。京都市北区にある「氷室跡」はそのひとつです。現在ここには、約20m四方の窪地が3か所残っています。その近くには氷を作るために使われていた氷池や「氷室・氷池の守護神」として設置された氷室神社があります。

気化熱を利用した自然の冷蔵庫・氷室

気化熱を利用した氷室は、まさに「自然の冷蔵庫」です。日本書紀にも登場するほど歴史が古く、日本各地には今でも氷室に関連する行事が伝統として続いています。また氷室は世界各地にも存在し、それぞれの地域で独自の工夫が施されています。

自然の力を利用して氷を保存する技術は、現代にも通じる知恵として受け継がれています。「氷の朔日」である毎年6月1日には、かき氷を食べて無病息災を祈ったり、気化熱や氷室についてさらに調べてみたりしてもいいですね。

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文・構成/HugKum編集部

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