綾野剛が体罰事件を起こした“殺人教師”の苦悩を体現
日本で初めて教師による児童へのいじめが認定された体罰事件が起こったのは、今から遡ること2003年。本作は世間を震撼させたこの事件を、綾野剛や柴咲コウら実力派キャストを迎えて描きます。ベースとなっているのは、第6回新潮ドキュメント賞を受賞した福田ますみのルポルタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」ということで、映画にはいろいろな衝撃が待ち構えています。
メガホンをとったのは、『悪の教典』(2012)、『初恋』(20)、『怪物の木こり』(23)などの映画から、テレビドラマ「新・暴れん坊将軍」まで精力的にいろいろなジャンルの作品を手掛けてきた三池崇史監督。主演は『ヤクザと家族 The Family』(21)、『カラオケ行こ!』(24)、Netflixシリーズ「地面師たち」の綾野剛で、おふたりは2009年公開の映画『クローズZERO Ⅱ』以来、約16年ぶりのタッグとなりました。
綾野さんが演じるのは、小学校教師の薮下誠一。ある日、保護者の氷室律子(柴咲コウ)から、児童・氷室拓翔への体罰で告発されます。その内容は、児童をぶん殴る、耳を血が出るほど思い切りひっぱるといった体罰だけではなく「死に方教えてやろうか」と、まるで児童に自殺をうながすような凄まじい“言葉の暴力”も含まれていました。

その後、週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)がこの過激な事件を“実名報道”したことで、薮下はマスコミだけではなく、世間から誹謗中傷の標的となり、どんどん追い込まれていきます。律子を擁護すべく“550人もの大弁護団”が結成され、前代未聞の民事訴訟へと発展しますが、薮下本人はなんと完全否認します! 果たして、何が真実なのでしょうか? とその舞台裏が劇中で明かされていきます。

最低の“殺人教師”から180度変わっていく展開に息を呑む
この映画、実に巧妙な作りとなっている点が面白い。先に語られるのは、柴咲さん演じる律子の証言に基づいたエピソード。前述のとおり、子どもをとことんさげすむ最低の“殺人教師”ぶりで、観ている側も頭にきて、腸(はらわた)が煮えくり返ります。
ところがそこを経ての法廷シーン以降は、見方が逆転するんです。薮下が「すべて事実無根の“でっちあげ”」だと訴えたあと、すぐに映画のタイトル“でっちあげ”がテロップで流され、思わず「ええ~!?」と心の中で雄叫びをあげてしまいました。

脚本は、元お笑い芸人の森ハヤシですが、この2つの異なる目線から物語が描かれていく点が非常に効果的。前半では、律子の証言どおりである人でなしの薮下が描かれていますが、後半では、完全に“悪”だと思われていた薮下のキャラクターが一転し、生徒の面倒見がよく、良き教師で良き夫、良き父親という真逆のキャラクターが描かれていきます。
すなわち子役を含めて俳優陣、特に綾野さんや柴咲さんは、ある意味、一人二役的な演技を求められました。そこは実力派かつ、三池組を経験していて信頼も厚い2人なので、見事に2つの顔を使い分けています。また、三池監督作としては珍しい実話ベースの映画ですが、今回は俳優陣から、生々しく湧き出てくるような感情を見事に引き出しています。
子を持つ親であれば、本当に許せない教師による子どもの体罰事件。他人事とは思えないリアルな怖さを感じるかもしれません。実際に自分自身が同じような立場に置かれたとしたら、どういう行動に出るだろうか? とシミュレーションするだけで、恐ろしくなるような展開かと。実際に起きた事件だけに、いろいろと考えさせられる内容となっています。

今のSNS時代に警鐘を鳴らすメッセージも
劇中で小林薫演じる薮下側のベテラン弁護士が「裁判は戦争です」と言っていますが、本当にそのとおり。裁判の舞台裏を見ると、いかに“戦術”が重要かということも実感させられ、また、ルポルタージュの映像化ということで、地続きに観る者の心に揺さぶりをかけていきます。
「大勢の人間が真実だと思えばそれが真実ですか?」という薮下の渾身の叫びは、観終わったあとも耳に残ります。当然ながら、私たち観客は事件の当事者でもなければ関係者でもないので、真実を知りません。でも、薮下が殺人教師だと追い込んだのは、マスメディアだけではなく、報道を聞いてそうだと信じこんでしまった人たちすべてかもしれない。こういうことって、この事件だけに関わらず、いろんなことに当てはまるなと、改めて気づかされます。
この事件は約20年前の出来事ですが、今はもっとSNSなどによって、良いことも悪いこともすぐに拡散される時代となりました。とりわけ誹謗中傷については、本当に軽い気持ちでやってしまうと、取り返しのつかない事態を招いてしまう。そういう警鐘を鳴らしている映画でもありました。
また、ネタバレは避けますが、観終わったあと、ちゃんと希望も残してくれている懐の深さもこの映画の好きなポイントです。綾野さんにとって、また新たな代表作の1本となりそうな『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』。今年ぜひ観てほしい映画の1本となった本作を、ぜひ子育て中のママやパパに観ていただきたいです!

『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』は6月27日(金)より公開中
監督:三池崇史 原作:福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫刊) 脚本:森ハヤシ
出演:綾野剛、柴咲コウ、亀梨和也/大倉孝二、小澤征悦、髙嶋政宏、迫田孝也、安藤玉恵、美村里江、峯村リエ、東野絢香、飯田基祐、三浦綺羅、木村文乃、光石研、北村一輝/小林薫…ほか
公式HP: https://www.detchiagemovie.jp/
文/山崎伸子
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