3人の子どもをもつシングルマザーが「財布に2千円だけ」から生徒200人、大バズりのボイストレーナーに!「運」と「縁」を引き寄せた理由

Instagramのお子さんとのデュエット動画で人気のKazuyoさん。かつてはシンガーでしたが若くして専業主婦、3児の母となりました。けれど、家事と育児に奮闘する中さまざまなことが重なり、8年間の結婚生活を終えることに。そして住み慣れた大阪を離れ、幼子を3人抱えて上京。金銭的にも逼迫する中、「自分ができることといったらボイストレーナー……?」と始めた教室が大バズり!今では200人の生徒を抱える「CEO」になったのです。シングルマザーだった彼女が、崖っぷちからの浮上をどう果たしたのでしょう?2回に渡ってインタビューします。

元演歌歌手と宝塚男役の両親のもとに生まれ、10歳から歌を習う

――Kazuyoさんのご両親はともに歌を仕事にされていたと聞きました。

Kazuyoさん父は元演歌歌手でお笑い芸人、母は宝塚の男役でした。母の影響を受けて10歳から歌を習い始めたんです。高校は音楽の専門校に通いました。

高校在学中にすでに歌の仕事をいただいて、アメリカ西海岸や韓国に歌の修行に行き、海外で有名な音楽のオーディション番組に出たりしていました。当時はちょっとうぬぼれていて、「私は若手の中では相当イケてる」と思っていました。

シンガーとして大手音楽会社のサポートも得ていて、その関連で、20歳のときにはシンガポールで行われる大規模な歌の大会に出ることになっていました。このアジアの大会でグランプリを取れば、次はアメリカで世界大会です。「私、ゼッタイ世界大会に行ける!」と思って現地入りしました。

けれど、アジアの各国から集まってきた子たちと顔合わせをして、彼女たちが練習で歌っているのを聞いて、ガクゼンとしたんです。みんなめちゃくちゃうまい。しかもみんなメンタルものども強くて、大会の前夜に遊園地で遊んでカラオケに行って、ビールを飲みながら大声で歌っているんです。私は時差と湿度の違いに調子を崩して声がうまく出ないのに。「私、明日ダメかも、声出ないかも……」。彼女たちと自分の落差にうぬぼれも消し飛んで、部屋にこもって泣きました。日本にいるボイストレーナーの恩師に「もうダメです」と電話で泣きつき、励まされて出場したのですが、結果は散々でした。

20歳で挫折。歌から離れたくて、結婚・出産の道を選んだ

Kazuyoさん:20歳、人生初の挫折でした。それまで大会に出るのはワクワクすることでしかなかったけれど、こんなプレッシャーの中で歌うなんて、もうやりたくない。歌との距離を間違えないようにしようと思いました。

21歳のときにアメリカンアイドルのオーディションがあり、ハリウッド行きのチケットをもらったのですが、まだ立ち直れず、ちょうど結婚したいという思いも強くなっていて。21歳で婚約、22歳で結婚。23歳で長男を出産し、その後2年ごとに子どもが生まれて仕事をできる余裕もなく、引退しました。でも、いろいろなことがあって、その結婚生活も終えることになりました。あのときハリウッドに行っていれば、人生が変わっていたでしょうね。

上京した頃のKazuyoさん。3人の男の子たちはまだ5歳、3歳、1歳だった

シングルマザーになることを決意、3人の幼子を抱えて上京した

――その後、東京に引っ越したのですね。なぜ東京に?

Kazuyoさん:シングルマザーになることを決意し、それなら心機一転東京へ、と思ったんです。以前からちらちらと東京に行きたいと思っていたのは、音楽の仕事をしたいかもと心のどこかで思っていたのもあります。ただ、周囲からは猛反対されました。実家も関西だし「5歳、3歳、1歳の男の子を連れて東京に行くなんて、そんなの無理。東京は物価も高いよ」と友達にも言われました。でも自分にはこのタイミングしかないと思ったのです。

――住まいや仕事の目星はついていたのですか?

Kazuyoさん:いえ、ぜんぜん。専業主婦だったのでお金もないし、保証人がいなくて家も借りられなくて。離婚するときに相手の両親から100万円もらったんです。本当は養育費をもらうためにちゃんと弁護士さんを立てたほうがよかったのでしょうけれど、とにかく離れたくて調停もしませんでしたから、その100万円を握りしめて上京しました。実兄が東京に住んでいたので保証人になってもらって、やっと1DKくらいのアパートを借りることができました。そして最低限の家具を買ったら、財布の中に2,000~3,000円しかなくなりました。

――関西にいたら、ご両親もいて、お子さんへのサポートも受けながら働けたかもしれません……。

Kazuyoさん:母も私が小学校3年のときに離婚をしていて、中学になると別の男性と暮らして再婚しました。もちろん今でも子どもたちの世話を手伝ってくれる関係ですけれど、すごく世話になるというのも、違うと思っていました。自分は専業主婦として元夫に生活を委ねて、いろいろあって離婚することになったのだから、自分がもっとしっかり生きて、お金を稼いで生きていかないと、という思いも強かった。だから、周囲の人たちに心配されても、「東京でがんばる」道を選んだのかなと、当時を振り返って思います。その頃は思いが強くて、あまり自己分析できていませんでしたけれど。

3児のシングルマザー、正社員は無理、生活保護を受ける?

――お子さん3人と、とにかく生きていかないといけないですね。

Kazuyoさん:さな子どもを3人抱えてシングルマザーで、となったら、まずは生活費が必要、職種を選ばずに働かないと、と最初は思っていました。でも、正社員で働こうとしても子どもが熱を出して休んでばかりになって迷惑をかけるだろうと思ったんです。パートで働くにしてもきっとお金が足りないだろうから、市役所に相談しようと、市役所に向かって歩きました。

でも、歩いている途中に、「私、本当は歌の仕事したいんだよな」と思ったんです。アジア大会ですっかり自信をなくして、歌うことを10年封印してきたけれど、自分は音楽しかやってきていない。でもシンガーとしては自信がないし、第一、それですぐにお金を稼げるわけでもない。「だったら、ボイストレーナーをやろうか」って。

ボイストレーナーももちろん、大変な仕事なんです。自営でやろうとしたら教室を開いて生徒さんの応募を待って、ひとりひとりと向き合って、生活していけるレベルになるまでは時間がかかると思います。でも、大好きで歌ってきたのに結婚や出産のために封印していた歌を、自分に取り戻したい。まだ声は出るし、自分もボイストレーニングを10年も受けて歌ってきた経験がある。歌が好きで歌いたい人たちを応援したい。なぜなら自分は歌が大好きだから……。

そんな風に考えているうちに、市役所に行く足が止まりました。そして、くるりと引き返して税務署に向かって、ボイストレーニング教室の開業届を出しました。

教室を開く資金、スマホで検索した行政書士さんが補助金を獲得してくれた!

ボイストレーニング用の機材は起業支援のサポートを受け買い揃えた

――開業には資金がいりますよね。

Kazuyoさん:ボイストレーニングをするにはピアノのほか、パソコンなどの機材もいりますが、買うお金がありません。どうしよう……。携帯で「起業 資金 サポート」などと検索に入れたら、起業支援をする行政書士さんがいるっていうことがわかって。それでまた東京在住の行政書士さんを検索したら、一番上に出てきたのが、40代の女性の方でした。

お会いして事情をお話ししました。「離婚して子ども3人を抱えてまったくお金がなくて、でも私にはボイストレーニング教室しかできることはない。ずっとやりたくても封印してきた歌をなんとか仕事にできないかなと思っているけれど、知識も手だてもない」と。自分の歌手としての実績も話して、「とにかく切実にやりたいのだ、熱意だけはある」と訴えたんです。

そうしたら、「私に任せてもらえますか?」と。相談しに来たのに、耳を疑いました。そんなふうにすぐにわかってもらえるのかって。聞けばその行政書士さん、ご自身も離婚をして苦労しながら今のお仕事をされたというのです。だからこそ、応援してくれたんですね。

時は2020年の秋、ちょうどコロナ禍で東京都の公庫の起業支援に応募する人が少なかった時期です。女性起業家応援のための支援予算も余っていたのを、その方は知っていたのですね。「事業計画書を書きましょう。どこまでいけるかわからないけれど、出してみましょう」って。そうしたら、十分すぎるほどの支援金をいただけたんです!しかも金利据え置きで、支払いも何年か先、ものすごい好条件です。

学生時代の友人も協力。5年で生徒200人の事業に

次男の蕉くん(8歳)も歌が大好き!

Kazuyoさん:資金を得て、早速営業を始めました。大阪で音楽専門の高校に通っていた関係で、同級生が何人も東京のレコード会社に就職していました。30を超えて仕事の裁量もある程度持ちながら働く同級生たちは、ありがたいことにみんな優しかった。家庭の事情や自分の熱意を伝えて、「ボイストレーニングの教室を開くのだけれど、力を貸してくれないか」とお願いをしたら、真剣に話を聞いてくれました。

同級生たちは私自身がボイストレーニングを長年受け、シンガーとしてもある程度活躍していたのを知っていたから、応援してくれて。彼らの力を借り、自分でも懸命に営業をしているうちに、生徒さんがどんどん増えてきたんです。数十人単位で増えて、あれから5年、今は全国や韓国も含めて200人の生徒さんを持つようになりました。

――まるで映画やテレビドラマのような、Kazuyoさんのサクセスストーリー。でも、奇跡ではないのでしょう。10歳から歌に賭け、ボイストレーニングをしっかりと受けて歌のうまさで定評のある若手の期待シンガーとして努力を続けてきました。そして、惜しまれながらの早期引退。そんな彼女が離婚して幼子を抱えながらも「もう一度歌を仕事に」と思ったとき、歌の世界に戻ってきた彼女をみんなが歓迎したのでしょう。後編はそんな彼女が歌にどう関わってきたのか、そして東京でパートナーを得てなんと2人のお子さんを加えて7人家族になった、その軌跡をたどります。

後編はこちら

幼子3人を連れて再婚、2児が生まれた「子ども5人のステップファミリー」。初婚パパの思いは?子どもたちは?生徒200人ボイストレーナーKazuyoさんの家族の未来
「自分を輝かせる」ボイストレーニング教室を運営して人気に ――Kazuyoさんは離婚されて関西から東京に来て、ボイストレーニングの教...

お話を聞いたのは

Kazuyo ボイストレーナー

1990年生まれ。宝塚歌劇団男役の母の影響を受け、10歳から歌を習い始める。海外での経験を生かしゴスペルやバンド活動を通してアーティストとして活動するが、20歳で休止し、専業主婦に。3人の子どもを育て10年後に起業しボーカルスクール業に力を入れる。20209月に本格的に独立し、現在は東京・関西・沖縄・韓国を中心に活躍している。レッスン以外にアーティストプロデュースや楽曲提供、仮歌・コーラスなどの仕事も精力的に行なっている。東京で再婚し、2児をもうけ、現在10歳の良くん、8歳の蕉くん、6歳の光くん、2歳の侑くん、1歳の梨乃ちゃん、5人の子どもと夫の7人家族で暮らす。Instagram20263月現在で13.2万フォロワー。シンガーとして4月19日にライブも(すべてソールドアウト)。10月にも同様のライブを実施予定。

取材・文/三輪泉 写真/杉原賢紀(小学館)

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