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目次
三つ子のほかに姉と弟も。5人きょうだいを厳しく育てた母の“平等”な愛
――みなさんはお姉さんと弟さんを含む、5人きょうだいなんですよね。子育てに関して、ご両親からはどんなエピソードを聞いていますか?
颯人:いろんな話を聞いていますが、ただただ、本当に大変だったと思います。あらためて感謝してもしきれないなと感じますね。今は年に1、2度実家に帰っているんですが、そのときは必ず3人で「ありがとう」ってきちんと言葉にして伝えています。

嘉人:僕たちが小さい頃は、3人がひとつの部屋で大暴れしていたり、1人の世話に集中するとほかの2人が誰かしらいなくなっちゃうからエンドレスで探していたりしていたと聞いて…本当に大変だなって思いましたね。
颯人:新生児の頃は、それこそ寝ずにミルクを1日ずっとあげ続けて、おむつもエンドレスで替えてくれてね…。
綾人:姉が3歳差なので、母のようにお世話をしてくれたという話もよく聞いています。
嘉人:ただ、お姉ちゃんもお姉ちゃんでワンパクだったので、一緒にかけっこをしたり、自転車に乗って出かけたりと、常に一緒に遊んでいた思い出があるんです。
――弟さんは年齢が離れていますが、かわいくて仕方がないのでは?
颯人:ずっとかわいいです! 小さな頃は、3人で誰が弟の抱っこをするかを取り合っていました。
綾人:弟は3人から引っ張られて大変だったと思います(笑)。そのおかげか、僕たちよりも大人に育っています。
嘉人:僕たちは3人とも思ったことをすぐに口にしちゃうタイプなんですが、弟は余計なことは絶対に言わないですね(笑)。
綾人:母を怒らせない能力を持っています(笑)! すごく冷静な弟ですね。
嘉人:きょうだいは今もみんな仲がよくて、5人でご飯に行くこともあります。

――お母さまは、若くして3人を出産されているんですよね。
嘉人:はい。三つ子を産むとなって、相当な覚悟があったと思います。命も危ないかもしれない、三人とも無事に生まれてくるかも分からない。多分、人生をかけて僕たちを産んでくれたんだと思います。
綾人:迷いもあったと話していたよね。
颯人:医師に「命を落とす可能性もありますが、大丈夫ですか」ということを言われたみたいで。だから死も覚悟しながら、僕たちを産んでくれて。本当に無事でよかったです。
帰るといつも「三人を育てるために生まれてきた」と言ってくれたりするんですよ。愛のムチもたくさんあったけど、本当に感謝しています。

――それは泣けますね…! お母さまはどういう方なのでしょうか。
颯人:すごくサバサバしています。意識してきょうだいをとにかく平等に育ててくれたので、誰かを特別扱いするようなことはなかったですね。
嘉人:母は、常に「好きなことをやりなさい」と教えてくれていて、僕たちのことを温かく見守ってくれていたように思います。
綾人:悪いことをするとめちゃくちゃ怖いんですけどね(笑)。ただ、僕ら3人の反抗期が一緒に来たときは、母親は相当ダメージがあったと思います…(苦笑)。
――それはツラい! それでも愛を持って育ててくれたことを実感しているんですね。
颯人:はい。とにかく厳しく温かく育ててくれたし、なによりも「人から愛される人間になりなさい」と言ってくれていました。人間性や礼儀、人として当たり前の“ありがとう”と“ごめんなさい”は絶対に言うとか、箸の持ち方ひとつにしても、しっかりとたたき込まれました。
反抗期も三つ子で同時! 支えになったのは打ち込んでいた新体操
――ちなみに反抗期は何歳ごろでしたか?
綾人:中学2年生くらいでしたね。
颯人:始まったときも、高校生になる前に反抗期が終わったタイミングも、3人一緒でした(笑)。

――そういった心情の揺れも、お互いに分かりますか?
一同:分かります!
嘉人:当時は、自立したいという気持ちがすごく強くて。何をするにしろ、親についてきてほしくないとか、1人になりたい、2人との違いを出したいとか、そういうことでイライラしていました。
でも、新体操という熱中するものがあって、親の言葉は聞きたくないときでも、監督の言葉はしっかりと聞くことができた。なにか1つに集中していたり、夢や目標があったりしたからこそ、乗り越えられたように思います。
――新体操に支えられていたんですね。
颯人:はい。学校にバラバラで行ったり、1人だけ「新体操を辞める」と言い出したり、そういったこともあったんですが、みんな根底に「男子新体操が好き」という気持ちがあったんですよね。同じ目標があったからこそ1つになれたんです。
嘉人:もし、あのとき違うスポーツを選んでいたら、今はバラバラになっていたかもしれないですね。
これからも3人一緒に頑張ることが、命がけで三つ子を産んでくれた母への恩返し
――もし3人が今とは違う道を歩んでいたとしたら、どんな職業についていたと思いますか?
颯人:僕は美容師になりたくて。
綾人:僕ら3人は教員免許を持っているのですが、僕は地元に帰って、新体操のトレーナーになりたいと思っていました。
嘉人:僕はオシャレなアパレルショップの店員さんに憧れていましたね。

――そこもまったく違うのが面白いですね。
颯人:パフォーマーになっていなかったら、バラバラの道を歩んでいたと思います。
綾人:今は、僕たち三つ子を命がけで産んでくれたお母さんへの恩返しだとも思っているので、これから先も3人一緒に頑張りたいですね。
――お母さまは感謝を伝えるとどんな反応をするんですか?
嘉人:すっごいツンデレなんですよ! なので「はい、はい」って感じなんです(笑)。
綾人:僕らは今3人で一緒に暮らしているんですが、実家を出るときに「3人ならできるから。協力して頑張るんだよ」と言って、僕らを信じてくれたんです。その言葉は僕たちの中にずっと残っています。
――3人で暮らしている家にお母さまから宅配便が届くことも?
綾人:大学生まではあったんですが、卒業してからは「自分でちゃんと生きて」と言われ、あまりなくなりました(笑)。
嘉人:でも、誰かが体調を崩すとフルーツを送ってくれるんですよ。そこもツンデレです(笑)。
テレビでは“三つ子トーク”も! 今夏メジャーデビューも決定し、アーティスト活動にも精力的
――現在はタイでも活動されていますね。
嘉人:はい。タイは街中で映えるところが多いので、アクロバットとの相性がすごくいいんです。
綾人:タイは開放的な雰囲気ですし、アクロバットをやるとみんなが全力で喜んでくれるんです。僕たちも思い切ってできるのですごくありがたいですね。今はSNSのフォロワーもタイの方が実は多いんです。
颯人:なので、これからもタイは定期的に訪れて活動できたらいいなと思っています。
――今後はどんなことに挑戦していきたいですか?
綾人:最近はバラエティ番組にも出させてもらうこともあり、三つ子らしいトークを話す機会が増えてきたんです。そういったテレビ出演はもちろん、さらに本格的なアーティスト活動も頑張っていきたいですね。
嘉人:僕たちは所属事務所がエイベックスなんですが、それもアクロバットと相性のいいアーティスト活動ができたらいいなと思ったからなんです。
どうしても新体操とアクロバットだけだと、世の中の人に広く認知してもらうのは難しいんですよね。なので、楽曲を通して、そこにアクロバットや新体操の要素を入れたら、より見てもらえるのではと思って始めたんです。この夏、日本クラウンよりメジャーデビューという機会をいただき本当にうれしいです。
綾人:今後は僕たちの楽曲でみなさんに元気や勇気を与えられたらうれしいですし、今、習い事を頑張っている小さな子どもたちにも夢を与えられるような楽曲を届けていきたいですね。
嘉人:あとは、日本人だからこそ、海外の人たちにも見てもらえるように、日本のよさを要素として入れていきたいです。

――ちなみに、テレビではとくに求められるかと思いますが…最近感じた“三つ子あるある”を教えてください。
綾人:前に、嘉人と2人でラーメン屋に行ったら、そのあとに颯人から「ラーメン屋行った?」って連絡が来たんですよ。理由を聞いたら、颯人もそのあと同じラーメン屋さんに偶然入って、店員さんに「さっきも来ましたよね?」って聞かれたらしくて。
颯人:行きつけでもない、ふらっと入ったお店で言われたのでビックリして(笑)。「たぶん、三つ子の兄弟です…」って答えました(笑)。
嘉人:どうしても三つ子って目立ってしまうので、電車も号車を分けて乗るんです。でも、前に同じ車両の前後と真ん中で分けて3人で乗ったら、車内で移動した方が僕たちを見付けたみたいでビックリしていて! さすがに申し訳ないなと思いました(笑)。
子どもを育てるママ・パパに、三つ子からメッセージ!
――最後に、子どもを育てるママ・パパたちに、3人はもう成人ではありますが、子ども当事者からのアドバイスをもらえますか?

綾人:あまり肩に力を入れすぎないでいいんじゃないかなと思います。子どもって、思っている以上に放っておいても大丈夫な気がしていて…(笑)。
颯人:本当に⁉
綾人:たくましく育ちます!(笑)
嘉人:あはは。僕の意見としては、親が思っている以上に子どもって両親の背中を見ているんです。何を言っても聞かなかったとしても、自分の想いがあって行動をしていれば絶対に伝わるので、貫いてほしいですね。
――3人同時に反抗期に入ったとのことでしたが、そのときは“悪いな”という気持ちもありましたか?
嘉人:正直、ありました。でもそれを自分ではどうしようもできなくて悔しくなったのも覚えています。親に話しかけられてウザいなって思うこともありましたが、それがうれしいときもあって。
――難しい!
嘉人:難しいですよね(笑)。僕も難しかったです。でも、そこで完全に距離を取られたら話すきっかけもなくなるので、普段通りに接してくれたことに感謝しています。
綾人:あとは、家族の時間を大事にしてほしいですね。僕たちもみんなで出かけることはすごく楽しかったですし、思い出に残っています。
嘉人:今になって思い出すこともすごく多いんですよ。大人になったときに語れる思い出があるって、すごく強いことだと思います。
颯人:本当によくお出かけをしていたな~。それに、ふとしたときに気合の入ったお弁当を作ってくれたよね。
嘉人:高校最後のお弁当は、3人とも新体操の道具をかたどったデコ弁だった(笑)。
綾人:それって愛だよね。
嘉人:うん。そういった親の愛情って、ちゃんと子どもたちに伝わっているので、全力で真っすぐに愛し続けてほしいなって思います。
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お話を聞いたのは…
1998年6月1日生まれ、宮城県白石市出身。SNS総フォロワー数320万人を誇る一卵性三つ子のパフォーマー。
10代から打ち込んできた男子新体操をベースに、一卵性ならではの「シンクロアクロバット」を武器とする。その圧倒的な身体能力とビジュアルの親和性がSNSで話題を呼び、現在は「男子新体操を世界へ広める」べく、テレビ、イベント、SNSなど多彩なメディアで活動中。
その清潔感と発信力から公的活動も多く、タイ観光大使(2022年)、厚生労働省「知って、肝炎プロジェクト」スペシャルサポーター(2024年)、出身地である宮城県白石市観光大使(2026年)を歴任。
現在はアジア圏を中心とした海外でのパフォーマンス活動にも注力しており、世界を視野に入れた次世代のアーティストとして注目を集めている。
近年は音楽活動も本格化。2024年に1st写真集「Mirrors」を発売後、2025年には初の楽曲「Change My Life」をリリース。2026年1月には神田明神ホールでのワンマンイベントを全席完売で成功させた。同年2月には第2弾シングル「PERFECT TRIANGLE」を配信。そして2026年8月、日本クラウンより、楽曲「DAISUKI」で待望のメジャーデビューが決定。
取材・文/吉田可奈 撮影/黒石あみ