「シュタイナー学校」の考えを日本でも。森で遊べば子供は誰もが主役に【富山森のこども園】~後編~

親子で森にでかけて様々な活動を繰り広げる「富山森のこども園」を運営する代表の藤井徳子さんは、どうして活動を始めたのでしょうか。背景にはドイツでの育児経験が大きく影響しているといいます。

ドイツでの暮らしで根付いた、自然を大切にする「シュタイナー学校」の考えを日本でも

富山森のこども園代表・藤井徳子さん

「夫の仕事の関係で引っ越したドイツでは、シュタイナー教育を掲げる学校に子どもを通わせていました。ですが、同じく夫の仕事の関係で日本に帰国、富山県に引っ越してくると、今度は四角い部屋で育てる教育環境が待っていました。上の子たちは緑の多い、自然豊かな環境で育ったので、下の子たちにも自然の体験をたくさんさせてあげたいと思いました。そのタイミングで、ちょうど富山でシュタイナー教育の自主保育グループを立ち上げていた方々と連絡をとる機会があり、合流して今の森のこども園を立ち上げた形になります」(藤井さん)

シュタイナー教育とは、オーストリア生まれのドイツの思想家、ルドルフ・シュタイナー(1861~1925)が提唱した教育論を言います。知的な学習は教育のほんの一部に過ぎないと考え、教育を総合的な芸術と考える活動を展開しました。

日本シュタイナー学校協会によると、今では日本を含め世界60数カ国に1,000校以上の規模で学校の設立の動きが広がっていると言います。シュタイナー学校は厳密に言えば、同じくヨーロッパのデンマークで1950年代に生まれ、ドイツなど各地に広まった森の幼稚園とは異なります。しかし、

「日本人の考える森の幼稚園のイメージの範ちゅうには、十分にシュタイナー学校も含まれると思います。もちろん、子どもたちがずっと森の中で過ごす森の幼稚園ほどではありません。しかし、シュタイナー教育でも自然を大切にします」(藤井さん)

当番制で保護者が絵本を読み聞かせる

シュタイナー学校や森の幼稚園はドイツだと珍しい存在ではないそうで、例えば日本の自宅から通える幼稚園・保育園のうち、2~3校はシュタイナー学校があるといったイメージだと言います。

ドイツの場合は公立の幼稚園であっても、1つの学年に一般的なクラスと森のクラスがあり、保護者が選択できるようになっているケースもあるのだとか。もちろん人気は森のクラス。定員の空きを順番待ちする親が出てくるほどだと言います。それだけ幼少期に自然に触れさせる機会が、ドイツを始めヨーロッパでは大事だと考えられているのですね。

自然と触れ合う行為そのものが子どもにとって重要。森の中なら誰もが主役になれる

ただ、日本でシュタイナー教育と言うと、何か特別なエリート教育といった感じがするかもしれません。実際にイメージだけが一人歩きして、一部の親の間では、何かファッションのような感覚で語られるケースもあると藤井さんは言います。

本来、自然と触れ合う行為そのものが子どもにとって重要なのに、服装や持ち物ばかり気にするだとか、自分をかっこよく見せたいだとか、教育とは関係のない親の意識が一部で見え隠れしている現状があるのだとか。

「「シュタイナー教育」とか「森の幼稚園」とか、そういった名前をつけて呼ぶ必要さえもないんじゃないかと考えています。雨でも風でも自然の中に入る、転んで泥まみれになる、それでも「どっこい生きている」、そんなおおらかで、親子ともに自分らしく楽しめる場に、富山森のこども園がなれるといいなと思います」(藤井さん)

最初は藤井さん自身の子どもも含め小規模でスタートした富山森のこども園も、14年が経過した今では、さまざまな関係者を含め70人程度の規模に育ってきたと言います。藤井さんは自治体と組んで、公立の保育所の園庭を使い、森のこども園流の遊び方を提案する活動も行っています。

「四角い部屋の中にいると、目立つ子は決まってスマートな子、器用な子どもたちになっていきます。職業柄、現場に何度も足を運びますが、四角い部屋で窮屈そうに過ごしている子を見て、森の中に連れていったら主役になれるのにと感じる瞬間は何度もあります。森の中では誰もが主役になれます。木登りの上手な子はもちろん木登りで主役になれますし、自分で木登りしなくても、誰かが上手に登れるように支えてあげる役目で、主役になれる子もいます」

森の中は遊び方も過ごし方も楽しみ方も自由。だからこそ、全ての子どもが自分の活躍場所を見つけられるのですね。

森は格好の遊び場で、親子で過ごすことで心豊かになれる場であることを、もっと知ってほしい

富山森のこども園の取材を終えて森を出ると、自分の持ち物が隅から隅までたき火の煙でいぶされていると気づきます。そのにおいがどこか懐かしく、車に乗り込み自宅へ向かうころには心地よい疲労感も出てきて、目に入る世界の輝きが1メモリ増しているように思えました。

森の中には、フィトンチッドという化学物質が充満していると、筆者は何かの本で読んだ覚えがあります。森の中に行くと清々しい気持ちになれる理由は、木々から発せられる化学物質が、人の心と体に前向きな働きをもたらしてくれるからなのですね。

「森のこども園に毎週のように来ている人たちは、きっと森のこども園に来なくても、自分で素敵な子育てを実践できる人たちなのだと思います。言い換えれば、森のこども園は「恵まれた」親子にしか届いていないという課題があります。本当なら森のこども園に来てほしい親子、でもなかなか関心を持ってもらえない親子に、どうやって情報を届けるか、足を運んでもらうかが課題だと思います」(藤井さん)

四角い部屋に閉じこもって、逃げ場のない空間で育児ストレスに負けそうになっている方にこそ、子どもと一緒に身近な森に出かけてみる必要があるのかもしれません。

子どもにとって森は格好の遊び場ですし、何より親自身も救われるはず。子どもが泣いても、周囲に気を遣ってびくびくする必要はありません。森はルールを守って過ごせば、どこまでも優しく人を受け入れてくれます。もちろん、お金もかかりません。

感受性の豊かな子どもと同じくらい、育児で行き詰っている親にも、森の遊びには大きな意味があるはず。藤井さんと森のこども園に参加する親子たちの姿を見て、強く感じました。

前編はこちら

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文と写真/坂本正敬

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