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日本の公立小学校の教育に世界が注目!
子どもたちが毎朝登校する公立小学校。当たり前に存在するその場所と教育が、今世界から注目されています。
子どもたちが役割、責任を与えられ、それを全うすること。行事に向けて自分たちが主体となって動き、時間をかけて準備すること、そしてなにより集団で行動するコミュニティづくりを育てる力。それらの『特別活動』と呼ばれる教育があるからこそ、今の日本社会が成り立っているのだと言います。
今回は、それらを題材にした映画『小学校~それは小さな社会~』の山崎エマ監督にお話を伺いました。
山崎エマ監督プロフィール:
東京を拠点とするドキュメンタリー監督。日本とイギリスの血を引き、ニューヨークにもルーツを持つ。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かし、人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリー制作を目指す。次回作は大企業に勤めるサラリーマンを題材にした作品を構想中。
日本の小学校6年間で培われたことが自分の軸になった
映画『小学校~それは小さな社会~』は、小学校1年生と6年生の数人、そして担任の先生にフォーカス。彼らの日常をそのまま切り取っています。
映画製作にかかった年数は約10年間で、撮影場所となる小学校を探すのにもっとも時間がかかったそう。撮影は150日間、700時間、編集に1年をかけてこの作品が完成しました。
――この作品を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
山崎監督:私自身、大阪の公立小学校に6年間通い、父がイギリス人ということもあって中高はインターナショナルスクールへ、大学はニューヨークの学校に行き、大学を卒業したあとも約10年間向こうで生活していました。
ニューヨークで仕事をし始めたとき、「すっごい頑張りますね」とか「すごい責任感がありますね」「時間に遅れないし、チームワークが得意ですね」と褒められることが多くて。じゃあなぜ自分がこういう人になったんだろうと考えたら、日本の小学校6年間で培われたことが自分の軸になっていたんじゃないかと。
海外で日本の小学校の話をすると「掃除を自分でするの?」「給食も自分で配膳するの?」ってすごく驚かれたんですね。運動会や音楽祭は何週間も前から練習するんだよって話すと、「なにそれ?」って言われることもあって、自分が当たり前にやってきたことが全然海外と違うんだって。
私自身が好きでやっていた『掃除大臣』っていう役割や生徒会長や応援団長もそうですが、子どもの頃から責任を与えてもらって、映画のタイトルの通り自分たちで小さな社会を作っていく。
日本のすごいところを海外の人に伝えていきたいし、日本の人にも気付いてほしいと思う中で、海外と全然違う小学校の制度自体を紹介すべきなんじゃないかと気づき始め、今回この映画を製作することになりました。
海外からは「コミュニティづくりの教科書だ」との反応が
――今回の題材である教育にもともと興味があったのですか?
山崎監督:自分の両親も祖父母もそれぞれ小学校、高校、大学の教員という家庭で育ちました。また、私自身日本の公立小学校のあと、インターに行き、海外の大学に行ったので、いろいろな種類の学校で学んだことも大きく、世の中に環境問題等さまざまなトピックがあるなかで間違いなく教育のことをいちばん考えてきました。
――まずは海外の人に見てほしいと思いましたか?
山崎監督:そうですね。海外の人から見た日本はお寿司を含めた食文化と侍なんですよね。アニメは浸透していますが、それ以外のことをもっと知ってもらいたいと思いました。
前作で『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』という高校野球をテーマにした作品を撮ったのもそういった理由で、その反響が「日本人も泣くんですね」だったんです。海外から見た日本人はストイックなサラリーマン、無感情、のようなイメージが強いんですよね。日本のことをもっと世界に伝えて、偏った日本人像を崩したいという想いもあります。
――実際に海外の方からの反応はいかがでしたか?
山崎監督:まず驚くんですね。こんな小さい頃から大人が導きつつも子どもたちに役割や責任を与えているのが、自分たちの学校とは全然違うと。
欧米では大人がやったり、まず個人、「あなたはどんな人なの?」「個性は何?」ということが先。日本は周りのなかでも自分の居場所、役割を見つけていくという違いがあります。
先生たちに対しても、こんな風に感情をこめて日々接しているのは世界では当たり前じゃない。日本中がこんな素晴らしい先生たちなんですかって言われることもありました。
日本の小学校で見えてくる思いやりや協力、助け合い
――教育大国として知られるフィンランドでは、この映画が今年最大のヒット作だったそうですね。
山崎監督;フィンランドでは近年教育の質が落ちている感覚があるようで、日本の教育から学びたいそう。日本とは真逆の自由や個性を強調するなか、気づけばコミュニティの中で生きていく感覚を持ってる子どもたちが減っていて、みんな自己中心的にしか考えられないそうなんです。
だから、日本の小学校で見えてくる思いやりや協力、助け合いなど、周りがあって自分があるっていう感覚をヒントにしたいっていうことで、上映後に教育者たちがたくさん議論をしたようです。
日本では“個”でなく“集団“であることがネガティブワードになりつつあり、集団に対する評価は低いですが、みんなで一緒にやっていくことは地球上で大切だと、コロナ禍で浮き彫りになったと思います。
言い換えれば”集団”でなくて”コミュニティ”だし、コミュニティづくりの教科書だとも言ってもらえました。
昔と建物は変わらない。でも進化していることにも気づけた
――実際に取材してみて、小学校に対するイメージって変わりましたか?
山崎監督:撮影する学校を30校くらいリサーチして回る中で、どこも私が通っていた当時と変わっていなくて。日本の小学校って設計上同じように作られているから、「あれ?昨日もここに来たかな?」って勘違いするくらいで。
でも、地域性や特徴が多少あっても日本の公立制度ってそういうもので、みんな同じ学習指導要領で、似たような環境で学ぶシステムなんですよね。これも世界では珍しい。
そういう意味ではパッと見では変わっていないと感じましたが、撮影で1年間いると学校の内側は進化していることもたくさんありました。
個を大切にするバランスが進化
山崎監督:批判の的になることもある「集団」が教育のベースですが、それでも1人の子のために先生が授業をとめて、その子をみんなで助ける「個」の部分がとても多くなっていました。個を大切にするバランスに進化を感じましたね。
私の時代では置き去りになっていた子が、クラスの中心にいる時間がたくさんありました。子どもたちに自信を持ってもらうためと聞きましたが、“ありのままを認める”というやり方ですね。
それと同時に、時代なのかもしれませんが、厳しさでいうと全然緩い。私の時代は「もっとできる!」と言ってもらって、自分の頑張る基準を押し上げてもらい、なにかを乗り越えたときの達成感を好きになれたり、それを軸に人生を生きてきて、自分の強さになったという想いがあって。
できないことに直面して何かを乗り越える経験を先生と頑張ってやってみる。時には泣くかもしれない、注意されるかもしれない。でもそういうのが絶対必要だと思っていて、だから本作ではそういう場面を多く取り上げたつもりです。
そういうのがやっぱり減っているし、厳しく指導する先生たちがやりにくい時代になってるとは感じましたね。
――では先生にフォーカスをあてたのもあえてですか?
山崎監督:学校という場所が主役ですが、そのなかで起きること、興味がわいたものを撮りたかったので、先生方も大事な出演者になりました。
大人たちの責任の部分も撮りたかったっていうのもあります。今、世間では教員不足など本当にネガティブな話題が多いですよね。実際に教員が足りない、負担が大きいことは事実で、本当に大変そうでした。でもそこばかりを取り上げると先生方も自信を無くしちゃうんじゃないかって。
なかの姿を表に出しにくい職業でもあるのですが、先生たちも人間であると描きたかった。先生方の負担が大きいのは社会がそうさせているわけで、世間にも自分事として関心を持ってほしい。だから先生方を取り上げることも、このプロジェクトでは大切な一部ですね。
日本の子どもたちは思いやりが優れている
――子ども同士で泣いている子に優しく声をかけたり、励ましたりする姿も印象的でした。
山崎監督:先生の声のかけ方をみんなが真似していくから。とはいえもともとそういう子が日本には多いと思います。他人のことを自分のことのように思えるシステムだから。悪く言えば連帯責任だけど、思いやりという面が優れている。
小学校の段階が、そういった日本のいいところ、希望を持てるところが多いように思いますね。中学生になると受験とか、思春期とかもあってだんだんと複雑な社会になっていくと思うんですけど。
学級会があるのも日本だけですし、 当たり前すぎて気づけてないけど、気づいて自信になれば、これを残すべきって思ってもらえる部分がきっとたくさんあると思います。
運動会や音楽会もコロナを機に縮小傾向にあります。先生方の負担を考えると理解できますが、これらが教育の中心にあるべきところだと思います。団体の中でしか経験できない。そして教わるんじゃなくて経験して何か残るもの。それが学校のいいところだと思うんですよね。音楽会で6年生がはじめの言葉やおわりの言葉として挨拶するのを聞きましたが、本当に感動的ですし、あんなふうに言える子どもは世界を探してもなかなかいないと思いますよ。
保護者や世間は小学校を他人事にせずもっと関心を持って欲しい
――とはいえ先ほども話に出てきたような教員不足等、昨今の公立小についてはネガティブな話題も多く聞かれます。
山崎監督:完璧な制度ではないと思いますが、気付けていないだけでいいところがたくさんあります。私もそれは海外に行かなければわからなかった。私にも2歳の息子がいますが、海外の学校の選択肢もあるなかで絶対に日本の公立の学校に行かせたいと思いますし、この映画を撮って裏側もいろいろ見たけれど、日本の公立が絶対世界一です。
もちろん課題もあるし、行き届いてないところもある。みんなが同じことをやるから他のことをやりにくい、もしくは他のことをやろうとした時にはみ出ることもある。けれど基本的には毎日素晴らしい教育が行われていると感じます。
厳しすぎるという意見もあります。でも、海外の方が賞賛してくれる電車が時間通りに来る、宅配便が時間通りにくるなど機能してる社会がある。それは幼い頃からこういうトレーニングや規律を学んだからこそだと思うんです。
どっちがいいか何が正解かはわかりませんが、気づきの提供になればと思っています。
――今後の課題がどんなところだと思いますか?
山崎監督:周りからの理解ですね。日本の未来を作ってるのが学校であり、教育であるから、保護者だけじゃなくて地域の方や世間に関心を持ってほしい。
あまりにも学校や先生たちに求めすぎてるのに、 他人事で丸投げしているように思えます。賃金の問題とか、ネガティブな報道のされ方含めてみんなで考えていけたら。
前代未聞のスケールで公立校の許可いただいて作ったので、そういう使命でもやっています。
学校側も教育現場で使われている言葉、例えば「特別活動(*)」もそうですが、社会と隔たりがある言葉が多い。普段から難しい言葉を使わないで、もっとオープンに発信してもいいのかなと思いますね。(*学校行事、学級活動、クラブ活動など)
子どもたちが頑張っている様子がわかり、帰ったら抱きしめたくなる作品
子どもたちが小学校でどんなふうに勉強し、生活しているのか、この作品を見ると子どもたちの普段の様子がよくわかり、「毎日頑張っているんだな」と帰ってきた我が子を抱きしめたくなるような作品です。また、普段知ることができない職員室でのやりとり、修学旅行の夜の先生の姿なども新鮮。ぜひ劇場でご覧ください。
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※オンラインでの事前購入は割引の対象にはなりませんのでご注意ください。
※サービスデー・他割引サービスとの併用はできません。
※ご入場の際はお二人揃ってのご入場をお願いいたします。
『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』12⽉13⽇(⾦)シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督・編集:⼭崎エマ
2023年/⽇本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99分/5.1ch
取材・文/長南真理恵
© Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour