目次
遺伝子とは何か? 体の設計図としての役割
遺伝子は体を作るために必要な設計図です。遺伝子にはDNAと呼ばれる本体があります。DNAはアデニン・チミン・グアニン・シトシンという4種類の塩基が鎖状につながってできており、塩基の並び順で遺伝情報を伝える仕組みです。
遺伝情報全体のことをゲノムといい、遺伝情報のうちタンパク質の設計図を遺伝子といいます。
エピジェネティクスについて理解するために、遺伝の仕組みや遺伝子の性質について見ていきましょう。
親から子へ受け継がれる「遺伝」の仕組み
親子は顔や体型・体質などが似ています。このように親から子どもへ性質が受け継がれるのが遺伝です。
受精卵は父母からそれぞれ1セットずつのDNAを受け取ってできます。細胞分裂を繰り返して子どもの体ができていく過程で、DNAが正確にコピーされていくため、全身の細胞一つひとつに両親から受け取ったDNAが存在します。
遺伝子は不変ではない
DNAは個人の特定にも用いられていることから「変わらないもの」という印象を持つかもしれません。ただし実際には、環境によって変化する可能性があることがわかっています。
例えば一卵性双生児のDNAは全く同じですが、成長とともに2人の顔や体型・体質などに少しずつ違いが出てくることがあります。
置かれている環境の違いから、同じDNAを持っていても、後天的に変化することで違いが出てくる例の一つといえるでしょう。
出典:流転するDNA~生物は遺伝子情報を積極的に書き換えている~|夢ナビ
遺伝子の後天的な変化「エピジェネティクス」

遺伝子の後天的な変化の一つにエピジェネティクスがあります。ここではエピジェネティクスにより遺伝子が変化する仕組みについて見ていきましょう。
遺伝子の発現をオン・オフするエピジェネティクス
ヒトには2万3,000個の遺伝子があります。ただし全ての遺伝子が働くわけではありません。存在していて働いているものと、存在しているけれど働いていないものの2種類があります。
遺伝子が働くか働かないかのスイッチをオン・オフする仕組みがエピジェネティクスです。DNAを構成している塩基の並び順を変えることなく、後天的に遺伝子を変化させます。
出典:遺伝子の運命に人類は抗えるのか?|株式会社NTTデータ経営研究所
:エピジェネティックに細胞が多様性を生み出すメカニズム|福井大学
エピジェネティクスのメカニズム
エピジェネティクスが及ぼす、遺伝子の後天的な変化のパターンは一人ひとり異なりますし、同じ個人であっても骨や筋肉などの部位ごとに違います。
きっかけとなるのは、食生活やストレスなどの環境です。特定の環境下に置かれると、遺伝子の働きをオン・オフするエピジェネティクスが働きます。
エピジェネティクスによる変化を引き起こす代表的な仕組みがDNAメチル化です。DNAメチル化が起こると、メチル基がDNAと結びつくことで、その遺伝子からタンパク質が作られなくなります。
またDNAが巻き付いているヒストンの修飾も、エピジェネティクスの発生に影響を与える要因です。ヒストンを修飾している化学基が、DNAのヒストンへの巻き付き加減に影響を与えることで、遺伝子の働きをオン・オフする仕組みです。
エピジェネティクスによる変化は遺伝する
エピジェネティクスは後天的に遺伝子が変化した本人だけではなく、その子どもや孫にも遺伝する可能性が示されています。
ショウジョウバエを使った実験や、戦争で強いストレスを受けた人の子どもを対象とした調査結果から明らかになっています。
出典:後天的に獲得された形質は、次の世代へと遺伝する──「エピジェネティクス」の謎を独科学者らが解明|WIRED
:トラウマは遺伝する、研究続々、ただし影響を元に戻せる可能性も|ナショナルジオグラフィック
エピジェネティクスと遺伝子変異の違いとは?

後天的に遺伝子が変化する仕組みには、エピジェネティクスの他に遺伝子変異もあります。2種類の遺伝子の後天的な変化には、どのような違いがあるのでしょうか?
違いは変化する場所
エピジェネティクスと遺伝子変異は、後天的に遺伝子が変化する点では同じです。ただし変化する場所が異なります。
エピジェネティクスは遺伝子の塩基の並び順はそのままに、修飾の具合で遺伝子の働きがオン・オフする仕組みです。
一方、後天的な遺伝子変異は体細胞変異といい、遺伝子の塩基の並びが変化します。紫外線といった環境要因や、細胞分裂時にDNAの複製がうまくいかないことで起こる変化です。一度発生した変化は一生涯続きます。
エピジェネティクスは医療分野で応用が期待されている
生活習慣病・がん・うつなどは、環境要因がきっかけとなって、エピジェネティクスの変化を介して発症する可能性があることがわかってきました。
エピジェネティクスは可逆性のある変化です。スイッチをオン・オフする要因が明確になれば、エピジェネティクスにより発症した疾患を治療できる可能性があります。技術が確立すれば、より少ない副作用で、効果的な治療ができる疾患が増えるでしょう。
出典:エピジェネティクス工学|東京都立大学 川上研究室
:遺伝子変異とは何ですか?どのように起こりますか?|遺伝性疾患プラス
環境が遺伝子に後天的な影響を与えた事例

遺伝子に後天的な変化を与える事例についてもチェックしましょう。人の身体的・精神的な疾患への影響に加えて、育った環境がハチに与えた影響も紹介します。
栄養不足の母親から生まれた子どもへの影響
1944年のオランダでは、食糧不足により栄養を満足にとれない人が大勢いました。このとき妊娠中の母親から産まれた子どもの健康状態に関する追跡調査が行われています。
この調査によると、母親が妊娠中に飢餓を経験していると、その子どもが大人になったときに、肥満・心臓病・糖尿病・統合失調症などになりやすいそうです。女性の場合には乳がんのリスクも高いことがわかっています。
さらに孫世代も同様の疾患にかかりやすいそうです。
出典:後天的に獲得された形質は、次の世代へと遺伝する──「エピジェネティクス」の謎を独科学者らが解明|WIRED
認知行動療法が精神疾患の改善につながった事例
精神疾患との関連が報告されている酵素の一つにモノアミン酸酵素があります。このモノアミン酸酵素の働きを抑えるDNAメチル化が、パニック障害患者では、モノアミン酸化酵素遺伝子のDNAメチル化が低い傾向にあると報告されています。
ただし認知行動療法と呼ばれている、出来事に対する考え方を変えていく精神療法に6週間取り組むと、パニック障害患者のDNAメチル化は、パニック障害患者でない人と同程度にまで上がりました。
考え方を変えることで、遺伝子を変化させられる事例ととらえることができます。
出典:遺伝子の運命に人類は抗えるのか?|株式会社NTTデータ経営研究所
ハチの育ちが攻撃性に及ぼす影響
攻撃性の高いキラー・ビーと、穏やかなイタリアミツバチが、お互いの環境を交換して育った場合に、どのような変化が見られるかを観察した実験があります。
この実験によると、孵化直後の幼虫のときからイタリアミツバチの群で育ったキラー・ビーは穏やかに、キラー・ビーの群で育ったイタリアミツバチは獰猛になりました。
キラー・ビーの警戒フェロモンにより、イタリアミツバチの遺伝子のスイッチが切り替わったことで起こった変化です。
出典:環境と遺伝子の間:あなたのエピジェネティクスは常に変化している|WIRED
遺伝子の後天的な変化について知ろう
私たちは両親から遺伝子を引き継いでいます。ただし引き継いだ遺伝子は不変ではなく、食生活やストレスなど、さまざまなきっかけで変わる場合もあります。例えば遺伝子が全く同じ一卵性双生児が大人になったときに、体型や体質などに違いが出るのは、環境によって引き起こされる後天的な変化といえます。
後天的な遺伝子の変化の一つであるエピジェネティクスは、塩基配列を変えることなく遺伝子を変化させる仕組みです。多くの場合、もとの状態に戻すことも可能な可逆的変化であるため、がんをはじめとするさまざまな疾患の治療に役立つ仕組みとして注目されています。
こちらの記事もおすすめ
構成・文/HugKum編集部
