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「自己肯定感」は、実は心理学用語じゃない?
―日本の教育現場でよく使われる「自己肯定感」ですが、実は心理学の専門用語ではなく、対応する英語もないと伺って驚きました。
心理学的には、「自己評価(自分の価値をどう見ているか)」「自己効力感(自分にはできると思える感覚)」「自己受容(ダメなところも含めて自分を認められること)」といった感覚がバランスよく育った状態が、いわゆる「自己肯定感」に近いとされています。英語の “self-esteem” に近い意味ですが、日本語では「自尊感情」と訳されます。
子どもの自尊感情が揺れやすいのは当たり前

「自尊感情」がいちばん高くなるのは70歳以降
― 子どものうちは自尊感情が揺れやすいんですよね。それはなぜでしょうか。
子どもの自信は「一点集中型」。「これがあるから自信がある」と思いがちです。さらに「ゲームがうまい」「先生にほめられた」「かっこいい」など、特定の出来事を自分の価値と結びつける「随伴(ずいはん)性」も高い。外からの評価や成果が根拠になるため、少しの失敗でも自信を失い「もうダメだ」と崩れてしまうのです。
でもこれは自然なことなんですよ。発達的に見ると、自尊感情の平均値がいちばん高くなるのは70歳以降。逆に中学生・高校生はもっとも低く、小学生もそれに近い水準です。つまり、子どもの自尊感情が低かったり揺れたりするのは当たり前なのです。
子どもの自信を支える土台をどう築く?

子どもの自信の軸は「分散投資」でつくる
―少しの失敗で「もうダメだ」と自信を失くしてしまうのを避けるには、どうすればいいのでしょうか?
自信を“分散投資”しておくことです。自分の中に複数の自信の軸があれば、ひとつつまずいても他の自信が支えになるので、自尊感情が一気に崩れずにすみます。これは、人生の土台にもなるのです。
たとえば、サッカーがすごく得意な子がけがでプレーできなくなったらどうでしょう。その子がサッカーだけに自信を持っていたとしたら大きな喪失感に襲われてしまいますよね。そうならないためにも、自信の“元”をひとつだけにせず、いろんな方面に少しずつ蓄えておくことが大切です。
自信の軸を増やす2つのアプローチ
アプローチ① 子どもの頑張りを見つけてほめてあげる

―自信の軸を見つけるにはどうすればよいでしょうか。
日常の中のちょっとした頑張りを見つけて「見てるよ」とか「ありがとうね」と声をかけてあげてください。「ほめる」のはものすごく大事です。日本人はほめるのが苦手ですよね(笑)。でも、朝自分で起きた、荷物を準備した、弟におもちゃを貸してあげた、どれも立派な“ほめるチャンス”です。
―「がんばったね」「工夫してたね」と声をかけるだけでも子どもの自信につながるのでしょうか。
もちろんです。努力や行動を認める声かけは、子ども自身が「自分でやれた」という感覚を持ちやすく、健やかな自尊感情を育てます。
ただし、「頭がいいね」「かわいいね」など先天的な能力をほめすぎないように注意してください。子どもがそれを守ろうと無理をしたり、カンニングなど不適切な手段に頼ったりする原因になることもあります。結果が出なかった人を「努力不足」と見なすような価値観にならないよう配慮も必要です。
アプローチ② ハードルを下げて成功体験を積む

小さな成功体験が「やれる」感覚(=自己効力感)を育てる
― ほめる以外にもできることはありますか?
「ハードルを下げる」のも大切です。「30分勉強しよう」ではなくて、最初はまず「3分だけ一緒にやろうか」でいい。「全部終わらせてから遊んでね」ではなくて、「まずは1問だけやってみよう」と。できたら「今の、よかったね」「始めたの、えらかったよ」とほめてあげる。そういう小さな成功体験が「自分はやれる」という感覚を育てていきます。
ポジティブな声かけは、子どもの心の貯金に
幼いころから親がしっかりほめてあげると、子どものなかでポジティブな経験が少しずつ積み重なっていきます。そうした積み重ねが、自尊感情の土台になり、気持ちの振れ幅も穏やかになります。子ども自身も、安心して自分らしく過ごせるようになるのです。また、「初めてのことでもやってみようかな」と思えるようになります。それが「自己効力感」。新しいことに挑戦できる気持ちの土台になるんです。
「もっとできるはず」と欲張る親たちへの警鐘

人生の成功を哲学的に考えてみよう
―親のほうがつい期待しすぎることもあります。スイミングに通う子どもが、「今のクラスでいちばんだからいいんだ」と言う。本人は満足しているのに、親が「もっと上のクラスを目指そう」と言いたくなることも…。
今のクラスでいいじゃないですか。子どもをオリンピックに出したいなら話は別ですが、そもそも習い始めたときの目的は「授業で困らないように」とか「楽しく泳げたらいいな」くらいだったはず。今、子どもが自信を持っているなら、それを認めてあげれば十分なのではないでしょうか。
ー親が子どもに何を望むのか、子育ての核心にまでつながっていく視点ですね。
人生の幸せや成功をどう考えるかということです。人生の成功とは何かを哲学的に考えずに子育てをしている人がとても多いのでは? 人生の成功とは何なのか、何が幸せなのか、哲学的にもっと考えた方がいい。そうすれば、子どもそのものをもっと見ることができると思いますね。
子育ての正解を教えてくれるのは、育児書ではなく子ども

完璧を目指さず、トライアンドエラーを繰り返して
― 「いいほめ方とは?」「自信をつけさせる言い方は?」と親は答えを探してしまいます。
子育ては“正解のないプロジェクト”です。計画通りにいくなんてありません。「早く寝なさい」を言ってもダメなら、「あと5分で電気消すよ」、それでもダメなら、次は違う方法を試してみる。目の前の子どもの行動が変わった伝え方ややり方が正解なのです。正解は子どもが教えてくれる。完璧にやろうとして疲れてしまうより、トライアンドエラーを繰り返して、少しずつうまくいく方法を探していけばいいと思います。
―つい、エラーをしたくない、してほしくないと思ってしまいますね。
その気持ちはよくわかります。でもね、人生は偶然の連続なんですよ。みなさんも、思いがけない出会いや出来事で今ここにいるのでしょ? 子どもも同じです。何がきっかけになるかなんて、誰にもわからない。だから、完璧な道筋を用意しようとするよりも「この経験が何かにつながるかもしれない」くらいの気持ちで、いろんなことを試してみるのがいいと思うんです。
― 最後に、子育てがうまくいかないと悩んでいる保護者へメッセージをいただけないでしょうか。
子育ては、社会に送り出すまでのプロジェクト。出口があると考えてみませんか?
うまくいかない日があっても、「この子のこと、何かほめられないかな」って目を向けてみてください。迷ったときこそ「もっとほめてみる」。それが、子どもの中でいくつもの自信の軸になっていきます。
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お話を聞いたのは
おしお あつし 1972年生まれ。名古屋大学教育学部卒業、同大学院教育学研究博士課程前期課程・後期課程修了。博士(教育心理学)。中部大学人文学部講師、助教授、准教授を経て、2012年4月より早稲田大学文学学術院准教授、2014年4月より教授。専門は発達心理学、パーソナリティ心理学。『イラスト学問図鑑 こども心理学』(講談社)監修、他。
取材・文/黒澤真紀
