児童精神科医として半世紀以上、子どもの育ちを見続け、お母さんたちの悩みに寄り添ってきた佐々木正美先生。今も、先生の残された子育てのについての著作や言葉は私たちの支えとなっています。佐々木先生が残してくれた子育てにまつわる珠玉のメッセージをご紹介します。
下の子が生まれたとき、上の子への対応は?
兄弟がいたら、お母さんが上の子とだけ過ごす「ひとりっ子」の時間を持つように心がけましょう
兄弟がいるということは、その関係を通して、友だちとか、近所の人とか、その他の人との人間関係を学んでいくメリットがあります。
しかし、その一方で、親との関係においては、ひとりっ子のように親の愛情を一心に浴びながら、じっくり安心してつきあうことができない側面もあります。しかも、親は下の子に手厚く面倒をみてしまうので、上の子はそうした場面を見て、なんともいえない淋しさを感じてしまうものなのです。
ですから、兄弟がいる場合は、下の子に手がかかるうちは上の子を優先して、お母さんがその子とふたりだけで過ごす時間を持つようにするといいと思います。
男の子が3人いたわが家でも、そうしたふれあいの時間をもてるようにしていました。
自分だけの要求を満たしてくれる、そうした時間を持つことで、上の子に不満は多少残るものの、ある程度納得して下の子を思いやることができるようになるはずです。
兄弟げんか、親が介入するべき?
兄弟げんかがおきたら、どちらがいいか、悪いかの判断は親は一切言わないことが大切です。ただし、「弱いものいじめはいけない」、と人間としてのあるべき姿についてはしっかり伝えましょう。
兄弟がケンカばかりしているという悩みもよく聞きますが、そんな場合は一種のスポーツだと考えましょう。強いほうが勝ち、弱いほうが負ける。それなのに何度でもやりたがります。人間はいろいろな欲求を持っているものです。物欲や知識欲、征服薬や探求欲……。それは人間の本能のようなもので、それがあるから向上することもできるのだと思います。兄弟げんかはそうした欲求を、ある意味解放する側面もあります。また、そういった欲求が生まれるということは、子どもの自我が成熟している証でもあるわけです。
わが家でも、よくケンカをしていました。そんなとき、私も妻もよほどひどいルール違反をしない限り、どちらかの子どもが泣くまで黙って見ていました。ケンカは強いほうが必ず勝ちます。だから、そのときが訪れたら「もう終わりなさ」と言って、終了を宣言。「おやつにしましょう」などとねぎらって、気持ちが切り替えられるようにしていました。親はゲームセットの宣言をして、子どもの気分転換をしてあげればいいのです。
どちらが悪いのか、いいのかという判断は、親は一切言わないことが大切です。そうした親の判断は、親の愛情を求める子どもにとっては恨みとなり、しこりとなって残ってしまうからです。兄弟げんかをしても、兄弟のなかに基本的な信頼関係があれば心配いりません。
兄弟げんかは人間関係の原点
ただし、しっかりと見守って、最後には「弱い者いじめはいけない」というような人間としてのあるべき姿は、穏やかに繰り返し伝えていきましょう。子どもに社会の価値観やルールを伝えていくのは親の重要な役割です。そして、それがしつけとなるのです。
兄弟げんかには、「自然な仲直り」を学べるというすばらしい点もあります。「ごめんなさい」がなくても人間関係が修復できることは、本当にすばらしいことです。そして、そんな体験を繰り返すことで、子どもは友だちづきあいがとても上手になるんですね。
近年は仲直りがうまくできずに、人間関係につまずいてしまう子が増えていますよね。しかし、兄弟げんかを何度も体験することで、人間が日々生きていくうえで、仲直りが自然に上手にできるとどんなに生きやすいかを、お子さんは学ぶことができるのです。
教えてくれたのは
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。
構成/山津京子 写真/山本彩乃