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親も共感できる、これまでにない子どもが主人公の日本映画
監督をつとめたのは、出産・育児を経て、昨年、映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で長編映画復帰を果たした呉美保監督。本作は、主役である子どもたちが体当たりで演じ、ママとしての顔も持つ監督が心情を丁寧に描き、細かな小道具にまで心を配り、リアリティを追求。パパママが共感できるポイントが多く詰まっています。

――映画「ふつうの子ども」の監督を引き受けた経緯を教えてください。
呉監督 もともとプロデューサーの菅野和佳奈さんと脚本家の高田亮さんの間で「社会問題が根底にあり、それに対する今どきの子どもの感情を描いた、“これまでにない子どもが主人公の日本映画”を作りたい」と話していたそうで、私に声をかけてくださいました。
お話をいただいた際、そのコンセプトにすごく共感しました。自分自身としては、昨年、出産後9年ぶりに長編映画復帰をしたところでしたが、子育て中はなかなか映画を観に行く時間がなく、行くとしても子どもと一緒に子ども向けのアニメやファンタジー映画を観に行くくらいでした。
それはそれで充実していて楽しい時間なのですが、次第に、もっとテーマが身近で、親子で共感できる映画を子どもと一緒に観にいきたいと思うようになっていました。今回いただいたお声がけは、そういうものを作れるかもしれないという期待があり、ぜひ参加したいなと飛びつきました。
主人公役は気鋭の監督に愛されてきた”国民の息子”嶋田鉄太くん

――メインの3人の子どもたちがそれぞれ輝いていて印象的でした。みなさんオーディションで選んだそうですね。
呉監督 主人公の上田唯士役の嶋田鉄太くんは、前作『ぼくが生きてる、ふたつの世界』で主人公・吉沢亮さんの幼少期の友人役として出てくれて、当時もオーディションに来ていたんです。
そのときからほかの子たちとはちょっと違って、独特なんですよね。例えば、よくある「(元気な声で)どこどこ事務所から来た●●です!!」っていう自己紹介ではないんです。「(淡々とした声で)嶋田鉄太です」。なんとも言えないちょっとおじさん味がするというか、“人生、何週目ですか!? ”みたいな(笑)。
通常、オーディションはみんなセリフに忠実なのですが、彼はセリフ通りではなくアレンジを効かせて、それがまた絶妙だったんです。
でも実際話してみるとふにゃっとした感じで、「将来何になりたいの?」なんて聞くと「芸人です」って。「誰が好きなの?」って聞くと「どぶろっくです」と言うので「そっちー!?」って(笑)。
どぶろっくの大ファンで、普段から下ネタの歌をずっと歌っているっていう。子どもとしゃべってる感じがしないというか、かといって大人びて背伸びした感じでもなくて、とっても面白い魅力を持っています。

瑠璃ちゃんは今回がほぼ初めての演技で、オーディションも緊張しながら来ていました。今回、この3人の役に関しては、それぞれ最終候補者を4人残してもらったんです。心愛役に残った瑠璃ちゃん以外の3人は、すでに経験値があってとても芝居の上手な子たちだったんですね。
この役はそれぐらいじゃないと難しいんじゃないかとも思ったんですが、自分以外が経験者であるプレッシャーと、でも頑張りたいっていう背伸びした感じが、まさに役のキャラクターにリンクして、彼女にやってもらおうと決めました。
陽斗役の味元耀大くんは、物静かで控えめな子ですが、芝居をすると憑依したかのようにバっと役に染まるんです。聞くと、このオーディションに受からなかったら、俳優はあきらめようと思っていたというからそれぐらい真面目で一生懸命な子。しかも、彼はもともと主人公役を希望していて、主人公の最終候補として残っていたんです。
でも最終日に、陽斗をやらせたら見事にハマって、この子すごいっ! って。3人でやったときの相性もよかったです。
児童役はワークショップ形式のオーディションで「こういう子いるよね」という基準で選出
――子ども同士の会話が、今どきの子どもらしく、とても自然でした。子どもが多い撮影現場は大変だったのではと想像しますが、演出の際に気を付けていたことはありますか?
呉監督 大人の俳優は台本をある程度読み込んでくれば、現場ですぐにできますが、それは子どもには大変です。
そこでクラスメイト全員のオーディションをワークショップ形式で行いました。事前に台本を渡して、撮影スタジオとして使われている廃校に集まってもらい、お芝居をしてもらったんです。
「こういうシチュエーションだったらどういう会話をするか」、「急に話をふったときにどこまで対応できるか」など、いろんな子たちにいつもの学校生活さながらに見せてもらいました。
決してちゃんとできる子を選んでいるわけでなく、見た目も多様であり、むしろ黙り込んじゃったりする子も含めて、こういう子いるよねって。何かとトラブルを起こして喧嘩ばっかりしてる子もいました。みんな子どもだからずっとおとなしくはしていないんです。

――そういう場に来る子だからおとなしくしているのかと思いました。
呉監督 最初はそうですが、こちらがほぐしていくとだんだんと素を見せて、誰かが叩いたとか押しただろみたいなトラブルが起きてくるのです。
――本当の学校みたいになってくるんですね。
呉監督 そういう子を排他するわけでなく、その子も含めてクラスメイトになってもらいました。だから現場は大変でした(笑)。
あと、わが子を見ていても思いますが、子ども同士の会話は大人とは違います。キャッチボールというよりは、まるで乱闘してる感じで、今、誰がしゃべっていて誰か聞いているのかわからないような。その感じも表現すべく撮影を進めました。

せっかく令和に撮る子どもの映画だから、令和の子どもを描きたい
――会話の仕方もそうですし、学校や塾への持ち物、さらには子どもがテレビを観ながらママの髪の毛を触るなど、リアルな描写が多く、違和感なく作品の世界に入り込めました。監督がママになったことが、作品作りに影響しましたか?
呉監督 そうですね。学校も塾もそうだけど、子どもは持ち物がやたら多いですよね。
――特に今の子はそうですね。
呉監督 最初に衣装さんや持ち道具さんと衣装合わせをしたときは、わりとシンプルだったんです。従来の映画やドラマは、終始ランドセルを背負っていたり、何年生になっても黄色の帽子をかぶっていたりして、それが小学生の記号になっていましたよね。
でも、本作は芝居もリアリティを目指しているので、その辺のディテール全てまで細かくやろうと。子どもがいることで、水筒、キッズ携帯、GPS、わきには巾着をひっかけてなど、実際の持ち物はよくわかりました。子どもはヘルメットをずっとかぶっていたりね(笑)。
また、「昔いたな」じゃなくて、せっかく令和に撮る子どもの映画だから、令和の子どもを描きたいと思いました。学校もいわゆる昔の『金八先生』に出てくるような廊下があって教室があるようなところじゃなく、明るくて開放的な今どきの小学校を探して使わせてもらっています。

子どもは1日1日成長していく。その姿を見て自分はどうかなと考えさせられた
――物語の後半、親たちの様子が心に残りました。自分と重なって心苦しいところもありましたが、どんな意図がありましたか?
呉監督 高田さんの脚本で『ふつうの子ども』っていうタイトルにして、ふつうの話を書くわけないんです。(笑)映画の中でも“自己肯定感ってあってないようなもんだよね”というイラっとするセリフがありましたが、でも本当そうだと思っていて。”ふつう”もあってないようなもの。
この映画は、子どもからしたらどんどん怖くなっていく展開だと思うんですけど、大人は「子どもってバカで可愛いな〜」から始まって、いつしか自分の小さい頃を思い出したり、身につまされるものがあったり。
あとは社会的なテーマ。親子の関係とその環境から生まれるもの、そして他者との人間関係。1人が過激になっていくときにどんどん引いていく人がいる、など大人も子どもに感情移入してハラハラを味わっていただけたらいいなと思っています。

――撮影期間中に心に残ってる出来事はありますか。
呉監督 撮影期間は暑い暑い夏でしたが、3週間とそこまで長くなく、短くぎゅっと撮りました。そんなタイトなスケジュールでも子どもたちは、クランクインからクランクアップにかけて非常にタフに成長していました。お芝居をとことんやった達成感もあると思いますが、それを除いても、1日1日成長していっちゃうんだなというのを肌で感じながら撮影をしていました。この瞬間を映画に詰め込むことの贅沢さを、今までになく味わわせてもらえましたね。
そして大人もですよね。大人も日夜考えながら、もがきながら、子どもとの向き合い方や社会でのあり方を一生懸命模索していますよね。昨日の自分と今日の自分は違う。その繊細な心の成長も、子どもの世界を通して感じられるんじゃないかなと。
監督は2作連続で子育てと映画制作を両立! 今後はいったんお休み期間に
――復帰作だった前作の撮影はお子さんが夏休み期間に撮影をして、編集はご自宅でされたと聞きました。今回は子育てと仕事の両立はどうされていましたか?
呉監督 同じでした。夏休み期間に撮って、編集作業はエディターさんとともに家でして。
今回は、「見たこともない子どもの映画をやりたい」と自分で言っちゃったので、どういう風に豊かにしていくかをすごく時間をかけて細かく編集して。本当は9時~17時で終わりたかったんですが、後半はスケジュールが間に合わなくなり、エディターさんに「夕飯作って、子ども迎えに行って、寝かせた後もやっていい?」とお願いしてやったり。
いずれにしても、2年続けての映画作りは大変すぎたので、しばらくお休みかなと。
――そうなんですね!
呉監督 疲れきっちゃいました。気持ちも散漫になるし、バタバタするとその矛先が子どもに向かってしまうんですよね。ひたすら急かしてしまったり大声で「早くしなさい!」と言ってしまったり。
とはいえ時間を空けたところで、性分は変わらないからバタバタはしてそうだけど、いったん立て続けに撮影するっていうことはなしにして、ゆっくり考えて、やりたいことに向き合っていこうかなと思ってます。と言いながらまたすぐに撮るのかもしれませんが(笑)。
――子どもの成長スピードも速いですもんね。
呉監督 そうなんです。上の子が10歳になったんですけど、先日、小さい声で「うっせえな」って言われて。なんか胸がぎゅーってなったんです。私のペースで、いろいろやらせてきたから、だんだん反発してるのかなとか思ったり。いったん落ち着いて静観しようと思っています。
――気持ちがわかる読者の方も多いと思います。最後に、本作への思いや見どころについて、ぜひメッセージをお伺いしたいです。
呉監督 最初にお話ししたように、私自身が子どもと一緒に観に行ける、楽しめてちょっと考えさせられる、でも説教臭くない作品を作りたかったので、これまでなかったような子どもの映画ができたような気がしてます。ぜひ劇場に足を運んで観ていただけたらうれしいです。
そして親子で観た後日、大人だけでもう1回観ていただけると、新たな発見ができて、二度楽しめるんじゃないでしょうか(笑)。
――年齢問わず楽しめそうですよね。
呉監督 そうなんです。老若男女、おばあちゃんとかおじいちゃんも、孫を愛でる想いで登場する子どもたちを観ていただけたらと思います。

子どもと一緒に映画館で鑑賞したくなる作品
学校や放課後の子どもたちの会話やちょっとしたやり取り、小道具のひとつひとつの再現性が高く、子どもたちの日常をこっそり覗かせてもらっているような気持ちで観ていると、考えさせられる展開に。監督の言葉にもあったように「あの3人の親は、みなさんどれかに当てはまるだろうし、他人ごとにはできない感じ」とはまさにその通りで、「これって私のことかも?」と自分自身の子育てを振り返るきっかけにもなりそうです。
ただ、そんな難しいことを抜きにしても、登場する子どもたち1人1人がとにかく愛らしくて魅力的。子どもと一緒に映画館で鑑賞して、感想を伝え合いたくなる1作です。
嶋田鉄太くん&お母さんのインタビューはこちら

『ふつうの子ども』
嶋田鉄太 瑠璃 味元耀大
瀧内公美 少路勇介 大熊大貴 長峰くみ 林田茶愛美
風間俊介 蒼井優
監督:呉美保 脚本:高田亮
製作:「ふつうの子ども」製作委員会 製作幹事・配給:murmur 製作プロダクション:ディグ&フェローズ 制作プロダクション:ポトフ
特別協力:小田急不動産 湘南学園小学校 助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
協賛:ビーサイズ キュウセツAQUA YOIHI PROJECT Circular Economy.Tokyo デザイン・エイチアンドエイ
公式サイト:kodomo-film.com 公式SNS(X、Instagram)@kodomo_film
9月5日(金)テアトル新宿ほか全国公開
©︎2025「ふつうの子ども」製作委員会
取材・文/長南真理恵
