「働きたくても働けない」待機児童問題に直面した専業主婦がお小遣い5万円で起業!5年間の不妊治療・体外受精からの出産…、自宅で作った“抱っこ紐収納カバー”が転機に【仙田忍さん|前編】

累計12万個以上を売り上げ、ママたちから絶大な支持を集める抱っこ紐収納カバー「ルカコ」。その生みの親である仙田忍さんは、専業主婦からたった5万円で起業し事業を成長させ、“働きたくても働けない”ママたちの雇用まで生み出しました。その華やかな実績の裏には、長い不妊治療や、仙田さん自身の社会復帰を阻んだ待機児童問題など、見えない葛藤と壁がありました。
前編では、仙田さんが“ルカコ”を立ち上げるに至った原点に迫ります。仕事、キャリア、そして子育て。思いどおりに進まないことばかりのなかで、どう一歩を踏み出したのか。仙田さんの歩みには、多くのママが共感できるヒントが詰まっています。

5年間の不妊治療、体外受精を経て授かった命

――仙田さんは2013年に「ルカコ」を立ちあげましたが、もともと、歯科衛生士として10年間勤務されていたそうですね。どのような経緯で起業に至ったのでしょうか?

仙田忍さん(以下、仙田さん):短大を卒業後歯科衛生士の国家資格を取得し、歯科衛生士として働いていたのですが、キャリアの途中で不妊治療に専念するために退職しました。

26歳で結婚して割とすぐに妊娠がわかって、喜んで病院へ行ったのですが、その後自宅のトイレの前で突然倒れました。後からわかったことですが、お腹の中で卵管が破裂していて、2Lくらい出血していました。子宮外妊娠だったことがわかり、2つある卵管のうちの1つを失ってしまいました。

それがきっかけで不妊治療のクリニックに通い始めました。

――それは、精神的にもおつらかったのではないでしょうか。

仙田さん:子どもを授かるということが当たり前のことではなく、奇跡なのだと感じました。

不妊治療をはじめ、体外受精もスタートし、結果を聞くたびに、生理がくるたびに毎月命を削られているような、ゴールがないマラソンをずっと走っているような長くつらい日々でした。

――体外受精は、精神的にも経済的にも負担が大きいと聞きます。

仙田さん:当時は保険適用外で、ほぼすべて自費でした。1回あたり30万円、40万円とかかる治療を、ゴールが見えない中で続けるのは本当につらかったです。お金がどんどん減っていくのに、いつ授かれるかわからない。でも、ここまでやったからには引き下がれない、そんな意地のような気持ちもありました。

株式会社ルカコ・代表の仙田忍さん

仙田さん:体外受精では、卵子を採って受精させ、凍結保存した受精卵を状態の良いものから子宮に戻していく、という方法をとります。私は多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)のため、排卵誘発剤でたくさんの卵子を採取できましたが、凍結保存した受精卵を戻してもなかなか着床せず、ダメな結果が続きました。

最後に残った受精卵は3つ、不妊治療はもう約5年。精神的にも金銭的にも「もうダメかもしれない」と諦めかけていました。結果その残りの1つが、長女の「ルカ」、凍結保存して移植したもう1つが、長男の「コウ」。会社名の「ルカコ」は、この2人の子どもの名前から取りました。

今も子どもたちの卵のときの写真を残していますが、神秘的で大切な宝物です。

「1か月働いた証明がないと預かれない」社会の壁が起業の原動力に

――無事に二人のお子さんを出産されて、いよいよ社会復帰を考え始めたのですね。

仙田さん:はい。下の子が2歳になった頃、もう一度働きたいと歯科衛生士の面接を受けました。ありがたいことに採用をいただくことができたのですが、フルタイムで働くとなると保育園に預ける必要があります。当時は待機児童が多く保育園の入所がこんなにも難しいのかということを体感しました。

――いわゆる「保活」の壁ですね。

仙田さん:何度申し込んでも保育園に落ちてしまいました。夫は単身赴任中で、実家も遠い。フルタイムで働くためには保育園が必須なのですが、優先的に入園するためには「1か月以上、週4日、1日6〜8時間働いた」という就労証明が必要だということがわかりました。

起業した頃の仙田さん

――働くために預けたいのに、預けるには働いた実績が必要……。そんな矛盾に直面されていたということですか?

仙田さん:本当にそうなんです。有料の託児所に預けると、1時間2,000円から3,000円かかります。働いても全部保育料で消えてしまう。なんのために働いているのかわからない状態ですよね。

――そこで、ご自身で事業を始めようと。

仙田さん:はい。もう、家でできることを探すしかないな、と。そのとき、ふと思いついたのが、抱っこ紐の収納カバーでした。当時、子どもを抱っこ紐で抱っこやおんぶをしていたのですが、使わないときに「だらーん」となるのが嫌で、まずは自分のために1つ作ってみたら、すごく便利で。友達に作ってあげたら「これ、すごく良いね!」と喜ばれて、ほしいという人がどんどん増えていきました。

5万円を元手に起業、ADHDという特性も武器に

――それが「ルカコ」の始まりだったのですね。

仙田さん:最初はプレゼントしていたのですが、布代もかかるし、作る時間も取られる。これはキリがないなと思って、作り方をネットで公開したんです。「自分で作ってみてね」と。でも、ミシンが苦手だったり、作る時間がなかったりする人も多くて、「お金を出すから作ってほしい」という声が届くようになりました。

抱っこ紐がだらんとするのを解決する“抱っこ紐収納カバー”(ルカコHPより)

――そこからネットショップの開設に至ったわけですね。

仙田さん:もともとパソコンが好きで、1999年頃、まだ電話回線が主流だった時代からハマっていたこともあって、自分でサイトを立ち上げて売ってみよう、と思いました。起業資金は、毎月1万円のお小遣いを5か月貯めた5万円。そのうちの約2,000円分の布を、子どもたちを自転車に乗せて買いに行ったのが始まりでした。サイト制作や管理、商品の縫製に写真撮影、発送も全部1人で抱え込んでいました。

子どもを寝かしつけた後、夜な夜なミシンで縫って、商品を撮影してサイトにアップ。娘が幼稚園に入園すると、往復1時間、朝夕合わせて1日2時間の送り迎えが加わりました。お迎えの帰りに発送業務を済ませ、帰宅後は家事と寝かしつけ。そしてまた縫製…。そんな目まぐるしい日々を過ごしていました。

――すごい行動力です!

仙田さん私はADHDの特性があって、集中すると他が見えなくなってしまうんです。でも、そういう集中力が起業には役立ったと思います。サイト制作や撮影等を外注していたら、5万円での起業は難しかったと思います。素人ながら手探りで、それでも自分なりに必死に続けてきたからこそ、あの一歩を踏み出せたのだと、今振り返れば思います。

当時の幼稚園のママたちのサポートにも救われました。お弁当を忘れたときに代わりに作って届けてくれたり、お迎えが間に合わないときに行ってくださったり…本当に周りの方々へ感謝しています。

口コミで急成長、そして「ママ雇用」の始まり

――ネットショップを開設してからの反響はいかがでしたか?

仙田さん:開設して1〜2週間で、ポツンと1個売れました。「売れた! 買っていただけた!」とすごくうれしかったですね。そこから口コミをきっかけに、あっという間にどんどん広がっていきました。

――会社名の「ルカコ」は、お子さんのお名前からられたんですよね。

仙田さん:はい。起業した当時、屋号を「LUCA × COH」と考えて、個人事業主の開業届を提出しましたがNGでした。子どもを連れて、また来るのはあまりに大変なので、その場でささっと考えた「ルカコ」で提出しました。本当に思いつきだったんですけど、結果的にお客さんが「ルカコ、便利だよね」と口コミで広がり、商品名にもなりました。その後法人化した際には会社名や、私のニックネームにもなりました。

「育児をしながら短時間だけ働きたい人」新聞の折り込みチラシで70人の応募が

――事業が大きくなるにつれて、1人での運営は限界がきますよね。立ち上げてからわずか半年で月商100万円、その約1年後には月商ギネス650万円を達成したとか……。

仙田さん:そうなんです。1年くらい経つと、もう作る時間が全然追いつかなくなってしまって。そこで、雇用を考えました。そのときに思い出したのが、「働きたくても働けない」保育園に預けられなくて起業した当時の自分自身の経験です。

「扶養内で稼ぎたい」「子どもの行事や急な発熱を優先したい」「育児を優先しながら、短時間だけ働きたい」と思うママは私以外にもたくさんいるはず、と。そういうママたちが気兼ねなく働ける会社があればいいなと考えました。

当時は短時間といっても9時半から16時くらいまでが多かったと思います。でも、幼稚園は14時頃には終わる日が多い。だったら幼稚園ママはお迎えに間に合う13時退社、小学生ママは午前中には家のことを終わらせて、午後から出社して16時に帰れる会社があったらいいかもと。ほかにも介護や障害があるお子さんを育てておられる方など、自宅で縫製の仕事をマイペースにしたい方もいるのではないかと思いました。それで、新聞の折り込みチラシで短時間雇用や縫製のお仕事の募集をかけたら、なんと2週間で70人もの応募がありました。

採用したママたちと仙田さん(ルカコHPより)

――すごい反響ですね。

仙田さん:本当に驚きました。当時は人を雇用したこともなく何が正しいのかわからず、70人全員と面接しました。基準は「一緒に働きたいか、働きたくないか」だけ。そうしたら、気づけば30人も採用してしまっていて(笑)。

当時は夫も単身赴任で、子どもに何かあってもすぐに駆けつけられるように、自宅から信号を渡らずに行ける距離の物件を探しました。そこから、30人のママたちとの新しい挑戦が始まりました。

――子宮外妊娠、そして社会復帰を阻んだ待機児童問題。数々の困難を乗り越え、自身の「困りごと」をアイデアに変えて起業した仙田さん。5万円の資金から始まった事業は、同じ悩みを抱える母親たちを巻き込みながら、大きなうねりを生み出していきます。後編では、30人の母親たちと共に事業を拡大していく道のりや、仕事と子育ての両立に悩みながらも走り続けた仙田さんの奮闘に迫ります。

後編では、経営の知識ゼロで直面した現実、子育てとの両立に悩んだお話などを伺いました

経営知識ゼロの主婦が“抱っこ紐収納カバー”を自作し5万円で起業→子育て世帯が殺到する人気店に!仙田忍さんが仕事と子育てに葛藤して得た大きな気付き【後編】
前編では不妊治療のお話や事業を始められたきっかけを伺いました 経営の知識ゼロで直面した現実 ――待機児童問題に直面し、...

お話を伺ったのは

仙田忍さん 株式会社ルカコ 代表

株式会社ルカコ代表取締役。歯科衛生士・介護支援専門員(ケアマネジャー)資格保持。5年間の不妊治療・体外受精を経て2児を出産後、待機児童問題に直面。自身の経験から抱っこ紐収納カバー「ルカコ」を製作し、5万円で起業。その後事業を法人化。累計販売数は12万個を超える。これまでに「子育てを優先しながら、短時間だけ働ける会社があれば」と延べ50人以上のママの雇用を生み出してきた。現在「1店舗でたくさんの抱っこ紐を試着比較、相談できるお店がない」困りごとを解決し、実店舗のルカコストア(大阪・東京)も運営。完全予約制で週末はあっという間に満席の人気店に。

ルカコ公式HPは>>こちらから

取材・文/HugKum編集部

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