発達障害の子どもの支援方法には、有効にするための順序があると言われています。発達障害者支援のパイオニアである高山恵子先生が、この度、「神経心理ピラミッド」メソッドを紹介する書籍『子どものよさを引き出し、個性を伸ばす「教室支援」』を刊行。書籍を編集された、息子さんがASD(自閉スペクトラム症)であり、自らもASDの当事者である、ライターの楢戸ひかるさんに、「神経ピラミッド」の具体的な考え方と活用法を教えていただきました。
目次
発達障害の子育てに大切なのは情報。それは、支援の差につながります。
精神安定剤を手放せなかった発達障害の息子の子育て
現在、高校生になる私の息子は、年長の時に「広汎性発達障害」と診断され、小学校時代は特別支援級(通級)に通っていました。特別支援級では、先生方、指導者の方に恵まれ、彼の感覚やペースを尊重して過ごすことができました。特別支援級は、彼にとって、言葉の通じなかった外国で、通訳をみつけたような「落ち着いた居場所」となったのです。
そして、彼は、中学受験を経て、今は中高一貫の男子校に通う高校生です。
学校側には、中学に入学した最初の個人面談で、勇気を出して診断や通級のことをお伝えしました。担任の先生は、「お母さん、大丈夫ですよ。どこの学年にも、彼みたいな子は必ずいますから」と、こちらが拍子抜けするほどに、温かく迎えいれてくれました。理解のある先生方と、おっとりとした気質の子が多い校風のお陰で、彼は楽しそうに学校に通っています。
こんなふうに、今や、ずいぶん落ち着いた気持ちで彼を育てている私ですが、息子が「みんなと同じでない」と受け入れる段階では、とても葛藤があり、動揺もしました。多数派ではなく、「少数派の側になる」というのは、本当に心細いものですよね……。
私は、息子が幼かった頃、昼間は精神安定剤、夜は入眠剤が手放せなかった時期がありました。多動で目が離せず、一方で気にいらないことがあると、爆竹のような勢いでひっくり返って地団駄を踏む息子を育てることが大変すぎて、「子供の個性を大切にする」なんて、きれいごとを言っていられない場面が、たくさんありました。
適切な情報を知っているだけで、子育ての負担は全然ちがってきます
これからご紹介する『神経心理ピラミッド』を使った発達障害がある子への支援の考え方は、支援には適切な順番があることを教えてくれます。
高山先生がモットーのようによく使われるフレーズに「情報の差は、支援の差」という言葉がありますが、発達障害の子どもを育てるにあたり、適切な情報を「知っている」だけで、全然、違う。私は、実感を込めて、それをお伝えしたいです。
もっと早く知ることができていたら、私の子育ての大変さはもっと軽減されていたと思うのです。
脳の「認知機能」に着目した支援モデル「神経心理ピラミッド」とは?
支援の順序を探るひとつの方法が「神経心理ピラミッド」
このたび、教育業界初の「『神経心理ピラミッド』を使った発達障害がある子への支援」についてのメソッドを本にまとめられた高山恵子先生は、自身がADHDとADを持っていることを公言。1997年にADHDの支援団体NPO法人「えじそんくらぶ」を設立し、当事者として、文部科学省や厚生労働省の委員の様々な委員を務める、日本の特別支援教育を牽引する存在です。
神経心理ピラミッドとは、「認知機能」を階層的に捉えた認知機能のリハビリテーションモデルです。このモデルを、「発達障害を持つ子の支援に応用できるのでは?」と、高山先生は提案されています。
「ひとことで『衝動性があり感情がコントロールできない』といっても、その根底にはいろいろな原因があります。原因を見立てることなく、表面的な状態を見てがむしゃらに頑張ったり、うまくいかない方法を繰り返していては、子供も親も疲れてしまいます。
原因を探る一つの方法として、神経心理ピラミッドを御紹介します。支援には、有効な順序があるといわれています。順序を理解することにより、あなたの支援がさらに有効になるかもしれません」(高山先生)
※1 Rusk(ニューヨーク大学医療センター)によるモデル。高次機能障害の患者のリハビリテーションをする際、どのレベルから課題があるか、それぞれ認知機能をチェックし、それに合わせたサポートやリハビリを支援するモデル
子どもへの支援には、順序が大切です
子どもは一人ひとりの認知機能に違いがあるため、どこが得意でどこが苦手なのか、そしてどんなサポートをすれば何ができるのかがわかりません。大切な事は、支援者である、教師、保護者が共に目標を明確にして、同じ視点で支援をすることです。
「神経ピラミッド」を多くの大人で支援を共有する指標に
「脳の認知機能」には、上記の図のように9つの階層があり、下から順に満たしていく必要があることを高山先生は提唱しています。
「神経心理ピラミッドの一番下には、『神経疲労」があります。脳の上位機能を有効活用するためには、神経疲労(脳の疲れ)を取るこが、とても大切なのです。神経疲労をとるために、最も基本的なことは睡眠です」(高山先生)
下から2段目には「自己コントロール」がありますが、感情のコントロールが難しい子に対して、まずは「良質な睡眠が、きちんととれているかな?」とチェックし、もし睡眠に課題があるのなら、睡眠環境を整えることが先決です。こんなふうに、子供を読み解く指標のひとつとして、「神経心理ピラミッド」は使えるのです。
論理的に説明することは、父親の理解が得られやすい
「近頃、特別支援教育についての父親講座が増えてきました。女性が、『もう少し愛情をかけてあげて』と伝えても、『何をどうしたら良いのか?』が、すぐにピンとくる男性は、実は少ないのかもしれません。男性には、このピラミッドを使い論理的に説明する方が伝わりやすいようです。子供の支援には、複数の大人(パパや祖父母)での連携が不可欠です。複数の大人で目標を共有する指標に、私が提案するメソッドを使って頂けると嬉しいです」(高山先生)
ピラミッドの頂点には「自己の気づき」があります。それは、自分の長所や短所はどこか、どんな方法だとうまくいくのか、自分を客観視でき、うまくいく方法を探して軌道修正ができる力です。子どもにとって、近い将来、この力こそが重要になってきます。
多数派向けにデザインされた社会から、多様な子ども達を包括する社会に
私は本当に疲れてしまった時は、「母親を閉店」して、カフェでゆっくりする時間を持つことを自分に許していました。そんな時間を作るためには、夫や祖父母に、彼の状態を説明する必要があります。
そんな時に、「こんなふうに、本に書いてあるの」と『子どものよさを引き出し、個性を伸ばす「教室支援」』を、コミュニケーションツールに使って頂けると嬉しいです。
発達障害は治すものではない、ということをわかってほしい
今、私が思うことは、「発達障害と呼ばれている状態」は、病気ではなく、「ただ、少数派なだけ」で、治療的に「治す」ものではないということです。私自身もASD傾向があるので、「直せ(治せ)!」と言われることが、一番、辛いです。「発達障害は、そもそも、直す(治す)という次元の話ではない」という感覚、多数派の人は、ピン!とは伝わっていないようにも感じます。
ただ、教育関連の取材を通じて、日本の教育施策は、確実に多様な子供たちを包括する方向に向かっているという点が希望です。先に触れた『子どものよさを引き出し、個性を伸ばす「教室支援」』の巻頭では、文部科学省の特別支援教育調査官と高山先生の対談も収録されています。
ひとりでも多くの方に、世の中には、多様な子供(人間)がいることを理解して欲しい。少数派が尊重され、少数派にとって生きやすい社会は、誰にとっても生きやすいユニバーサルデザインの社会だと思います。
楢戸ひかる(ならと・ひかる)
「お金」や「教育」の記事を書いているライター。3人の男児の母。自らも息子もASDの傾向がある発達障害の当事者。子供時代は「言われたことが、ちゃんとできない子」として、ひたすら叱られていた。息子は、自分と同じ苦労はさせたくなかったので、通常学級に在籍しながら、通級で特別支援教育を受けた。
息子に診察を受けさせようと思い至るまでの私の葛藤や、診断までの流れ、小学校時代の子育ての様子をブログで紹介。「うちの子、発達障害かも!?と思ったら」