台湾映画の傑作『1秒先の彼女』を『1秒先の彼』にリメイク
なんともユニーク!ラブストーリーは数多くあれど、本作『1秒先の彼』は、「そうきたか!」という面白い視点から切り込んだ映画となっています。タイトルの『1秒先の彼』は、何をするにも人より1秒早いハジメ(岡田将生)のこと。そんな彼が、何をするにも1秒遅いレイカ(清原果耶)と織りなす、大切な出会いを描く物語となっています。
それぞれにたった1秒のタイムラグ!?設定を聞いただけでは、さらっとスルーしそうですが、そこがこの物語のキーとなります。
オリジナル版は、第57回台湾アカデミー賞(⾦⾺奨)では、最多5冠(作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、視覚効果賞)に輝いたチェン・ユーシュン監督の『1秒先の彼女』。すなわち『1秒先の彼』では男女が逆転していて、舞台も京都となっているので、日本版ならではの見どころも満載です。
言うまでもなく優れた作品だからリメイクされたわけですが、個人的には、秀でたストーリーテラーである宮藤官九郎が、初めて既存映画のリメイク脚本を手掛けるという点にも惹かれました。また、主演の岡田さん、清原さんは、人気と実力を兼ね備えるトップランナーですが、キラキラ系の役ではなく、冴えないキャラクターをちゃんと自分のものにして演じているので、物語にすんなりと入り込めます。
前半「?」から後半は「!」へ変わる巧みな伏線回収
物語は最初にハジメのパートからスタートします。何をするにも人より1秒早いから、記念写真では必ず目をつむってしまうし、漫才を見て笑うタイミングも人とズレてしまいます。そんなハジメが、路上ミュージシャンの桜子と恋に落ち、一緒に花火大会へ行く約束をしますが、目覚めるとすでに“その翌日”でした。これってどういうこと?
その後、ハジメは、なぜかしっかりと目が見開いている見覚えのない自分の写真を偶然目にします。自分がそこに行った記憶は一切ないはずなのに。一体、消えた1日の間、自分は何をしていたのでしょうか?
一方、ハジメが勤める郵便局に、毎日切手を買いに来るレイカ。ハジメとは逆で、彼女は何でも1秒遅く、どうやら大学7回生らしいです。中盤から、レイカがメインのエピソードが始まり、ハジメの物語の行間を埋めていく形で、いろいろな真実が明かされていきます。
果たして、ハジメとレイカという2人の異なる視点から描かれる「消えた1日」とは?
本作で描かれるのは、人と上手く波長を合わせられないどこか不器用なキャラクターたちの奮闘です。たった1秒差、されど1秒差で、そのタイムラグはなんとも厄介な特性らしく、そこが笑いを誘いますが、人と比べて自分にがっかりすることはきっと誰にでもあるはず。そういう意味では、観ていくうちにシンパシーが生まれていきます。
また、物語の後半では「消えた1日」の仕掛けというか、理由が明かされます。それは目からウロコの内容でしたが、私は「なるほど!」と妙に腑に落ちました。ネタバレは避けますが、前半は観ていて「?」が連発するのですが、中盤からきちんと1つずつ鮮やかに伏線が回収されていき、今度は「!」満載となり、思わず拍手!となります。
人生におけるかけがえのない出会いが描かれる
本作で、とても大切に紡がれているのが、人と人との出会いです。ある人にとっては何気ない出会いでも、違う人から見たらそれはかけがえのない出会いになることってありますよね。時にそれは、予想外の希望を与え、奇跡をも生み出すんだなと、本作を観て思いました。
小さな謎がいくつか散りばめられていて、全然予定調和にいかない展開だけに、ぐいぐいと引き込まれていく本作。最初は接点がなさそうなハジメとレイカですが、どんどん点と点がつながり、最終的には太い線が見えてきた段階で、私は観ていて胸がいっぱいになりました。そしてこれまたニクイことに、涙腺トラップが不意打ちで用意されています。
うっかり油断していると、涙ぽろり、なんてことになるかも。本当に最高!こういう手垢のついてない設定の物語をもっと観たいと思いましたし、Hugkum世代のファミリーにもぜひ体験していただきたいとも思いました。おすすめ!
最後に、今年2月に他界された笑福亭笑瓶の遺作でもあるので、その出演シーンにもぜひご注目ください。
文/山崎伸子
監督:山下敦弘 脚本:宮藤官九郎
出演:岡田将生、清原果耶、福室莉音、片山友希、羽野晶紀、加藤雅也、荒川良々…ほか
公式サイト: bitters.co.jp/ichi-kare/
©2023『1 秒先の彼』製作委員会