ディスレクシアの子をサポートする音声教材のいま。読み上げ、文字の拡大、書体の変更…教科書をまるごと音声化して「読み」に困難のある子を救ってくれる

教科書を読み上げてくれる「音声教材」をご存知でしょうか。パソコンやタブレットの端末を使うことで、読み上げだけではなく、文字の拡大縮小、ルビの表示、文字の背景色の変更などさまざまな機能を活用できます。発達障害などで教科書を読むのが難しい子のために、文部科学省が6つの団体や大学に製作を委託。現在6種類の音声教材があります。そのうちのひとつ「Access Reading(アクセスリーディング)」という音声教材を開発し、自治体や学校と連携しながら音声教材全体の推進と普及に努めている東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫教授にお話を伺いました。*図版は文部科学省 音声教材リーフレットより

周囲に気づきかれにくい「読み」の困難さ

近藤:音声教材は、読みに困難を抱えた子のための支援ツールですが、そもそも読みの困難とはどのようなものなのでしょうか。ここから知っていただく必要があると感じています。というのも、「読み」に困難を抱えているのに、その点を見落とされることが少なくないからです。

「読み」の困難はディスレクシア(識字障害)と呼ばれる学習障害のひとつです。ちなみに「書き」の困難はディスグラフィア(書字障害)、計算や図形理解の困難はディスカリキュア(算数障害)です。

ディスレクシアといっても文字が読めないわけではありません。ほとんどのディスレクシアの子は文字を読むことができます。ただ、以下のようなことで、文字は読めても読み方がたどたどしかったり、読み間違えが多かったりしてしまうのです。このため、教科書を理解できないまま授業を受けることになってしまいます。

うちの子、ディスレクシアかも、と思ったら

うちの子、読み方がたどたどしい、いつもいい加減に読んでいる、教科書を読みたがらない、というときは次のことをご家庭で試してみてください。

お子さんが持ち帰ったテストの問題文を、読んであげてみてください。代読です。代読されて、お子さんがそこで初めて「ああ、そういう問題だったのか」と問題文を理解し正解できるようなら、読みに困難を抱えている可能性があります。音声教材をぜひ試してみてください。音声教材は教科書のテキストを読み上げるなど、読みの困難を支援してくれるデジタル教材です。

  • その子に合った学習法をみつけてほしい

近藤:知的な障害がなくて、読み書きに困難を抱えていると「努力不足」「訓練不足」と見られがちです。たとえば、視覚障害の人は「見えるよう努力しなさい」と言われません。点字や拡大して見ることができるツールがあります。でも、読み書き困難の特性がある発達障害の子は、見た目に障害があるようには見えないため、みんなと同じ学習法を強いられてしまいます。

その結果、節と章の関係を把握する、説明文を理解する、現代文に触れる、随筆を味わうという肝心な学習にまで到達できなくなってしまうのです。

どの子にも学習の機会は均等に与えられるべきであって、教科書を通して文章の中身を味わったり、理解したりすることが保障されなければなりません。そのための音声教材です。

ここで誤解しないでいただきたいのは、私は「努力」や「訓練」を否定しているわけではありません。方法によっては訓練が有効な場合もあるでしょう。その子に合った学習法をいろいろと試してほしいのです。ABか、どちらか一方に決めて、その方法が絶対というのではありません。子どもも成長とともに変わります。その時々にあった方法を柔軟に考えてほしいのです。

音声教材には、試すことができるサンプルが色々あります

  • 音声教材は6種類あります。それぞれに特徴があります。サンプルで試してみて活用していただきたいと思います。
  • 教科書バリアフリー法(2008年6月18日公布 9月17日施行)により、障害のある児童生徒のために教科書のデジタルデータ化が各教科書発行者に義務付けられました。デジタル化されたデータは文部科学省が委託した6つの団体や大学がボランティアで「音声教材」として製作し提供しています。

  • 音声教材を製作・提供している6つの団体・大学

  • マルチメディアデイジー教科書(公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会)
  • 〇主な特徴:専用のアプリケーションまたは端末のブラウザ機能(オンライン)で使用する。
    音声、本文等テキスト、挿絵等の図版を含む。ハイライト機能、ルビ表示機能等あり。
    音声は肉声及び合成音声。視覚と聴覚から同時に情報が入り内容理解がしやすい。
    小学校・中学校の教科書を中心に作成。
    〇Windows, iOS, Android, Chromeで使用可能。
  • AccessReading(東京大学先端科学技術研究センター)
  • 〇主な特徴:Microsoft Wordや電子書籍リーダーのアクセシビリティ機能を使用する。
    本文等テキスト、挿絵等の図版を含む。読み上げは合成音声。
    文字の大きさ、色の変更、ハイライト機能など、アプリの機能で様々な調整が可能。
    小学校高学年・中学校・高校の教科書を対象。
    〇Microsoft Wordまたは電子書籍リーダーが使用できるOSで使用可能。
  • 音声教材BEAM(NPO法人エッジ)
  • 〇主な特徴:音声のみの教材(テキストや挿絵等の図版はなし)。
    MP3を再生できる全ての機器(パソコンやタブレット、スマートフォン、ICレコーダー等)で
    使用可能。音声は、肉声に近い合成音声。
    データ容量が軽く、操作が簡便で、耳からの情報に集中できる。
    小学校・中学校の国語・社会、中学校の理科、高等学校の国語・社会を中心に作成。
  • ペンでタッチすると読める音声付教科書(茨城大学)
  • 〇主な特徴:
    パソコンやタブレット等のICT端末は使わず、紙冊子と音声ペンで使用する。
    紙冊子は通常の教科書と見た目がほぼ同じで、鉛筆等で書き込み可能。
    持ち運びしやすく、小学校低学年でも簡単に一人で操作できる。
    音声ペンで文字をタッチして読むことで意識が紙面に向き、能動的な読書になる。
    音声は肉声。小学校・中学校の国語・社会の教科書を中心に作成。
  • UD-Book(文字・画像付き音声教材(広島大学)
  • ○主な特徴:専用のアプリケーションまたは端末のブラウザ機能(オンライン)で使用する。
    固定表示(原本教科書に似せた表示)・行移表示(文字だけの表示)の両方で、テキストを
    合成音声で読み上げる。固定表示・行移表示を同時に表示することや、固定表示では見開
    き表示をすることが可能。ハイライト機能、ルビ表示機能等あり。
    小学校・中学校・高等学校の教科書を対象。
    ○Windows, iOS, macOS, Chromeで使用可能。
  • UNLOCK(愛媛大学)
  • 〇主な特徴:パソコン・タブレット端末か音声ペンでの利用を選択可能。
    音声ペンの場合、紙の教科書に再生用シールを貼って使用する。
    パソコン・タブレット端末の場合、音声データ(MP3)とテキストのPDF・EPUBを提供。
    音声は合成音声。児童生徒の障害特性や状態によっては、音声の種類(男女の声質・話し
    方)・再生速度の選択を相談可能。
    小学校・中学校・高等学校の教科書を対象。
  • 音声教材はいろいろな使い方ができます

  • 音声教材の比較はAccessReadingのホームページ音声教材を使ってみよう!に詳しく掲載されていますが、一例をご紹介します。

    ・読んでいるところがわかるように、読み上げ箇所にハイライト対応

  • :デイジー教科書、AccessReading、UD-Book、UNLOCK(EPUB版のみ)
  • ・読みやすい背景色を変更する対応

  • :デイジー教科書、AccessReading、UD-Book、UNLOCK(EPUB版のみ)
  • 単語にルビをふる機能

  • :デイジー教科書、UD-BOOK
  • 紙の教科書に元々記載されているルビは、一部の音声教材でもそのまま表示されます。
  • デイジー教科書には、すべての漢字にルビがふってある「総ルビ版」もあります。
  • 一部の音声教材では、自分でルビをふることもできます。あとから自由にルビを追加できる音声教材:AccessReading(DOCX版)、音声付教科書(書き込みできます)、UD-Book

AccessReadingホームページ、音声教材を使ってみよう!より抜粋。https://accessreading.org/aem/how_to_use.html#005

音声教材は無償で使えます。そして、診断書も福祉手帳も不要です

音声教材は、ほとんどがパソコンやタブレット等の端末を活用しますが、紙の教科書に専用のペンでタッチして読み上げるタイプもあります。

小学校低学年におすすめなのは「マルチメディアデイジー」「ペンでタッチすると読める音声教科書」

小学校低学年なら、「マルチメディアデイジー」か「ペンでタッチすると読める音声付教科書」がおすすめです。小学校高学年以上には「Access Reading」が向いていますが、のちほど「AccessReading」を活用した小学校高学年の事例をご紹介します。

音声教材は、読みに困難のある子ならだれでもが使えます。そして紙の教科書同様に無償です(音声付教科書のみ教科書冊子は無償、但し、音声ペンは有償です。価格は5,500円)紙の検定教科書を使う子も、デジタルを活用して検定教科書を使う子も、同じように学習の機会が保障されるわけです。

ここで強調しておきたいのは、音声教材を使うにあたっては、医師の診断書も福祉手帳も不要であるということです。この点を誤解している人が多く、学校関係者であっても、音声教材の活用には診断書が必要と考えている人がいます。その子が読みに困り感を抱えていて、特別な支援のニーズがあれば音声教材は使えます。

そもそも医師の診察を受けて診断書を手に入れるまでに半年はかかります。お金もかかります。半年の間に授業はどんどん進み、学習の機会が保障されないまま、授業に空白が生まれてしまいます。

まずは、担任や特別支援コーディネーターに相談を

音声教材の活用には、まずは担任の先生に相談してみてください。あるいはスクールカウンセラー、各学校に必ず配置されている特別支援教育コーディネーターに相談するのもいいでしょう。

もし、学校側で理解してもらえないようなら、自治体の教育支援員会に「合理的配慮が十分になされていない」という主旨で相談する手もあります。

困難が解消されることで自信が生まれ、将来を見通せるようになる子どもたち

読み書きの支援は、単に学習の機会が保障されるだけにとどまりません。自分に合った学習法を獲得することで、それまで低かった学習意欲が向上し自信が生まれます。

AccessReading」などを活用して、読み書き困難な子どもたちの支援をしている茨城県守谷市立守谷小学校の事例は、ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。

困難を抱えてはいても、自分にあったツールを使うことで、発達障害の二次障害を防ぐこともできます。そして社会に出た時の自分の姿を見通すことができるようにもなるのです。

 

 

文部科学省ホームページ 茨城県守谷市立守谷小学校 読み書きに困難のある児童への支援事例より抜粋。

教科書ありきではなく、子どもありきの学習への導きを

私が東京大学先端科学技術研究センターで、2007年から関わっている研究プロジェクトにDO-IT Japan(ドゥーイット・ジャパン)があります。障害のある子どもたちの進学と就労、社会活動を支えるプロジェクトです。

DO-IT Japanでは、障害や病気のある 児童生徒・学生の大学進学や就労への移行支援を通じ、社会で活躍 する人材育成を目指す。テクノロジー活用を主軸に、セルフアドボカシー(自己権利擁護)、自立と自己決定などをテーマとして活動。障害のある児童生徒・学生との協働、産学 連携・国際連携によるICT活用など、インクルーシブ教育システムに 関する研究を実践。

当初からプロジェクトに参加していた子どもたちは、もう大学院生や社会人として就労したり起業したりして活躍しています。

AccessReading」で教科書を理解できるようになったり、読めても「書く」ことに困難を抱えていた子がパソコンを駆使して人を感動させるような文章を書いたりするようになりました。

プロジェクトに参加したばかりの時は「教科書なんて大嫌い!」になっている子がほとんどです。教科書をうまく読めないことで、自尊心が打ち砕かれているからです。このような子たちにいくら読み上げ機能を使っても教科書には見向きもしません。

 

子どもの興味関心を入り口にして導く

でも、その子たちは学習することが嫌いなのではありません。むしろ自分の興味関心のある事柄には人一倍強い学習意欲があります。ですから、私たちは教科書ではなく、その子の関心のある領域から支援を始めます。アニメのポケモンや銀河英雄伝説などを使って、以下のようなかかわり方をした例があります。

①その子の関心のある分野を、私がウィキペディアで調べる。

②その子の関心のありそうな箇所を指定して読み上げ機能(スピーチ)をクリック。

③指定された箇所が、読み上げられる

最初は、文字がびっしり書かれたウイキペディアには関心を示さなくても、選択範囲を指定して読み上げられるのを聞くと、徐々に興味を示し「ああ、こいう方法もあるんだ」と気づきます。そうして次第に、教科書も読み上げ機能で理解しようという気持ちになってくるのです。

必要な子に必要に応じた学習環境を

学習は教科書ありきではなく、子どもありきで、もう少し柔軟に考えていただけたらと考えています。

音声教材は、言うまでもなく「合理的配慮」のひとつですが、実は、私は合理的配慮という用語には違和感をもっています。「配慮」ではなく、むしろ「便宜」であり「環境の調整」です。必要な子に必要に応じて「筋の通った便宜」や「環境調整」を図ることで、初めて障害のある子の教科書の学習の機会が保障されます。ぜひ積極的に活用していただきたいと思います。

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記事監修

近藤武夫先生|東京大学先端科学研究センター社会包摂システム分野教授

専門分野はインクルーシブ教育・雇用、支援技術。学びや働き方をインクルーシブに変える実践型の研究。印刷物を読むことが困難な児童生徒が活用できる音声教材「AccessReading(アクセスリーディング)」を開発し、全国に配信。各地の学校や教育委員会と 連携し、音声教材を児童生徒に円滑に届ける仕組みや指導法の開発 に関する研究も行っている。

AEMCでは、音声教材や拡大教科書、点字教科書を制作する団体へアク セシブルな教科書データを提供することで、円滑な制作をバック アップする取り組みとその迅速化のための研究開発を行う。

取材・構成/平野佳代子(tobiraco

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