「発達障害ではなく〝発達特性〟という言葉で少しでも前向きに」自身も発達特性のある息子、重度自閉症の姉をもつ小児科医・西村佑美先生が初の著書に込めた思い

発達専門小児科医、ママ友ドクターとして活躍中の西村佑美先生は、自身も最重度自閉症のきょうだい児として育ち、現在、三児の母。12歳の長男には発達特性があります。9月に初となる著書、『最新の医学・心理学・発達支援にもとづいた子育て法 発達特性に悩んだらはじめに読む本: 1歳から入学準備まで 言葉の遅れ かんしゃく 多動…病院や園では解決できない“困った”に対応』(Gakken)を出版されました。
後編では、著書に込めた思い、発達特性について医師の視点からの解説に加え、現在力を入れているコミュニティづくりについて語っていただきます。

発達特性のある息子、重度自閉症の姉。誰よりも当事者だから分かる

かゆい所に手が届く本にしたい

発達特性のあるわが子をどうにか上手に伸ばしたいと思っているお母さんたちの助けになるには、「かゆい所に手が届く」本が必要だと感じていました。私も専門家として、これまで多くの関連書籍や育児本を読んできましたが、あと一歩情報が足りなかったり、表面的に終わってしまうものが多い印象があったんです。

私自身、発達特性のある息子の母であり、最重度自閉症の姉がいます。当事者だからこそ、悩んでいるお母さんたちが最初に調べたときに、細かいところまで答えが書いてある本にしたいと、1年かけてたくさんの内容を詰め込んだ結果、なかなか分厚い本になってしまいました()。

専門家の方がご覧になっても恥ずかしくないよう、きちんと内容をまとめています。多くの専門家の方にも確認していただき、できる限り偏らず、正確な情報になるよう心がけました。

国際基準は「障害」から「特性」へ

著書でもSNSでも、私は発達障害ではなく、発達特性と言っています。これは、より正確で前向きな表現を意識しているからです。

実は10年以上前から、「発達障害」という表現が、正確ではないのではないかと一部で言われていました。本来、英語の「Developmental Disorder」は「発達の順番が異なる状態」を指し、「障害(Disability)」という意味ではありません。しかし、日本に導入される際に「発達障害」と訳され、あたかも薬や治療で解決できない障害のように捉えられてしまい、現在に至っています。

近年、国際的な診断基準が改定されています。2013年には、「DSM-5」(主に精神科の医師が使用する国際的な診断基準と分類を行うマニュアル)で「障害」から「症」へと表記が変更されました。2022年、それまで「発達障害」と呼ばれていた群が「発達障害」は「神経発達症」に分類され「自閉スペクトラム症」「注意欠如多動症」のように、「障害」が「症」に変更されました。特に、30年ぶりの改訂は、日本における今後の診断基準や支援方法に大きな影響を与えるでしょう。発達障害の定義も時間をかけて見直されるのではないでしょうか。

「特性」の二文字で前向きになれる

不可逆性を意味する「障害」の二文字がお母さんたちに与える衝撃ははかりしれません。私は医師として、子どもが発達障害と診断されたお母さん方がどれほど落ち込み、そこから立ち上がるまでにどれほど時間がかかるかを見てきました。

発達特性のあるお子さんは、たとえ多数派と異なる発達や考え方を持っていたとしても、その特徴をうまく伸ばすことで個性や強みとして活かすことができます。それなのに、発達障害という表現でくくられてしまった途端に、「夢を持ってはいけないのかな」「この子は障害児なんだ」と、諦めなければならない気持ちになってしまう保護者が非常に多かったんです。

だからこそ、ママ友ドクターとしてSNSの発信をするタイミングで、発達特性という単語が正しいかどうかは別として、強いて言えば特性なのではないかと考え、発達障害という言葉を極力使わないようにしてきました。

その結果、「そうか、これってうちの子の特徴なのね」と前向きに捉えてくれる方が増えた印象があります。「障害」か「特性」か、わずか2文字の違いは母親にとって全然違って響くもの。それまでとやることは変わらないのですが、表現次第でいくらでも前向きに捉えられるんです。男性のドクターはこの部分にあまり関心がないのかもしれませんが、私は当事者の母として、女性としてやっぱりこの2文字は大きいと思います。

著書にはゆみ先生ならではのポイントが満載

①目安は年齢ではなくコミュニケーション力

著書でこだわったポイントの一つが、冒頭の「コミュニケーションの発達段階チェック表」です。発達のステップは年齢ごとに分けられることが多いのですが、拙著ではコミュニケーション力の段階別にアドバイスを組みました。

例えば、同じ年齢でもよく話す子もいれば、あまり話さない子もいます。その違いを理解し、「この子はゆっくり成長するタイプ、この子は早く伸びるタイプ」と個々のペースに合わせて声かけができるようになっています。

人と比べなくても大丈夫。お子さんの成長に寄り添い、その子に合った関わり方を大切にしていきましょう。

②PCITで自分を客観的に。何でもフォローしてあげるいいお母さん

私自身も大好きなやり方ですが、PCIT(親子相互交流療法)は、親が子どもとどのように関わるか、子育てにおいてどのようなスタンスを取るかに重点を置いたプログラムです。4つのフローチャートに沿って、親も自分のことを客観的に見られるところがすごくいいと思っています。

PCITでも説明されていますが、バウムリンド(アメリカの発達心理学者)の分類として心理学的に知られている「望ましい子育てスタイル」の考え方があまり普及していません。「何でもフォローしてあげて何でもやってあげるのが、いいお母さん」というイメージが世の中に刷り込まれているからです。例えばアニメで、子どもがお醤油をこぼしたらお母さんが文句を言いながらも拭いてあげるようなシーンをよく見ませんか。親世代はそれを見て育ったので、どうしても、母親に子育てを任せきりにする傾向があり、母親自身の個性や感覚に頼ってしまう部分が多いと思います。

確かに、褒めて伸ばす、成功体験を積むというのは自己肯定感を高める上で不可欠です。しかし、子どもは失敗してなんぼ()。最後に何となく本人が頑張った、やりきった達成感が得られれば、失敗したとしてもプラスの経験になります。「失敗して落ち込ませちゃいけない」ということではありません。「何でもフォローしてあげて何でもやってあげるのがいいお母さん」という誤解から一歩離れて自分を客観的に捉えることで、「子どもを伸ばせるちょっとした工夫」に気づくはずです。

③「喋れないから分かってない」という思い込みはすぐに捨てて

地方での相談会で印象的だったエピソードがあります。会話ができず発達支援に通うある男の子について、普段から反抗的な態度を取ると聞いていました。そこで私は、「あなたは物事を分かっているよね」というスタンスで接すると、彼はすぐに打ち解けてくれたんです。「文字が少し分かる」というのでペンと紙を出すと、ニコニコして自分の書ける文字を書いてくれました。翌日も癇癪がうんと減ったそうです。この時私が親御さんに説明したのは、「彼は分かっています」ということ。そこから親御さんが心の持ちようを変えたことで彼も変わったんですね。

でも私も、ここまで来るのに大いに反省した経験があります。私には3つ上の姉がいます。彼女は重度の自閉症と知的障害を抱えていて、幼い頃から「IQ2歳レベル」と言われていましたが、私にとっては憧れの存在でした。幼心に「姉は全てをわかっているが、話せないだけ」と感じていたので、周囲の大人たちは理解していないと決めつけて接していたのがとても悔しかったのを覚えています。

しかし、大人になるにつれて、私も周りと同じように姉を見るようになってしまいました。

医師になり、姉に似た自閉症の子が診察に来た時のことです。筆談や文字盤を使ってコミュニケーションを取る練習を始めているとお母さんから聞き、実際に見てみると、本当にできるんですね。ショックでした。なんで私は姉が分からないと決めつけてしまったのだろう。検査結果がその子の全てを表現したわけではないのに、喋れない=分からないという無意識のバイアスがかかっていたのです。本当に気をつけなければならないと深く心に刻みました。

それ以来、姉のように重い障害があったとしても、喋れなくても、IQが低いと診断されたとしても、まずは分かっているという前提で接していくようになりました。そうすると、先の男の子のように、周りが驚くほど変わっていくんです。喋れなくても理解できていることを、この本と一緒にあわせて広めたいですね。

④すべての始まりは子どもを信じることから。アイコンタクトを基盤に

親子関係でいちばん大切なのは、親が子どもを信じることです。そこからスタートすると、子どもの行動を観察できる余裕が出てきて、なぜその行動をとるのか理由が分かるようになります。子どもが癇癪を起こした時に、「何してんの!!」ではなく、「これがやりたかったことなのね」と親が言ってくれると、それまでギャーギャー泣いても「ママが分かってくれた」と落ち着いてくるんです。

そのときに欠かせないのがアイコンタクトです。私も目を合わせるとこんなにも情報交換が早いんだと驚くことばかりですが、非言語コミュニケーションの重要性は、この10年で急速に研究が進み、多くのエビデンスが示されています。

実は、子どもと目を合わせるのがいちばん多いのは、怒るときではないでしょうか。そうするとますます皆さんますますコミュニケーションが途絶えてしまう。だからかえって注意したいとき、怒りたいときはあえて目を見ない、注目しないというペアレントトレーニングもあるほど、アイコンタクトは重要です。

⑤親が見てくれているだけで子どもは嬉しい

子どもにとって、親の注目を浴びたいというのは、すごく大きなモチベーションになります。子どもは、親に見てもらってるだけで褒められている気分になるので、注目してあげることは、子どもを伸ばすいちばんのテクニックなんです。「靴履いてるね」「ご飯食べてるね」「お着替えしてるね」。お子さんの行動をよく見てあげて、それを声にそのまま出すだけで構いません。これなら、褒めなくてはと気負わなくてもよいので気が楽になりませんか。子どもは見てもらっているのが嬉しくて不思議と素直になり、言うことを聞こうとしてくれるんですよね。

ただ、自閉症の特性が強い子は、注目することが苦手なので、なかなか目が合いにくいんです。その場合は、何か欲しいものをあげるときなど、ニコッと笑ってからものを渡したり、そのまま注目してあげるだけで目を合わせる習慣がついていきます。子どもは、自分にとって楽しいことを提供してくれると嬉しいですから。未就学児であれば、それまで全然目が合わなかった子も、約2週間でこちらを見るようになります。そうするとなぜか言葉も出てくるんですね。

アイコンタクトや表情の観察、そして目に見えない信頼関係は、コミュニケーションの基盤。今後、発達支援においても非言語コミュニケーションを伸ばすことが主流になっていくと考えられています。まずは子どもを信じ、こういった非言語的なコミュニケーションを大切にすることから始めましょう。言葉のレッスンはそれからでも十分です。

専門家としてだけではなく、ママ友として共に

「ママ友ドクター」としての活動を始めたのは4年前、ちょうど産休とコロナ禍が重なったときでした。医師としての経験は貴重なものですが、白衣を着て診察室にいると、発言は制限されてしまいますし、どうしても薄い壁ができてしまう。そうではなく、私は1人の女性として、母親として、目の前で困っているお母さんたちに寄り添いたい。そこで、白衣を脱いで、ママ友まではいかなくても、発達特性についての専門的な知識や情報も提供し、みなさんに寄り添って一緒に頑張っていきたいと思ったのが活動のきっかけです。

コロナ禍だったのでオンラインで少人数から少しずつ接していったのですが、特に未就学のお子さんのお母さん方に、心の持ちようや日々のコツをアドバイスすることで、子どもたちは私が想像しているよりもずっと伸びることが分かりました。これは発達特性に限ったことではありませんが、子どもの力を実感しています。

発達特性を誇りに思える社会へ

安心して頼っていいママ友代表みたいな形でいられたらと思ってここまできましたが、卒業された方も含めて「子ども発達相談アカデミーVARY」という名の全国30都道府県、海外6ヵ国に140人以上のコミュニティができるほどになりました。

今は、その皆さんが、先輩ママとして他のママを支えられるような仕組み作りをしたいと思い、出版を本をきっかけに「日本小児発達子育て支援協会」を立ち上げました。この活動を単なるコミュニティに留めるのはもったいないので、できれば一つの「社会資源」として作り上げていきたいと考えています。

今、目の前にいる発達特性のある子どもたちが大人になったとき、「親に心配かけたけど、特性があってよかった」と言える社会にできるよう、一緒に頑張ってくれる方をいつでもお待ちしております。

この記事の前編はこちら

発達専門小児科医・西村佑美先生「発達特性がある息子を最初は受け入れにくかった…」葛藤を経て、普通じゃないからこそ魅力的と愛せるようになるまで
言葉の遅れ、多動。「まさか息子は発達特性?」 振り返ってみると息子は1歳になるまでは、言葉を話し始めるのも早く、いろいろなことに積極的で、...

著書はこちら

『最新の医学・心理学・発達支援にもとづいた子育て法 発達特性に悩んだらはじめに読む本』

西村佑美著/定価1760円(税込)/Gakken

1万組以上の親子を診た豊富な臨床経験と、自らも発達特性のある子を育てた実体験に基づく医師&母親目線のアドバイスが詰まっています。発達障害の不安や手のかかる子育ての悩みを抱える親御さんに寄り添い、子どもの成長や日々の関わり方について何度でも頼れる、西村佑美医師による初の著書。

お話を伺ったのは

西村佑美|小児科医

発達専門小児科医/一般社団法人 日本小児発達子育て支援協会 代表理事。日本大学医学部卒。小児科専門医。子どものこころ専門医。日本大学医学部附属板橋病院小児科研究医員。発達特性を持つ長男を含む3児の母。最重度自閉症のきょうだい児として育ち、障害児家族に寄り添える仕事がしたいと医師を志す。第一子出産後、発達特性を持つ親としての経験を活かし発達専門外来を開設。2020年より「ママ友ドクターR」プロジェクトを立ち上げ、SNSやアカデミーでママたちの支援を行う。2024926日(木)に『最新の医学・心理学・発達支援にもとづいた子育て法 発達特性に悩んだらはじめに読む本』(Gakken)を発売。Instagram

取材・文・写真/黒澤真紀

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