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男子御三家中高に入学したものの、高校でゲームにハマりすぎて……
――阿部さんは男子御三家中高一貫校と言われる武蔵高等学校中学校の出身ですね。在学中、ゲームにハマる日々を送り、大学入試に十分に取り組めずに、高校卒業後は飲食店でアルバイトをしながらゲームをする2年間を送ったと、著書にも書いてありましたね。
阿部さん 小学生の頃からゲームは好きだったのですが、本格的にハマりだしたのは高校1年のときです。同級生たちが当然のように大学進学を視野に入れ始める中、私は将来のビジョンを明確に描けずにいました。どんな大学に行き何を勉強し、どんな職業につきたいかわからない─―。漠然とした不安を感じ、そのモヤモヤの大きさに比例するように、ゲームの時間も増加していったのです。
同じようにモヤモヤを抱えた「ぷよぷよ」好きの友人と出会い、熱中する日々。さらに、パソコンでオンライン対戦ができる「ボンバーマンオンライン」にハマりだしたのもこの頃です。このゲームは、戦略性の高さや技術応用の幅が広く、頭脳戦でチームメイトとの連携も必要。勉強より成長できる気がしてのめり込み、初めての大会で勝利をつかんだときは、本当に達成感を感じていました。

――目的を達成するために努力し、勝利に向かうというのは、まさに受験と同様のがんばり方ですね。
阿部さん そうなんです。頭脳を使う戦略的なゲームは、そのまま受験戦略にも使えるような思考とアクションですね。それがおもしろかった。ただ、ゲームへのハマり方については、ポジティブなハマり方とネガティブなハマり方があります。
私の場合は、中学時代と医学生になった後は学生生活とゲームを両立でき、ポジティブにハマれていたと思います。ただ、高校時代、そして高校を卒業して目標がなくフリーターをしながらゲーマーをしていた頃はネガティブなハマり方だったと思います。今の医師としての目で見れば、「深刻なゲーム依存の疑い」と診断せざるを得ない状態でした。
部活や習い事、友達との交流ができていればゲーム依存ではない
――ポジティブなハマり方とネガティブなハマり方とは、具体的にどう違うのですか?
阿部さん 重要なのは、生活に支障をきたしているかどうか。ゲームを長くやっていても、部活も習い事もやって、友達とも過ごして勉強もしていれば、ただゲームを長くやっているだけです。ゲームの時間が長い=依存って考えるのは親側のちょっとよくないところです。実際、僕のところにゲーム依存だといって診療に来る親子の場合、そうでもないケースはけっこう多いのです。ただ、
・ゲームのために周囲とのコミュニケーションを減らしている
・隠れてゲームをし、ウソをつく
・ゲームの影響で昼夜逆転している
・ゲーム以外に目標がない
・ゲームの影響で親子関係が不良になっている
どれかに当てはまっていたら要注意です。
私の場合は、中学時代はゲームばっかりの生活では、という思いもあって勉強もしていたし、成績もよかったのです。ところがゲームへのおもしろさが増し、ゲームをする時間がもっとほしくなり、夜中までプレイするので昼夜逆転し、生活自体が乱れました。親との関係も悪くなり、大学受験も後回しになっていた。ゲーム仲間はいたけれどそれ以外のところはおそろかにしていました。「逃避」ですね。
高校を卒業してフリーター、ゲームの世界ではヒーロー
――阿部さんのお宅から学校までの通学時間が長く、ご自身で両親に提案して、高校からは学生寮で一人暮らしをしていたのですよね。そこからゲームをする時間も長くなり、没頭するようになったのでしょうか。
阿部さん 親の目の届かないのをいいことに、ゲームにハマり成績が落ちる、受験が近くなり、まわりが勉強をがんばっている中で自分ががんばれなくなったことでより勉強したくなくなる。一方で、ゲームの世界ではどんどん認められていくのです。
勉強面の不安が強かったけれど、ゲームの世界ではスター。そっちで輝いていくにつれ、現実の世界からは逃げるようになりました。
――大学受験は……。
阿部さん うまくいかず、共通テスト(当時の名称はセンター試験)を受けただけで早々に受験を終了。両親には「浪人して予備校に通う」と言って、一人暮らしを継続。しかし予備校に行かず、両親に黙ってフリーターの道を選択したのです。池袋のファミリーレストランでアルバイトを始めました。

阿部さん さすがに勉強せずにフラフラしていることに親が気づき、怒ってしまって仕送りも止まりました。そこからは本物のフリーターになりました。
フリーターを始めてみたら、お金を稼いで社会人としてやれている、自立しているっていう自信のようなものもついてきたんです。私が勤務していたところは、アルバイトでもリーダーになり、ランクが上がっていくような仕組みになっていて、やりがいもありました。
――ゲームの世界ではヒーローのようになっているのですから、ゲームの世界で生きていこうとは思わなかったですか?
阿部さん 20年ほど前の当時は、ゲームでプロになるという選択肢はありませんでした。ゲームの世界で生きていくとしたら、ゲームの作り手になるしかなく、その選択肢はありませんでした。
ちなみに2026年の若者には、プロになる選択肢もあります。しかし賞金だけで生活するのは厳しく、非常に狭き門です。ゲームのプロと言っても、ゲームだけで生活できる人はごく一部です。
ゲーム依存の状態から抜け出して子どものために尽くす仕事を
――ある意味、安定していたゲーム中心の生活、それをやめて医師への道を歩み始めたきっかけは。
阿部さん 高校を卒業して2年たった冬、熱中していたゲームのサービスが終わってしまったんです。それで胸にぽっかりと穴があいたようになってしまい、ほかに熱中できるゲームを見つけようとしていました。そしてちょうどその頃、アルバイト先で「社員にならないか」というお誘いがあったんです。
仕事ぶりを認めてくれたのもうれしかったですし、どうせやるなら社員のほうがいいよな、と思いました。飲食チェーンで一部上場企業ですし、悪くないとも思いました。30代後半になれば店長にもなれます。
ただ、踏みとどまる決め手になったのが、店長から先はどう生きていけばいいのか、ということでした。店長になった後に、その先の人生をどう挑戦していくのか、見えてこなくて。

阿部さん ゲームの世界の住人たちとのネットコミュニティでも将来のことを少し相談しました。すると年配のゲーマーの方が「まだ若いんだし、これから先いろいろできるんじゃないか」とアドバイスをくれたんです。それが刺さりました。ゲームに没頭したくて大学受験をやめた自分ですが、もう一度自分の人生を考え直してみようと。
そのときに、「子どもに関する仕事をしよう」と思ったんです。最初は幼稚園の先生や保育士を考えていましたが、勉強を始めたら思いのほか成績が伸びました。それで小児科医を目指したのです。ゲームが原因で親子のコミュニケーションがうまくいかなくなったり、現実を避けるようにゲームに没頭してしまったりする子どもたちを助けたい。そして、ゲームを通じて得られる能力があることを伝えたいという気持ちが強くなりました。
実際、自分も受験勉強にはゲームで培った集中力や忍耐力、挑戦する熱意などが大いに役立ち、医学部に合格することができました。
――自らがゲーム依存を経験し、そこから抜け出した阿部智史さん。だからこそ、子どもたちのゲームを楽しむ気持ちに寄り添い、保護者たちにもその思いを代弁、解決へと導くことに力を注ぎます。後編では、ゲームをする子どもたちの親が留意すべきことを伺います。
後編を読む
お話を聞いたのは
1987年生まれ。家庭医療専門医・指導医。医療法人救友会理事長、東海大学医学部付属病院総合内科学客員講師。中学受験の難関とされる御三家・私立武蔵中高から東海大学医学部へ。高校時代から高校卒業後の3年間でゲーム依存になりどん底を味わった経験から、2021年に仲間とDr.GAMESを設立。日々の診療の傍らゲームの問題で悩む親子やゲーマーのサポートをしている。現在も熱心なゲーマーであり、複数のオンラインゲームで全国ランキング1位の経験を持つ。東京2020オリンピック選手村ドクター。2024年には東海大学医学部付属病院スポーツ外来にeスポーツ外来を新設した。1児の父。著書に『ゲームしながら受験で勝つ! 医師が教える子どもが自ら学び出すセルフコントロール力』(新潮社)
Dr.GAMESではゲームの問題で悩む方々のオンライン相談を実施しています。
《なぜ「ゲームが上手い子」は「勉強もできる」ことが多いのか? 現役医師が証明する、逆転の合格術!》
ゲームの時間を削っても、成績は上がらない──これ、本当です。受験とゲームの意外な共通点やゲームにまつわる悩み相談など、ゲームと戦略的に付き合うメソッドが満載。ゲームを「敵」から最強の「武器」にすれば、論理的思考力、問題解決能力、自走する力がいつの間にか身につく! 御三家中高出身の医師による、画期的な子育て本。
この記事を書いたのは
インタビューを中心に教育、子育て、医療、介護、食などのテーマで WEB・雑誌・書籍などの記事を執筆。お話を伺う方にたくさんの学びをいただいています。社会福祉士、法定成年後見人、中学校・高等学校教諭一種免許状、生涯学習2級インストラクター(栄養と料理)