「うちは他の家と違う」毒親だと気付いて10年間絶縁。自分が親になって得た気付き、その後関係が改善したワケとは【漫画家 田房永子さん経験談】

コミックエッセイ『母がしんどい』がベストセラーとなり、親子関係の書籍を多く執筆されている田房永子さんにインタビューしました。過干渉なお母さんに育てられた子ども時代の話、ご自身の子育て、そして現在のお母さんとの関係について伺いました。

常に「お母さん劇場」に巻き込まれる!過干渉な母に振り回される子ども時代

――田房さんのお母さんはどのような方だったのでしょうか。

田房さん:過干渉でしたね。私の事情を全く汲まず、全て自分の思い通りにしようとする人でした。服とかも全部お母さんが決めて、私が「これは嫌だ」と言うと、すごく怒って、結局それを着るしかないという状況に追い込むんです。私の感情までも決めつけられることもありました。例えば私が泣くと、「そんなことで悲しむなんて頭がおかしい」みたいなことを言うんです。お母さんに恥ずかしい思いをさせられることが多かったです。

『母がしんどい』より

――「お母さんに恥をかかされる」というのは、どういう感じだったのでしょうか?

田房さん:外で怒られることもあったし、さらにお母さん独特のセンスがあって、例えば普段着っぽく見えるパジャマを学校に着ていくように言われるんです。お母さんのセンスではおしゃれだと思っているようですが、どう見てもパジャマなんです。修学旅行のときも、3着のうち2着がそんな服で、本当に辛かったです。男子に「それってパジャマじゃない?」と言われて、心臓がぎゅーっとなったのを覚えています。

漫画にも書いた、イタリア風のお弁当の話もそうですし、当時は言葉にできずただ怒りや混乱でいつも張り裂けそうな気持ちを抑えるので精一杯でしたが、今言葉にすると「私に恥をかかせないでほしい」「小学生としての最低の尊厳を保たせてほしい」と思っていましたね。

『母がしんどい』より

――機嫌に左右される感じなのでしょうか?

田房さん:機嫌もあるとは思うのですが、それを凌駕するほどのパワフルさというか、機嫌の波すら見えなかった気がします。常に「お母さん劇場」に参加させられているんですよね。お母さんが主演で、私は助演。その他大勢のモブではありません。必ず助演させられるというのが本当にきつかったですね。2、3歳頃から始まっていたと思います。

――「うちは他の家庭と違う」と気づいたきっかけはありますか?

田房さん:小学高学年くらいですかね。突然習っていたバレエをやめさせられたんです。その教室は同じ小学校の子たちばかりだったので、やめるとなると恐怖なんですよね。ちょうど思春期の時期で、当時小学校の人間関係ってグループが全てという風潮があったので。

それなのに、お母さんはいきなり「来週やめます」と決めてしまうから、私も抵抗して泣き叫んで、やめてくれと言ったんですが、聞き入れられず…。それに私が泣き叫んだこと自体もみんなに広まってしまうんです。お母さんが決めたことに振り回されることばっかりで、そのあたりから、うちって何か激しいな、他の家とは違うなと思うようになったんだと思います。

『母がしんどい』より

田房さん:それでも、高1くらいまでは、お母さんは愛情深い人だと思っていたんです。愛情深いから、一生懸命になりすぎる人っていう捉え方ですね。ネガティブには捉えないようにしてたんです。だって、子どもが親を否定することって「自分の死」を意味しているから。

でも、高校2年生あたりになると、さすがに「マジでやばいな」と思ったんですよね。情熱とか愛情とかではないぞと。突然部屋に入ってきて「お前は腐ってる」とか「お前はどうしようもない人間だ」とかめちゃくちゃ言ってくるんです。それで私が「うるさい!」みたいに返すと、そこから取っ組み合いみたいになるんですよね。それで最終的に私が泣くとか、お母さんが泣くとか、何かしらの盛り上がりがあると、最終的にはお母さんが「私は愛してるのよ…」とか言うんです。先ほども言いましたが、本当に理解しがたい「お母さん劇場」なんです。

『母がしんどい』より

田房さん:それに、そもそも先に、お母さんがいきなり攻撃してきたのに、それに反発すると、「キレるなんて、最低」みたいな、私が悪いことに話をすり替えるんです。そして、それが何度も続くと自分でもよくわからなくなってくるんですよね。だから子どもの頃は「私ってやばいのかな」とか反省してしまうわけです。母と子という立場の違いを利用してそういうことをするのは、卑怯だと思います。

――お父さんとはどのような関係だったのでしょうか?

田房さん:お父さんとは全く会話はありませんでした。だからこそ、「お母さん劇場」の横をお父さんがスーッと通る時は私の味方だと思ってたんですよ。お母さんはヤバすぎて、お父さんが止めるともっと激しくなるから、敢えて何もしないんだというストーリーを自分の中で作っていたんですよね。

でも実は全然違ったんです。大人になってからですが、お父さんは私のこと何も考えてないし、知らないし、わかってないし、味方でもなかったってことに気づいて、本当に衝撃を受けましたね。

「自分がしてほしくなかったことをしない」が子育ての最大の方針

――現在2人のお子さんがいらっしゃる田房さんですが、ご自身が子育てをする中で、お母さんと同じような行動をしていると感じたことはありますか。

田房さん:それはやっぱりあるんですよね。すごくわかる時があるんですよ。「これ、お母さんのやつだ」って…。例えば、娘の成績がすごく気になっちゃう時とかあって、まさに「お母さん劇場」が開幕しそうな瞬間があるんですよね。「大丈夫なの?」「やんないとダメだよ」としつこく言っちゃうとか。

そうすると、娘がいつもと違う顔になるんですよ。私に対して何もしゃべりたくないみたいな顔になって…。その顔を見て、ハッと気づくみたいなことはありますね。娘の表情ってめちゃくちゃ助かるんですよ。私が真剣に話してる時は真剣に聞いてくれるし、私が変に興奮すると、「もういらないです」みたいな感じになるんです。

ちくまQブックス『なぜ親はうるさいのか』より

――そういう自分に気づいたときはどうされているんですか?

田房さん:今の私は、娘の高校進学についてがいちばんスイッチ入りやすくて、それに娘を巻き込んじゃうんですよ。だから、劇場のスイッチが入りそうになったら、「どうして私はそこまで娘の進路が気になるんだ?本当は何を心配しているんだ?」と注目の矛先を「娘の未来」から「今の自分」にスライドするようにしています。そうすると、落ち着いてくるので、それでやり過ごしていますね。

やり過ぎた時は、謝っています。「ちょっと言い過ぎてごめんね」とか「いっぱいいっぱいになっちゃった」と、あくまでも「ママの事情だよ」と伝えています。

ちくまQブックス『なぜ親はうるさいのか』より

田房さん:私、子どもを生んだ時に、「自分が母親にしてほしくなかったことをしない」って決めたんですよね。それが、「茶化さない」「否定しない」そして、「体のサイズにあった服や下着を買う」ということです。私は子どもがいい学校に行くことよりも、この3つだけ頑張ろうと思ってやってたんですよね。

子育てから得た気付き「自分だけが悪かったわけではない」

田房さん:それは私にとっても良かったんですよね。「私はお母さんみたいな母親ではない」と自分に自信が持てたっていうか。私は子どもの頃、どんなことが起こっても「お前がおかしい」「お前が悪い」ってずっと言われてたんです。でも自分の子どもと関わっている中で、自分だけが悪いことなんてなかったなって気付いたんですよね。そういうことを思う時に、自分も同時に癒されている気がします。

約10年間の絶縁状態の後、現在のお母さんとの関係は?

――現在お母さんとはどのような関係ですか?

田房さん:お父さんの方がちょっと話せるって感じですね。でも、3年くらい前からお母さんには誕生日にお花を贈るとか、そういうのはしていますね。

――それはご自身の子育てで、色々な気持ちが消化されたからなのでしょうか?

ちくまQブックス『なぜ親はうるさいのか』より

一生許せないって思ったけど…

田房さん:大人になってから、お父さんが私ではなくお母さんの味方だったと知ったときは、ものすごくショックで、2人のことをすごく恨んだんですよね。結婚して10年くらい経つまでは娘も会わせなかったし、交流もしてなかったんです。一生許せないと思ったけど、10年経って、よく考えたら、相当おじいちゃんになっているなと思ったんですよね。逆に、私は40代で社会の中心の世代じゃないですか。そう思った時から、ちょっと変わってきたんだと思います。

お母さんの方もちょっと変わったんですよね。昔は本当に脅威で、何かの用事でちょっとでも電話しちゃうと、お母さんのペースで全てが動き出すんですよ。でも最近は、こちらの状況を伺ってくれるし、嫌なことはしてこないようになりましたね。

2人とも、私に敬意を持ってくれるようになったんですよね。私の仕事をほめてくれるとか、言葉づかいも丁寧になったし。読者さんに「それって親が介護してほしいからじゃない?」と言われたこともあったんですが、そういう計算があるにしても「まあいいか」という気になっているんですよね。

ちくまQブックス『なぜ親はうるさいのか』より

田房さん:何でも話せるとかではないけれど、最低限のベースができたっていうか。お母さんと私の間に防波堤が建てられたみたいな。やっと距離がちょっとできた。だから、お母さんへというより、私とお母さんの関係の変化へ祝福の花を贈っているみたい感じがしますね。

とはいえ、そういう話もできないわけです。「お母さんと私の関係、変わったよね」「昔はこうだったよね」とか、本当は話せたら楽しいと思うのですが。

――ありがとうございました。親と子はわかり合わなくてもよい。わかり合えないと思っていた方が、ちょっと相手のことをわかったときに嬉しいと思えるという田房さん。親子だから、と過剰に距離をつめるのではなく、人と人として接する気持ちが大切なのだと気づかされました。

さらに詳しく知りたい方は、『母がしんどい』『なぜ親はうるさいのか』もぜひ読んでみてください。

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お話を伺ったのは

田房永子|漫画家、エッセイスト、コラムニスト
1978年生まれ、東京都出身。2000年、雑誌「マンガエフ」で漫画家デビュー。第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を刊行し、ベストセラーに。2016年、「キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」(竹書房)を発行。自分自身の加害に向き合った作品として今もロングセラーとなっている。私生活では2児の母。
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取材・文/平丸真梨子

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