「白い歯は保険診療でどこまでできる?」「AIで歯の治療ができるってホント?」歯科の最新技術について歯科医が解説

いよいよ大阪・関西万博が始まり、空飛ぶクルマや自動翻訳システム、AI(人工知能)などの最先端技術を実体験できる絶好の機会を迎えていますが、近年は歯科も含めた医学分野でデジタル技術を駆使した新しい医療システムが活用されるなど、日進月歩の発展を遂げています。
今回は、デジタルツールやAIなどの新技術と歯科との関わりについて論じます。

執筆/島谷浩幸(歯科医・歯学博士・野菜ソムリエ) 

より自然な口元が保険診療でも可能に

保険診療と言えば、「奥歯は銀歯」というイメージを持つ人も少なくないのではないでしょうか? 実際、今でも銀歯は虫歯治療の修復物では一般的ですし、「白い歯」を入れるためには数万円もする高額の自費診療で…と悩む人もいるでしょう。

しかし近年、保険診療でも「白い歯」の適応が増え、2024年時点ですでに奥歯(大臼歯)まで「白いかぶせもの」を入れることが可能です。噛み合わせのバランス等の条件がありますが、そこで活用されるのが「CAD/CAM冠」(図1)や「PEEK(ピーク)冠」です。

図1. 金属冠とCAD/CAM冠

CAD/CAM冠はレジン(プラスチック)とセラミック(陶器)を混ぜたハイブリッド素材で、PEEK冠はレジン(高強度プラスチック)ですが、いずれもコンピューターで設計したデータを基にして機械で削って作ります。

これらはセラミックに比べて強度や見た目の審美性は劣りますが、保険適用で白いかぶせ物を入れられる、自費診療と比べて治療費用を抑えられる、メタルフリー(金属材料を使わない)で金属アレルギーの心配がないといった多くのメリットがあります。また、高騰する金属材料費への対応としても期待されます。

なお、義歯(入れ歯)でも審美面の技術進歩は進み、目立つ金属の代わりに歯肉色の特殊な弾力性樹脂を用いた義歯も使用できますが、現在のところ保険適用外です(図2)。

図2. 義歯の審美性の比較

歯科のデジタル化

一般的に、虫歯治療で歯を削った後に詰めたりかぶせたりする銀歯などは、歯科技工士のアナログ的な手作業で一から作り上げるのが従来の作製法です。

現在もこの作業が主流ですが、CAD/CAM冠のようにデジタル化された歯の形態を基に、レジンの四角いブロックから機械が削り出して作るデジタル技術が増えつつあります。

また、レントゲン写真も以前は、撮影したフィルムを暗室で現像液や定着液に浸して…という手間と時間のかかる処理が必要でしたが、現在ではデジタル画像に置き換わり、撮影してほんの数秒で画像を確認できます。

このように近年のデジタル歯科技術の発展は目覚ましく、他にも挙げてみましょう。

口腔内スキャナーの活用

歯科デジタル化の流れの中で、口の中の画像を撮影する口腔内スキャナーも注目です。

これまでのCAD/CAM冠の作製では、粘土状の印象材を用いて口内の歯型を採得し、石膏(せっこう)で模型を製作後に卓上スキャナーで模型をスキャンして、支台歯(歯科技工物を作る歯)のデジタルデータを得ていました。しかし、口腔内スキャナーを使えば、直接口の中からデジタルデータを得ることができます。

この利点は、印象材を使用しないことで患者(特に、えずきやすい人など)の負担軽減になるだけでなく、印象材を介した口腔内細菌の感染防止、印象材や石膏などの医療廃棄物の削減にもつながります。

さらに、歯科医院と歯科技工所のコミュニケーションがデジタルデータの送受信だけになるため、治療時間・期間の短縮にもなります。

歯科用3Dプリンターの活用

一般的に3Dプリンターは製造業を中心に使用される装置で、デジタルデータをもとに樹脂や金属製の模型を造形できますが、歯科分野での活用も進んでいます。

3Dプリンターの内部

3Dプリンターは使う素材や造形の仕組みなどで数種類に分類されますが、歯科で使われる3Dプリンターの多くは「光造形方式」です。

この方式はUV硬化性樹脂(紫外線を当てると硬まる)のレジンに光を照射して硬化させ、1層ずつ積層させて立体模型を作り上げます。微細な造形が可能で、他方式と比較して表面の仕上がりや寸法精度に優れるのが特徴です。

歯科用3Dプリンターの代表的な用途として、歯列模型や矯正歯科、インプラント治療などが知られています。

歯列模型はデータさえあれば必要な時に用意できるため、模型の保管スペースを別の用途に活用でき、チーム内での治療計画や患者に対するインフォームドコンセントにも活用しやすくなります。

また、矯正歯科ではマウスピース型矯正装置を造形でき(図3)、インプラント治療では、インプラントを顎骨に埋入手術する深さや角度を事前にチェックするための「サージカルガイド」を造形するのに活用されています。

造形の自由度が高く、各患者に適応したオーダーメイドの歯科治療モデルを作製できる歯科用3Dプリンターは、今後も注目です。

図3. 歯科用3Dプリンターの活用

歯科とAI

昨今は、2000年代半ばから現在に至る第3次AIブームにあると言われ、AI技術の医学領域での研究も進んでいます。

米国FDA(アメリカ食品医薬品局)では、すでに60を超えるAI搭載医療機器(ソフトウェアも含む)が承認され、日本でも脳に関するMRI検査機器や大腸における内視鏡検査機器が認可されています。

歯科領域でも先述の3Dプリンターなどの機器にAIがすでに搭載され、AIを用いた診断技術を中心に研究が進んでいます。特に口腔二大疾患である虫歯・歯周病、悪性腫瘍、顎関節症等についてはエックス線やCT画像を用いたAI診断システムが開発され、高い精度を示しています。

2020年にドイツなどの共同研究グループが報告した内容によると、虫歯の診断で3293枚のエックス線画像を用いて学習したAIのほうが、4名の歯科医師よりも統計学的に有意に高い正解率を示し、特に臨床的に診断が難しい初期う蝕(虫歯)においては歯科医師よりも高感度を示しました(図4左)。

図4. AIと歯科医師の診断精度の比較

また、歯周病診断でもAIが活用され、2019年にドイツの研究グループは1456枚のエックス線画像を用いて歯槽骨(歯を支える骨)の喪失量を計測・分類するシステムを構築し、診断精度をAIと歯科専門医で比較しました。その結果、353枚のテストデータで算出したAIの正解率は8割を超え、6名の専門医の正解率と同等になりました(図4右)。

このように効果的なAIは、大量のデータを高速で解析して効率的かつ正確に情報処理し、パターンや関連性を見出すことは得意です。しかし一方で、人間が持つ複雑な感情や直感的な判断が難しく、倫理的・道徳的な側面を理解することは、まだ不十分だと言われています。

歯科医療は患者のQOL(生活の質)に深く関わる分野であり、患者の気持ちに寄り添った心のこもった対応や心配りは、やはりまだ人間にしかできない領域だと言えるでしょう。

そのような中、患者情報の分析やカルテの音声入力、予約システムの効率化など、AIの歯科的活用法も研究が進められています。

歯科とロボット化

2024年、アメリカの企業が開発したAI制御の自律型ロボットが、世界で初めて完全自動の歯科治療を人間に対して成功させたと発表されました。

このロボット医療システムは、患者の口内3Dデータをスキャナーで記録し、AIで自動立案された治療計画に従ってロボットアームが正確に操作して、通常2時間以上かかる治療を15分に短縮できたと報告されました。

一方、小児の臨床実習をする機会が少ない歯科教育の現状を踏まえ、2020年に小児歯科のリアル行動(歯科医を怖がって体をよじる、首を振って拒絶するなど)を再現できるロボットが日本で開発されました。

このロボットは身長110センチで5~6歳の子どもを想定し、瞬きや眼球、舌の動きだけでなく、顔色・呼吸も変化して急変ショック時の痙攣(けいれん)の動きも再現できます。

そのため、安全な小児歯科治療を習得する目的で、福岡歯科大学病院の研修などにおいて、すでに活用が始まっています。

現時点における歯科業界でのAIの位置付けは、あくまでも補助的なツールに過ぎませんが、AIにできる仕事を任せることでAIにできない仕事に集中できるような環境が整えば、言わば歯科助手の一員としてチーム医療を支える存在になるかもしれません。

今後の技術革新に期待したいですね。

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記事執筆

島谷浩幸

歯科医師(歯学博士)・野菜ソムリエ。TV出演『所さんの目がテン!』(日本テレビ)等のほか、多くの健康本や雑誌記事・連載を執筆。二児の父でもある。ブログ「由流里舎農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。X(旧Twitter)も更新中。HugKumでの過去の執筆記事はこちら≪

参考資料:
厚生労働省:令和6年度診療報酬改定の概要【歯科】,2024.
・大野彩ほか:歯学におけるAI研究と研究デザイン.岡山医学会雑誌133,184-188,2021.
・Cantu AG et al: Detecting caries lesions of different radiographic extension on bitewings using deep learning. J Dent , 2020.
・Krois J et al: Deep learning for the radiographic detection of periodontal bone loss. Sci Rep, 2019.
・知財図鑑:全自動ロボットによる歯科治療、米Perceptive社が新技術を発表.知財ニュース,2024.
・日刊工業新聞:歯医者なんて絶対嫌!子供の動きをリアルに再現した「ペディアロイド」.ニュースイッチ,2020.

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