わざとゆっくり。強くなるために休む。「最新のスポーツ科学」で目からウロコ! 逆効果の努力で消耗しないための〝冷静なサポート〟とは【子どものスポーツを応援する】

スポーツを頑張る子どもとその親は必読! 最新の「スポーツ科学」をもとにしたトレーニング・メソッドについて、スポーツ科学の研究者・後藤一成先生(立命館大学スポーツ健康科学部教授)にお話を伺いました。

すぐに試せる! 効果的な科学的トレーニング ①スロートレーニング

――「科学的トレーニング」というと、オリンピック選手やプロ選手のような一流のアスリートが取り組んでいる、最先端の機器を使ったトレーニングのイメージがありますが…。

後藤一成 先生(以下、後藤)そんなことはありません。スポーツの習い事をしている小学生から、部活動を頑張っている中学生、高校生、体育会やサークルに所属する大学生、健康増進が目的の大人まで、誰でもすぐに取り組めるトレーニング方法です。

――そんな夢のような「魔法のトレーニング」とは?

後藤 いくつかおすすめの方法があるのですが、まず、スロートレーニングを紹介しましょう。スロートレーニングとは、文字通り「わざとゆっくり動作を行うトレーニング」です。
 たとえば、脚の筋肉を鍛えるスクワットの場合、通常の方法では、1秒で腰を落とし、1秒で膝を伸ばします。一方、スロートレーニングでは、3秒かけて腰を落とし、3秒かけて膝を伸ばします。

――3倍の時間をかけて、同じ運動をするだけで効果があるのですか?

後藤 実は、驚くべき効果があるのです。実際、スロートレーニングの効果を実証した研究でも、運動後に成長ホルモンが大きく増加することが示されています。

――これなら、自宅でもできますね。

後藤 多くの方はこの方法で十分トレーニングができます。また、ペットボトルに水を入れてダンベル代わりにしたうえで肘の曲げ伸ばしをするなど、腕のトレーニングに応用することも可能です。

今回お話をうかがった後藤一成先生。ご専門はスポーツ競技力の向上に関するトレーニングとリカバリー(栄養・疲労回復)の開発

科学的トレーニング② 低酸素を使わない低酸素トレーニング

――ほかにも、おすすめのトレーニングはありますか?

後藤 「低酸素を使わない低酸素トレーニング」がおすすめです。

――何やら、謎めいたトレーニングですね。そもそも、低酸素トレーニングというと、酸素の薄い高地トレーニングや特別な機器が必要なトレーニングでは?

後藤 確かに、低酸素の環境に移動したり、特殊な機器を使って低酸素を人工的に作り出したりする必要がありました。しかし近年、「低酸素を使わない低酸素トレーニング」が提案されています。その正体は「自発的低換気(VHLトレーニング)」と呼ばれる最新の方法です。
 具体的に言うと、ダッシュや自転車のペダリングなど短時間に全力で行う運動(最長でも7秒程度)を、息を止めた状態で行うトレーニングです。

――運動中は、息を止めるだけ?

後藤 そうです。運動直前までは普通に呼吸し、息を自然に吐いた瞬間に運動を開始します。運動中は息を止め、運動終了と同時に息を大きく吐き出し、その後、大きく息を吸い込みます。これを数セット繰り返すと、「低酸素トレーニング」と同じように、血液中の酸素濃度の低下が見られたのです。

――おお! すごい! スロートレーニングといい、低酸素を使わない低酸素トレーニングといい、科学的トレーニングは、意外にもかんたんにできるものなのですね。

後藤 そうです。ぜひ科学的トレーニングに興味を持ち、取り入れていただきたいと思います。
 ただし、「低酸素を使わない低酸素トレーニング」については、事前に呼吸法の練習が必要です。また、血中の酸素量を測定するなどの安全対策も必要です。トレーニング現場で広く活用されるには、まだ時間がかかるかもしれませんが、体育館やグラウンドでも実施できる身近な低酸素トレーニングとしての活用を目指して研究を行っています。

いつ、どのくらい運動すべき?

――1日のうち、運動に適した時間帯は?

後藤 運動は習慣的に続けることが大切なので、結論から言うと、一日のうち、いつの時間帯でもOKです。強いて言うなら、朝ですね。
 というのも、私たちは起きてすぐは体温が低くて、まだ交感神経に十分にスイッチが入っておらず、血圧も低い傾向にあります。そういうときに運動しますと、強制的に体温が上がりますから、体にスイッチが入り、午前中から体の活動性が上がるのです。

――運動に慣れていない人におすすめなのは? よく20分間ほど歩く習慣が大切だと言われていますが…?

後藤 5分でも10分でもよいので、ウォーキングの場合、腕を振って早足を意識して歩くことがおすすめです。大人が普通に歩く速度は4㎞/毎時前後ですが、6㎞ぐらいのスピードで歩くのが理想的です。すると、同じ速度でジョギングをしているときよりも、エネルギーをたくさん使います。
 以前に実施した研究では、8週間続けると、ふくらはぎの筋肉量が増加することも確認しています。
 ふくらはぎの筋肉は「第2の心臓」とも言われ、血液のポンプのような働きをしていますから、血液の循環が良くなり、結果的に心臓への負担も小さくなります。糖尿病などの生活習慣病の予防にも役立ちます。

――走るより、体への負担が少ないですね。

後藤 走るよりも早歩きのほうが衝撃が少ないため、膝や足首、腰への負担も軽減します。ですから、早歩きしているうちに走りたくなっても、我慢して早歩きを続ける方法はおすすめです。

――我慢して早歩き?

後藤 私たちは歩く速度を上げていくと、だいたい時速6キロから7キロぐらいで自然に走り始めるんです。なぜなら、そのスピードでは、走ったほうがエネルギー消費量が少ないので、楽なんですね。
 ですから、エネルギーの経済性からというと、早歩きはコストパフォーマンスが悪いことになりますが、逆にそれがトレーニングになるわけです。

「強くなるために休む」休養と睡眠の大切さ

――ご著書『最新のスポーツ科学で強くなる!』(記事末参照)では、休養についても言及されていますね。

後藤 休養については、スポーツを頑張っている子どもたちにも、親御さんにも、ぜひ詳しく知っていただきたいと思っています。昔は根性論というか、休まずに厳しくトレーニングすることが美徳であり、必要だと思われていましたが、それは間違いです。パフォーマンスを上げるためには、休養が絶対に必要です。

――本格的なクラブチームでは、なかなか休めないような雰囲気がありますが…?

後藤 どれだけ合理的なトレーニングを行っても、休息が不足すると、十分なトレーニング効果が得られません。短期的に何らかの能力を伸ばすために、多少詰め込んでやるというトレーニング方法もありますが、中長期的な視点から考えると、おすすめできません。
 オーバートレーニング症候群に陥ったり、自信の喪失などメンタルヘルスが低下したり、リスクのほうがはるかに大きくなるからです。

――強くなるために、あえて休むことが重要なのですね。

後藤 そもそも筋肉はトレーニング時ではなく、トレーニング終了後の休息中に生じる修復作業で増強されるものですから。子どもたちには、もっと胸を張って、「強くなるための休養」をとってほしいなと思います。特に十分な睡眠をとることが大切です。

親だからこそできるサポートとは

――スポーツを頑張る子どもに親がしてやれることは?

後藤 科学的トレーニングを取り入れ、栄養のバランスよくたくさん食べて、たくさん眠って(休養して)強くなるというのが王道です。その際、親御さんがいかに冷静にサポートするかという点も重要です。

――冷静なサポートとは?

後藤 試合に勝ったり、レギュラーになったり、良い記録を出したりすることも大事なんですが、やはり長い目で見ると、夢や目標に向かって自分がどういった努力をしてきたか、そちらのほうが、はるかに価値があります。

――子どもに期待して、親のほうがつい熱くなってしまいがちですね。

後藤 親御さんの気持ちも分かりますが、「熱くなりすぎない」という姿勢が必要です。

ご自身も柔道をたしなみ、お子さんもスポーツを楽しんでいるという後藤先生

――科学的トレーニングを学ぶ意義とは?

後藤 今、自分が行っているトレーニングにどのような意味があるのか、なぜここで休息を取らなきゃいけないのか、自分自身で理解をして実践できることが最大のメリットです。

――学校でやっている探究学習みたいですね。

後藤 その通りです。自分の体を使った研究なのです。自らに関わる問題を発見し、その問題解決のために課題を抽出すること、そしてその解決策を考える経験は、大人になって社会で仕事する際にも非常に役立つでしょう。
 また、自分に見合った目標をたて最後までやり抜くという挑戦は、子どもにとっては「自信」という将来の宝物になります。

――スポーツを頑張る子どもを応援する親御さんに、アドバイスをお願いします。

後藤 運動・休養・食事に関わる正しい知識を知ることが大切です。
 食事については、必要なら、おにぎりや肉まん、フルーツなどの間食でカロリーを補ってあげましょう。正しい知識をもとに、「これはやりすぎだよ」「栄養や休養はしっかりとったほうがいいよ」とサポートしてあげてください。

後藤一成 ちくまプリマ―新書 924円(税込)

毎日欠かさずトレーニングより休養日、朝練よりも睡眠が大事!
国内外の最新の研究結果から導き出す効率的に鍛えるための新事実。競技力向上のために必要なトレーニング、コンディショニング、栄養補給についての30講義。

お話を伺ったのは…

後藤一成 立命館大学 教授

2004年筑波大学大学院博士課程体育科学研究科修了。日本学術振興会・特別研究員、早稲田大学スポーツ科学学術院助教を経て、2010年より立命館大学スポーツ健康科学部准教授を経て、2017年から同学部教授。スポーツ競技力向上および健康増進をねらいとした運動(トレーニング)、休養(リカバリー)、食事(ニュートリューション)方法に関する研究を行っている。

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構成・文/ひだいますみ

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