「母親が がん」の告知と向き合うということ
4年前の冬、小学3年生の娘を持つ主婦の由紀さん(44才)は、がんに罹患しました。詳しい病名は「腺様嚢胞がん」。耳や顎の下にある大唾液腺や口腔、鼻腔などに発生することが多いといわれる希少がんのひとつです。
医師からがんの告知を受けた後、由紀さんは娘に病気の事を伝えるかどうか悩み続けました。当初は「咳の病気」と伝えていたものの、やはり治療のための入退院が長引く際、娘の体調や精神面がややもバランスを崩しているという事も心配でなりませんでした。
手術や抗がん剤治療を受けていくなか、由紀さんは緩和ケア医からのアドバイスを受け、ついに娘への告知を決意しました。
それは、母、由紀さんにとっても「がんと向き合う」「がんを受け入れる」という意思を固めた時でもあったのです。
一方、母から病名について伝えられた娘・さやかちゃんは「ママの応援団になる」と心強い言葉をかけてくれました。さらに、娘への告知は、家族の団結力をより深める事になっただけでなく、「がん」に対する理解を広めたいという社会へのメッセージとしても波及することに・・・。
自由研究のテーマに娘が「がん」を選んだ理由
「がんのことを知っていれば、親がどんな病気にかかっているかを理解できるし、もし、自分ががんになった時でも焦らないなと思いました。私が自由研究を通して伝えたかったこと。それは、がんはきちんと治療をすれば怖くない病気だということです」
小学6年生のさやかちゃん(現・13才)は、昨年の夏休みの課題、自由研究のテーマに「がん」を選びました。
スケッチブック大の表紙をめくると、得意のイラストや漫画を交えながら丁寧な文字で研究内容が記されています。その数はなんと30P。
力作の一部をここにご紹介しますね!
小中学生に対するがん教育も
はからずも軌を一にして、文部科学省主導で小中学生に対するがん教育の推進が行われるようになりました。
さやかちゃんの学校でも保健体育の授業で「がんの種類についてどれだけ知っているか?」というテーマで児童らの話し合いの場が設けられました。
「私はママを通してがんについて知っていたけど、友達は知らない人が多かった。乳がんのことを“尿がん”と間違えて覚えていたりする友達もいたぐらいです」というさやかちゃん。心のなかで、もっとがんについて知ってもらいたいという気持ちが更に強まりました。
「それで、がんについてもっと調べてみようと思ったんです」(さやかちゃん)
母のがんを応援し始めたさやかちゃんは、本格的にがんと向き合い始めました。夏休みの時間を多いに利用して、病院、医師、がんカフェ等々を訪ね、取材や写真撮影。病理そのものから周囲のケアの姿勢に至るまで、視野を広げ、知識を深めていったのです。
「がんの親を持つ子供たちに向けた体験イベントが病院で行われるというので、参加して放射線治療や手術室を見せてもらったりしました。先生や看護婦さんたちにも詳しくがんのことや治療法などについて話を聞いていくうちに、がんはちゃんと治療をすれば怖い病気じゃないっていうことがわかりました。
ちゃんと調べてわかりやすくがんについてまとめたら、きっと友達もきちんとがんのことを理解してくれる。もちろん、先生や大人たちももっとがんについて知ってくれる。それが社会にもっと広がっていけば、がん患者さんへの接し方も変わってくると思いました」
そう語るさやかちゃんの横で、由紀さんも大きく頷きます。
自由研究が育んだ娘の成長
そして・・・あれから1年。中学1年生になったさやかちゃんは心身共に大きな成長をとげていました。『自由研究』をテーマに、大人や子供たちにがんについて発表する機会も何度かあり、いまでは発信する側へ。活動の場もどんどんと広がっているそうです。
ヘアドネーションにも挑戦
昨年の秋にはヘアドネーションも行いました。
「“どうせ髪をカットするなら切った髪を寄付したいなぁ”と言い出して、自分でインターネットを使っていろいろ調べていました。そのうち、新聞記事で見つけたのか、“寄付先はここにする”と決めたようです」(由紀さん)
行きつけの美容室へ向かったさやかちゃんがヘアドネーションをしたいことを美容師さんに告げると、快く引き受けてくれました。
「ちょうど私も抗がん剤治療のあとに抜けた髪が生えてきてベリーショートふぁったんですけれど、“ママぐらいのヘアスタイルが羨ましい”って言って(笑い)。さすがに短すぎるので20cmぐらいカットしてもらったみたいです」(由紀さん)
美容室から帰宅するとさやかちゃんは早速、調べた寄付先の住所を封筒に記入。先ほど切った髪を丁寧に封筒へ入れました。
「自由研究」2019年版はさらなる深みを増して
今年の夏、あらたにさやかちゃんが取り組んだ自由研究『がんについて』は、学校代表として市の作品展に選出されました。
更に、今年9月には『愛知県がんセンター緩和ケアセンター』主催の第1回「中高生 夏休み読書感想文コンクール」で中学生部門金賞を受賞しました。課題作である『母のがん』(著・ブライアン・フィース/高木萌 訳・小森康永 解説)は、肺がんにかかった60代の母と家族を描いたグラフィック・ノベル。さやかちゃんは、本のなかでいちばん心に残ったページを、こう記しています。
「本当に仲の良い家族でも、危機状況になると、衝突してしまうが、それは意見を言い合うことができる、良い機会だということが分かった。スーパーパワーを得るというのは、ストレスが爆発してしまうことだと思いました。 私も、いろいろな不安があり、ストレスがたまったので、よく分かります。自分の気持ちを分かりやすく、おもしろく表しているシーンでした」
すっかりたくましくなったさやかちゃん、最近では由紀さんにとって頼もしい存在にもなっています。入院時には、「頑張ってね!」と笑顔で送り出してくれるのだそう。
「母親からしたらちょっと物足りないというか(笑い)。がんを知ることで、漠然とした不安というものはなくなったのかもしれません。でも・・・」(由紀さん)
それは、今年2月の抗がん剤治療で入院する直前のことでした。就寝前、布団に入ったさやかちゃんがこう質問を投げかけてきたのです。
命について語りあう
「ねぇ、ママはいくつまで生きられるの?」
「いくつまで生きられるかはわかんないけど、少しでも長く生きられるように頑張るから応援してね」そう、やさしく由紀さんが答えると、さやかちゃんはじっと由紀さんの目を見つめ、こう言いました。
「命は無限に続かないということはわかってる。お母さんの場合は普通の人よりは少し短いかもしれないってこともわかってる。でも、お母さんには1日でも長く生きて欲しい」
その言葉に少しドキッとさせながらも、「自由研究」を通して得た経験がいかされているんだと思ったと由紀さんはいいます。
「“大丈夫だから、ずっと長生きできるから”なんて嘘はつけない。けれど、娘は“誰しも明日、どうなるかなんてわからない”という事を理解しているんだと感じました。学校ではお友達とも“命や時間を大切にしなくてはいけない”ということは話しているらしく、自分の経験として命について話せるようになったことは嬉しいですね」(由紀さん)
そんな由紀さんにとって、さやかちゃんの小学校卒業式と中学校入学式は、ひとつの目標でもありました。
「思い返せば‘16年の12月、セカンドオピニオンとして受診をした医師に“あと1年ぐらい”と告知を受けた時に、もう卒業式に出席するのは無理なんだと諦めていたんです。でも、仲間たちに勇気づけてもらうなか、“卒業式に出ることを目標にしよう”って心の中で決めて頑張ってきました。 夢が叶っちゃって信じられない気持ちでしたね。
次の目標? すごく先のことまではあまり考えないようにして、少し先の実現しそうな目標に向けて頑張るようにしているんですが、今度は高校入学式に出られることにしようかなと。そこまで目標をたてても図々しくはないんじゃないかって思って頑張ります」(由紀さん)
がんは決して怖い病気じゃない
母のがんをきっかけに、医療的な分野に止まらず、がんには様々な受け止め方があることを知ったさやかちゃん。彼女が綴った自由研究『がんについて』には、がんに罹患した当事者だけでなく、その家族への思い。また、がんでない人にも、これからがんになるかもしれない人に対しても大いなるメッセージが込められています。
取材・文/加藤みのり