
「すき焼き」は鍋料理なのに、なんで「煮る」と言わないの?
そろそろ鍋料理が恋しい季節です。その鍋料理の一つ「すき焼き」ですが、皆さんのご家庭ではどのように調理しているでしょうか。
煮汁用の割下を鍋で加熱して、肉やネギ、しらたき、豆腐などを入れてさっと煮るのでしたら関東風です。鍋を火にかけ、牛脂を鍋で炒(いた)めてから牛肉を入れて焼き、これに砂糖やしょうゆをかけたものにネギを加えるのでしたら関西風です。東西で調理の仕方が異なるのです。
冒頭で「すき焼き」を「鍋料理」と書きましたが、関東風の「すき焼き」しか知らなかった私は、鍋料理なのになぜ「焼き」と呼ぶのかと長い間疑問に思っていました。その理由がようやくわかったのは、大人になって初めて関西風のすき焼きを食べてからです。確かに関西風は肉を焼きます。
農具の鋤(すき)の上で焼いたから「すき焼き」
この関西風の「すき焼き」は、今は平たい鉄鍋を使うことが多いのですが、もともとは農具の鋤(すき)を鍋がわりに用いたらしいのです。鋤の上で焼いたから「すき焼き」というわけです。
江戸時代後期の料理のレシピ本『料理早指南(りょうりはやしなん)』第4編(1804年序)に、「すき焼き」は鋤の上でガンやカモなどの肉を焼いた料理だと書かれています。牛肉や豚肉でないのは、江戸時代はこれらの肉を食べる習慣がなかったからです。
鋤を使ってどのように焼いたのかというと、『鯨肉調味方(げいにくちょうみほう)』(1832年)に、「鋤焼」とは、使い古した良く研いできれいな鋤を熾火 (おきび=炭火のこと) の上に置きわたして、それに切肉(この本ではクジラの肉)をのせて焼くことをいうと書かれています。味付けは酒で溶いた味噌か生醤油です。今でいうバーベキューのようなものだったのでしょう。
「牛鍋屋」の開業。「すき焼き屋」ではない
牛肉の「すき焼き」は、幕末から明治にかけて、横浜や江戸(東京)などで牛鍋屋が数多く開業して広まります。注目したいのは、この当時これらの店は「牛鍋屋」であって、「すき焼き屋」とはいっていないことです。「牛鍋」は「うしなべ」「ぎゅうなべ」と呼ばれていました。この牛鍋は鉄の平鍋を使用して割下を注ぎ牛肉を煮た、つまり関東風です。
「牛鍋」はおもに関東での呼称で、関西では「すき焼き」というのが主流でした。両者が混交して、東西ともに「すき焼き」というようになったのは大正時代末期からのようです。
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記事監修

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。