はじめての「ひとり歩き」を安全に
この春、新入学を迎えるお子さんをお持ちのファミリーも多いと思います。保育園や幼稚園の通園では保護者の付き添いがあり、通園バスを使うことも多いですが、小学生になると、通学や習い事、近所の公園などに「ひとりで」あるいは「お友達と」行く、ということが増えてくるのではないでしょうか。
歩行中の事故の当事者は、高齢者も含めた全年齢中、「7歳」が突出して多いことが知られています(交通事故総合分析センターの調査による)。ご家庭でも、お子さんが「ひとり歩き」を始める時期を前に、身近な道路や公園に潜む危険について教え、時には学校や公園まで一緒に歩いて、「安全な歩き方」を指導されていると思います。今回はその指導に役立つ情報をお伝えします。
おとなの視野と子どもの視野
一般に、おとなの視野は左右それぞれ100度程度と言われています。明るいところに立ち、目を動かさずに前方を見ると、はっきりとは見えないまでも、真横あたりまでの様子が目に入ってきますね。
では子どもの視野はどれくらいでしょうか?正確にはわかっていませんが、おおむねおとなの60%程度、というのが一般的な認識です。
信号のない交差点に立ち、道路の向こう側に渡ろうとしていると仮定してみましょう。おとなは左右から走ってくるクルマが視野に入るので、クルマが通り過ぎて安全を確認してから渡りますね。しかし子どもは視野が狭いので、道路の向こう側しか見えません。一度左右を確認したとしても、視野が狭いために近づいてくるクルマが見えず、「よし、大丈夫!」と思い、道路を渡ってしまうのです。その行動は、「飛び出し」「不注意」に見えるので、保護者の方が「あぶない!だから右左をよく見なさい!っていつも言っているでしょ!」と子どもを叱ることになってしまいます。
では、どうしたらいいのか?
子どもは見ているつもり、でも実際には見えていない、という状況を変えるためにはどうしたらいいのでしょう。まずはおとなが「子どもの視野」について知ることです。そのために「チャイルドビジョン」という便利なツールがあります。
この「チャイルドビジョン」は、4歳から6歳頃の幼児の視野を体験することができるツールです。東京都のホームページから無料でダウンロードすることができますので、ぜひ一度組み立てていただければと思います。組み立てたら、子どもの背の高さくらいまでしゃがみ、この「チャイルドビジョン」を顔に当てて周囲を見回してみてください。その視野の狭さに驚かれると思います。※ただし、チャイルドビジョンを使用した状態での屋外歩行や遊具の使用は危険を伴いますので、避けてください。また、お子さんに使用させることも禁止です。
チャイルドビジョンを使った実践例
このチャイルドビジョンを使って、保護者の方などに指導をされている岡 真裕美さん(大阪大学大学院人間科学研究科安全行動学研究分野 特任研究員/「子ども安全研究所 ひなどり」主宰)にお話を伺いました。
SKJ:岡さんはどのように指導をされているのですか?
岡:講義や研修会などで、「チャイルドビジョン」をお配りしています。その場で実際に装着し、可能な限りひざまずいて会場内を動いていただき、子どもの視野を体験していただきます。その際、「チャイルドビジョン」はあくまでも4〜6歳児の視野の「目安」であると必ず説明しています。
講義では、はじめに事故発生のメカニズムや事故事例をお伝えした上で、チャイルドビジョンを体験していただくようにしています。そうすると、知識に加え、子どもとおとなの違いを実感していただくことができるようです。ある幼稚園の保護者講演会で、参加いただいた保護者の皆さんにチャイルドビジョンを装着して園庭に出ていただいたのですが、「これだけ見えないのなら、子どものあの行動もやむを得ない」「ちゃんと見て、と注意をしてきたけど、ちゃんと見ていてもこの程度しか見えないんだ」といった感想が聞かれました。この視野を知ると、子どもの叱り方も変わってくると思います。私自身、この視野を我が子が幼児の時に知っていたらあんなに怒らなかったのに・・・と思ったほどです。
SKJ:実際に体験していただくことは大事ですね。
岡:はい、体験したことは忘れにくくもあります。車いすユーザーでない人が、車いすが町なかで使いづらいことをなんとなく分かっていても、実際に乗ってみるとこんなに不便だったのかと理解することと似ていますね。
保育士研修でも、研修会場が園の場合は、保育士さんにチャイルドビジョン装着の上で自園を探索していただきます。皆さん保育のプロですので、私がアドバイスなどするまでもなく、保育室から園庭、階段やトイレまで隈なく歩いて確認されます。そこで、「ああ、だからここよく転ぶんだ」「新しく危険な場所がわかりました」と、園の危険が見つかっていきます。この体験から、危険源をすべて取り除くのではなく、指導者が危険を把握し、重大な傷害が発生する可能性を排除した上で、子どもに冒険をさせるといった保育につながれば、と考えています。
「子どもたちは見えていないから、おとながそれを理解して行動する」ことはまず知っていただきたいですが、その先に、それだけ視野が狭い子どもでも安全に暮らせるような町づくりにつながるといいですね。子どもが安全に暮らせる社会は、みんなが暮らしやすい社会ですから。
SKJ:ありがとうございました。
記事監修
事故による子どもの傷害を予防することを目的として活動しているNPO法人。Safe Kids Worldwideや国立成育医療研究センター、産業技術総合研究所などと連携して、子どもの傷害予防に関する様々な活動を行う。