学習でのICT活用はなぜ必要?どう使うのが正しい?【豊福晋平先生に聞く- 中編-】

 

新時代教育のキーマン・豊福先生と讃井康智さんの対談「アフターコロナ時代の教育クエスト」。第4回の中編では「学習にICTを使う上で大事な考え方」について詳しくお聞きします。

これからは文具としてパソコンを使うことが求められると豊福先生は言います。具体的にどう使えばいいのでしょうか?

▼前編はこちら

コロナが追い風に?学校のICT教育でいま起きていることを豊福晋平先生に聞く
Life is Tech(ライフイズテック)の讃井康智さんによる連載「アフターコロナ時代の教育クエスト」。ライフイズテックを起業しつ...

教具ではなく、文具として使おう

讃井 タブレットを配ったら保護者が困惑したという話もあるようです。

豊福 今まではお勉強に関係のないものでしたから、そういった反応も当然でしょう。ところが、2020年からは一人一台環境の整備がスタートし、2021年1月時点でまだ4割くらいの導入ですが、授業や学校生活での活用がすでに始まっています。

文具として使うとは?

讃井 豊福先生は、教具だけでなく文具としてICTを活用しようと提案しています。これはどういうことですか。

「文具としてICTを使うためには?」(讃井氏)

 

豊福 今までコンピューターは先生が教えるための道具として使われ、先生が一方的に生徒に指示して使わせるものでした。

讃井 その使い方だと子どもが授業中、自分の意思でコンピューターを使える時間はわずかです。コンピューターを文具として使うとは、具体的にどう使うのでしょうか。

豊福 使い方を子どもに委ねましょうということです。子どもが道具として使うようになれば、ICT活用の全体的なレベルが底上げがされます。そのうち、子どもたちの方から「先生こうやったらいいんじゃない?」と提案が出てくるようになるでしょう。

讃井 子どもたちの方が適応は早いですからね。各地ですでに子どもたちからの提案も色々出ているそうです。ちなみに、子どもたちの道具としてコンピューターを捉えた時に、効果的な使い方はありますか。

豊福 コンピューターはお守りじゃないので、使わなければ効果は得られません。ICTやネットワークは、利用の「頻度」と「用途」と「時間」の3つを広げないと、そもそも日常的に使っている状態にはなりません。

これらの3つで、圧倒的に扱う情報量が増えることで、道具としての効率が上がります。様々な場面で試行錯誤してみて、良し悪しの判断ができることで、初めてコンピューターを道具として使いこなすスタートに立てるわけです。そういった習熟を前提にせずに、いきなり教育効果を測るのは乱暴な議論だと思います。50Mプールに泳げない子を突き落として、タイム計ってやるから泳げというのは無理ですよね。それと同じ話です。

讃井 子どもはキーボードの操作、OSの操作、ファイルの概念などを最初は知らないわけですもんね。

豊福 そうです。これまでの課題は、子どもたちをどう育てるかという目的達成のための道具立て(必要な道具をそろえておくこと)からコンピューターを除外してきたことです。ですから、特定の授業だけを切り取ってコンピューターをにわかに使わせてもうまくいくわけがなく、今すぐにICTの教育効果を計るのは難しいのです。

いま学校で文具として使うとすると、まずはノートの代わり、資料配布、宿題のURLを知らせるなどの日常使いがよいでしょう。大事なことなのでもう一度言いますが「頻度」と「用途」と「時間」を広げ、習熟の程度を上げるためには「日常使い」をすることが有効です。OSの操作も、ファイルの概念も、子どもたちは使うことで習熟していきますから。

忘れてはいけないのは、ICT 環境の整備は子どもたちの道具立ての基盤を作ることであって、そのものがゴールになるわけではないということです。

「頻度と用途と時間を広げ、日常使いするのが一番いい」(豊福先生)

ICTを使いこなすために大事なこと

讃井 コンピューターの使い方の習熟を学校の中のことだけで考えていいかと言うと、そうではないように思います。

豊福 その通りです。手取り足とり教えてやらないと覚えられないと学校の先生は思っているけれど、実際は家庭でPCやタブレットを触ったり、それで遊んだりしているわけですよね。

「なんで子どもたちがもともと持っている知恵や習慣をうまく役に立てないの?」と思いませんか。学校の中で、狭い世界だけを見て、その中で効果を考えていると、子供の持っている世界の全体を俯瞰できません。勉強は学校の中だけで行うものではなく、遊びや生活空間もすべてが学びになっているはずです。趣味や遊び、ゲームさえも学びに必要なモジュールになりうるわけですよ。そこまで柔軟に考えないと、ICTを使いこなしているとはいえないと思います。

「勉強も遊びも生活空間も、すべてが学びに」(豊福先生)

 

讃井 いまの話を聞いて、ICTリテラシーに関して日本社会が見て見ぬ振りをしてきた現実がある気がしました。

私は1983年生まれですが、大学時代の2000年代前半でもすでに毎日パソコンを使う時代でした。では誰がICTリテラシーを教えてくれたかというと、誰かに教えられたわけではなく、自分で触れて身につけてきました。

今まで蔑ろにされてきたICTリテラシーが、GIGAスクール構想でパソコンが学校に入ってきた瞬間、全部教えるのは学校の役割だという空気になっているように思います。ここは民間の習い事の役割も大事だと思いますが、そこに全てを委ねると格差も生まれます。学校ではどこまでやらなきゃいけないのか、そして、家庭ではどうすれば良いかを決めていく段階に来ているのではないでしょうか。

豊福 学校中心で学びを考えると、学校での学びを家庭にまで拡大して全部ケアしよう、という発想になりますが、それは学校による家庭支配になってしまいますし、そんなことは誰も望まないでしょう。

GIGAスクールはむしろ学校でも家庭でも子どもたちが同じ情報環境を使い続けられる条件だと考えたいですね。だから、学校では文具としてより賢い使い方を刺激したり、わくわくするような活動を促したりして欲しいと思います。

讃井 将来的にはパソコンやタブレットは、文具として親が用意するものになるのでしょうか。

豊福 今回のGIGAスクール構想は国費で賄われていますが、3〜5年後の置換えの時は保護者負担で買ってください、ということになるでしょう。その頃までに学校でコンピューターを使うことが当たり前になっていれば、保護者も納得するでしょうが、そうでなければ、説得は無茶苦茶困難になると思いますね。

なぜコンピューターを学習で使わなきゃいけないの?

讃井 保護者の方の中には「なぜそもそもコンピューターを学習で使わなきゃいけないの?」という声もあります。そこはどう思われますか。

豊福 これには4つの理由があります。

必要な知識・スキルが変わっていくから

豊福 まず一つ目は、社会に必要とされる知識やスキルが急速に変わっていくからです。「今の小学生が大人になるときには、65%が現在は存在しない職業に就く」と言われています。

これは教育にとっての大問題です。いま教えている知識やスキルが20年後に陳腐化せずに役に立つとは考えづらいわけです。知識・スキルはどんどん変わるし、歴史の解釈も変わっていきます。いま現存しない職業に対して何を教えるべきかというのはとても難しい問いですが、社会が技術革新の影響を受けてどんどん変わっていくのですから、公教育もその変化に対応する必要があります。

学ぶべき知識が増大しているから

豊福 二つ目は、学ぶべき知識が増大しているからです。大学の学部の名前を見てもわかると思いますが、昔だったら、農学部、商学部とシンプルな学部名でしたが、いまは複合領域が増えて、学部の名前も長くなりました。これは世の中が複雑になって、学ぶべき知識が増大しているからです。

社会から要請される知識・スキルはどんどん増大するのに学校の授業時間は有限です。これを“カリキュラム爆発問題”といい、日本だけでなく世界的な課題になっています。この問題を解決するには授業時間を増やすか、それとも学び方の効率を改善するしかありません。そこで、これまでの一斉授業形式に変わって、一人一人にあった学び方を提供する一つの手段としてICTが期待されているということなのです。

ICTはもはや個人の資質や能力と一体化しているから

豊福 3つ目は、ICTを使えることが、個人の資質・能力と一体化してきているからです。日本では大学の入試までは、数学の試験で計算機の持ち込みは禁止されます。このスタイルは、ICTを切り離して個人の能力だけで勝負する“裸一貫主義”ともいうべき考え方ですが、実社会ではどうでしょうか。たとえば統計のパッケージソフトを使って膨大な数値を短時間で処理する能力や、既存の開発環境を生かしてプログラミングできる能力は、その人のパフォーマンスの重要な一部になっていますよね。

日本の学校ではそういう考え方はまだ一般的ではないけれど、世界的には、ICTは個人の資質・能力と一体化して評価されるものになっています。だからICTが必要なんです。

子どもにあった学習スタイルを選択するため

豊福 四つ目の理由は、個別最適な学習スタイルを選択できるからです。子どもによって、生まれてから今までの経験はみんな違いますよね。だから本来なら、その子の経験や特性に沿った学びのほうが、効率的に勉強できるんです。視覚から入る子もいるし、音から入る子もいるし、テキストを読んだほうが覚えやすいという子も当然います。ですから、標準化されたカリキュラムや教科書を大人数に一斉に与えて学ばせるよりは、子どもに合った学習スタイルを個別最適化して与えられる方がベストだという考え方が増えてきました。

本来ならば、先生が一人一人の子どもについて一対一で教えるのがベストだけど、それは無理だからICTを活用しようというわけです。

アナログVSデジタルではない

讃井 どれもまさにその通りですね。僕が中高生だった頃から20年経っていますが、当時と今の中高生ができていることが同じというのは相当まずいなと思っています。インターネットやICTがあると、本来なら子どもたちの能力や可能性はもっと広がっているはずです。ところがこの20年間、学校での学びの到達レベルはそこまで大きく変わってはいません。

現代社会の大きな変化に適応するには、ICTを活用して子どもたちが能力をアップデートしないといけないのは明らかです。産業革命の際に新しい技術についていけなくて没落した産業があったのと同じように、ICTによる産業の変化に日本の学校は乗り遅れつつあります。そこに今の時代を生きる子どもたちを巻き込んではいけません。

豊福 学校教育のゴールが変わらないのなら、わざわざICTを苦労して導入する理由はないのです。しかし、学校の教科や単元は一見変わらないように見えても、急速に変化する社会で求められる学びには、先ほど4点示したようにICTが欠かせなくなってきています。そうしないと、いろいろなものを取りこぼすし、明らかにスピードについていけなくなるんですよ。

ICTに乗れない人というのは、アナログとして断固守られるべき世界があり、それがデジタルに置き換わってしまうと思って抵抗しがちです。1のアナログが1のデジタルに置き換わると思っている。でもそれは違います。デジタルは、1のアナログを1000にできることだから。一見アナログがデジタルに置き換わるように見えるけれど、そこにはアナログな要素もちゃんと残っているし、結果としてアナログでやりたかったことをより多く実現できるんです。アナログかデジタルかの二項対立で考えるのではなく、本来実現したい目的に立ち返って、我々は道具を賢く選択していかなきゃいけないと思いますね。

 

◆後編につづく>>

 

国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター 准教授・主幹研究員
豊福 晋平

1967年北海道生まれ。横浜国立大学大学院教育学研究科修了、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程中退、1995年より国際大学 GLOCOM に勤務、専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。長年にわたり教育と情報化のテーマに取り組む。主なプロジェクトとして、全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞)企画運営(2003~2013)、文部科学省・学校の第三者評価の評価手法等に関する調査研究「学校からの情報提供の充実等に関する調査研究」(2008)、文部科学省・緊急スクールカウンセラー等派遣事業・東日本大震災被災地のための学校広報支援「ともしびプロジェクト」(2011~)など。
趣味は猫と写真とランニング。座右の銘は「未来を予測する最善の方法は、それを発明してしまうことだ」(アラン・ケイ 1971)

教えてくれたのは

讃井康智|ライフイズテック取締役

東京大学教育学部卒業後、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。


 

文・構成/HugKum編集部

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