父親の愛とは、ここまで不器用なものか。ムロツヨシの初主演映画『マイ・ダディ』と古田新太主演の『空白』

ムロツヨシの初主演『マイ・ダディ』と、古田新太主演、松坂桃李共演の『空白』という、父と娘の愛や葛藤を描く珠玉の映画2本が、9月23日(木・祝)の同日に公開となりました。

ムロツヨシが満を持しての初主演を務めた映画『マイ・ダディ』と、古田新太主演、松坂桃李共演の『空白』という映画2本が、9月23日(木・祝)の同日に公開となりました。いずれも映画としてのクオリティーの高さにうなりましたので、今週はこの2本をプッシュさせていただきます。

©2021「マイ・ダディ」製作委員会

両作とも父と年頃の娘について描く作品ですが、一口に親子愛を描く、という言葉だけで片付くような生ぬるい映画ではありません。『マイ・ダディ』は人生を懸けて娘の命を守ろうとした父親の話、『空白』は逆に自分の娘を守れなかった父親がモンスターと化す話です。

©2021『空白』製作委員会

どちらもオリジナル脚本で、不器用すぎる父親の愛が描かれるという点は共通していて、中盤から涙を禁じえない作品となっています。ぎこちなくなりがちな父と思春期の娘との関係性や、親と子どもはどうあるべきか、また、親子に関わる社会の不寛容さなど、様々な課題を突きつけられる意欲作となっています。

2作とも監督の巧みな采配はもちろん、ムロさん、古田さん、松坂さんをはじめとする役者陣がミリ単位で繊細な演技を見せていて、しびれます。単なる“感動作”“感涙映画”というくくりではもったいない秀作なので、ぜひ多くの方に観ていただきたいです。

愛していた娘とは血がつながっていなかった!心震える『マイ・ダディ』

©2021「マイ・ダディ」製作委員会

まずは、ムロさんの主演映画『マイ・ダディ』からご紹介します。本作は、カルチュア・エンタテインメントと蔦屋書店が主催する映像クリエイター支援プログラム「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM」での2016年準グランプリ受賞作の映画化作品で、とにかく予断を許さないストーリー展開が秀逸。ドラマ「猫」の監督&脚本を手掛けた金井純一がメガホンをとりました。

ムロさんが演じるのは、妻(奈緒)を早くに亡くし、中学生の娘を育てるシングルファーザーの牧師、御堂一男役。ある日、最愛の娘、ひかり(中田乃愛)が白血病であることが発覚しますが、さらに娘と自分の間に血のつながりがなかったという衝撃的な事実を目の当たりにします。

©2021「マイ・ダディ」製作委員会

映画って、だいたいあらすじに目を通すと、きっとこういう展開なんだろうと、ある程度は想像できるんですが、本作においては非常に脚本が練られていて、一筋縄ではいきません。ミスリードもあり、「実はそうだったのか!」と、話の編み込み方が巧みなので、そこは前もっての予備知識を入れていかないことをおすすめします。

御堂の役柄が、神に仕える牧師役ということですが、とても誠実に人生を生きてきた父親に、こんな試練を与えるのか!と、そこは絶句します。また、ママ的な視点から妻の胸中を思うと身につまされるものがあり、涙なくしては観られません。

ムロツヨシと新星・中田乃愛が織りなす父娘愛

©2021「マイ・ダディ」製作委員会

今回、ほとばしるような父親の愛を体現したムロさん。完成披露試写会の舞台挨拶では「僕は父親になったことがないですし、何より嫌われたくない、という気持ちが先走っていました。撮影が延期となったタイミングで、中田さんと思い切って連絡先を交換して、“父より”“娘より”を文末につけたメール、親子ごっこのような会話をずっと続けていました。(メールの中で)お父さんってよんでくれるんですよ」と終始目尻を下げていました。

©2021「マイ・ダディ」製作委員会

娘・ひかり役を演じたのは、第8回「東宝シンデレラ」オーディションのファイナリストで新星の中田乃愛。中田さんは「ムロさんが寄り添ってくださったので、役をまっとうできました」と感謝していました。

そう言われたムロさんは、照れからか「僕と(母親役の)奈緒ちゃんから誕生日プレゼントを“2回”もらったことは言わなくて大丈夫だよ。最初はエプロンだったよね。うんうん」と、お礼をおねだりし、会場を笑いに包みます。中田さんは「今年は文房具セットをもらいました」と笑いを堪えながら報告。微笑ましいやりとりに会場もほっこり。

また、妻役の奈緒さんもムロさんについて「本当に誰も緊張させない座長でいてくださって、思っていることをすべて口に出す方。だからこそ、他のみんなも言いたいことを言えるという雰囲気になっていました。初めてとは思えないくらいのチーム感があった現場です。それはムロさんが作り上げてくださったと思います」と、その座長ぶりを称えました。

©2021「マイ・ダディ」製作委員会

常にチームのムードメーカーとなるムロさんですが、役者を始めて25年、今年45歳となったムロさんにとって、初主演映画というものにはきっと特別な想いがあったのではないかと思います。そこにまさかのコメディ封印で挑んだムロさんの心意気も素晴らしい。また、長年の盟友にして同志といえる存在の小栗旬も、絶妙な役どころで出演していますのでお楽しみに。

『マイ・ダディ』は9月23日(祝・木)より全国公開中
監督・脚本:金井純一 脚本:及川真実 
出演:ムロツヨシ/奈緒、毎熊克哉、中田乃愛/臼田あさ美、徳井健太(平成ノブシコブシ)、永野宗典、光石研…ほか
公式HP:mydaddy-movie.jp/

©2021「マイ・ダディ」製作委員会

娘への愛情が深かった分、父親の愛が人を傷つける刃となる『空白』

©2021『空白』製作委員会

続いてご紹介する『空白』は、娘を亡くした父親の狂気がむき出しになるヒューマンサスペンスです。メガホンをとったのは、森田剛の怪演が話題となった『ヒメアノ~ル』(16)や安田顕主演で国際結婚を描いた『愛しのアイリーン』(18)、松山ケンイチ主演のボクシング映画『BLUE/ブルー』(21)など、上質で激しい人間ドラマの名手である吉田恵輔監督。

また、日本アカデミー賞作品賞を含む6冠を獲得した松坂桃李主演映画『新聞記者』(19)などを手掛けた気骨な映画会社スターサンズ製作の映画という点でもクオリティーはお墨付き。松坂さんは今回、脇にまわり、古田さんがモンスターとなる父親役で、強烈なインパクトを放っています。

©2021『空白』製作委員会

古田さん演じる添田充は、気性の荒い漁師で、中学生の娘(伊東蒼)を育てているシングルファーザーです。ある日、娘がスーパーで万引きを疑われ、店長(松坂桃李)に追いかけられた末に、車に轢かれて死亡!娘の無残な亡骸を見て号泣した父親は、せめて娘の無実を証明しようと、店長を激しく追及するだけではなく、そこに関わる人々全員を追い詰めていきます。

©2021『空白』製作委員会

モチーフとなったのは、約20年前にある古書店で実際に起こった悲劇的事件です。万引きした中学生が逃走中に死亡したことで、その後、糾弾された書店は閉店に追い込まれました。店側を擁護する声もあったそうですが、若い命が失われたことは、いたたまれない事実です。本作でも、いろんな角度から上がるいろんな声を盛り込みつつ、父の喪失感や憎悪を浮き彫りにしていきます。

なんといっても古田さん演じる添田の圧倒的な怒りと、今回イケメンオーラ封印で、普通の小市民役を演じた松坂さんの葛藤が、観る者の心を揺さぶります。また、これまで娘に無関心だった父親が、改めて娘のことを知っていく過程も丁寧に描かれていき、観る者の涙腺を刺激します。また、離婚し、新しい夫との子どもを身ごもっている母を田畑智子さん演じていますが、この目線にもママたちは大いに共感すると思います。

日本のソン・ガンホ、古田新太が体現する狂気と深い愛

©2021『空白』製作委員会

『空白』のプレミアトークイベントでは、吉田監督は古田さんのキャスティング理由について「この脚本を書いているとき、韓国ノワールっぽさを感じたんです。ソン・ガンホが頭に浮かんで、日本の俳優でいうと…あ!古田さんだ、とハマったので、イメージしながら書きました。あとは、古田さんのスケジュールが空いていたからです(笑)」とあて書きしたことを明かしていました。

古田さんは映画『パディントン』(14)で松坂さんと声優として共演して以来、交流があったそうで、青柳直人役の松坂さんの演技について「素直なお芝居をする人だなあと、イメージ通りで安心していました。ただ、撮影中にみんなでお酒を飲みに行ったりするんですけど、桃李だけは誘っても来てくれなかったなあ。たぶん役に入り込んでたからかな」とおちゃめにぼやき、笑いをとっていました。

©2021『空白』製作委員会

また、「世のため、人のため」と善意を押し売りしてしまう、青柳のスーパーの店員、草加部麻子役の寺島しのぶが最強で、彼女の“圧”にも思わずのけぞりそうになります。麻子が急に青柳との距離感を縮めるシーンについて、寺島さんは、「正直、もう少し違う役で出会いたかったかなあ。彼を守るために頑張っている人で、そこに嘘はなかったけど、熱量が過剰すぎて、ちょっとアプローチかけても(松坂さんが)ひゅうっと引いていく感があったので……」と切ない気持ちでお芝居をしていたと語りました。

©2021『空白』製作委員会

吉田監督は「桃李君は、古田さんと寺島さんを相手に、ゴジラとコングに挟まれてる気持ちでしたよね」と言うと、古田さんが「監督、怯えている桃李くんを見ているのがすごく楽しそうだったよね」と、改めて登壇してなかった松坂さんを楽しそうにいじりました。

まさに名優たちの演技合戦にも息を呑む『空白』。河村光庸プロデューサーは、本作で描かれているテーマは「不寛容」と言っていました。確かにコロナ禍という世の中で、人に対する寛容の心がますます持てなくなり、生きづらさや閉塞感を感じている人も多いのでは。本作を観ると、そんな今を生きる私たちの心にぐさりと刺さる一撃を与えられます。でも、最後はなんともいえない深い余韻に涙すること、請け合いです。本作はぜひ、多くのパパやママに観ていただきたい珠玉の1作です。

『空白』は9月23日(祝・木)より全国公開中
監督・脚本:吉田恵輔
出演:古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子/寺島しのぶ…ほか
公式HP:kuhaku-movie.com

文/山崎伸子

編集部おすすめ

関連記事