池松壮亮が挑んだ、原作にはない一人二役
映画を愛し、映画に愛されてきた俳優という印象を受ける池松壮亮。彼の出演作が発表されるたびに、その内容を見て非常に興味をそそられますが、池松さんがジャズピアニスト役で一人二役を演じる主演最新作『白鍵と黒鍵の間に』もその1本でした。
池松さんといえば、庵野秀明監督作『シン・仮面ライダー』(23)では、仮面ライダー1号こと本郷猛役を、阪本順治監督作『せかいのおきく』(23)では肥だめのふん尿を農家に売る「下肥買い」の青年役を演じたのも記憶に新しいところ。毎回、気骨な実力派監督と組んだチャレンジングな作品にて、魂のこもった熱演を見せています。
そして『白鍵と黒鍵の間に』も、映画ならではの面白い試みをした意欲作です。原作は、現役のジャズミュージシャンで、エッセイストでもある南博の回想録「白鍵と黒鍵の間に -ジャズピアニスト・エレジー銀座編-」。ピアニストとして、キャバレーや高級クラブを渡り歩いたという南さんのディープな青春時代を綴ったものですが、これを『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18)などの冨永昌敬監督と、共同脚本の高橋知由がかなり大胆にアレンジ!
本作では、モデルとなった主人公“南博”を“南”と“博”という2人の人物に分け、その二役を池松さんが絶妙な塩梅で演じ分けています。そして3年間という月日を、たった一夜の出来事に絡ませ、クライマックスの大団円へといざなっていく。これぞ、冨永組ならではの“奇策”で、映画でしか味わえない高揚感を味わえます。
クライマックスのセッションシーンにアドレナリン噴出
時代は昭和63年の年の瀬。夜の銀座で、ジャズピアニスト志望の博(池松壮亮)が場末のキャバレーでピアノを弾いていると、ふらりと現れた謎の男(森田剛)から「ゴッドファーザー 愛のテーマ」をリクエストされます。
博はその曲を弾きますが、そのことで大きな災いがふりかかってきます。実はその曲をリクエストできるのは、銀座界隈を牛耳る熊野会長(松尾貴史)だけで、しかもそれを弾くことが許されているのは、会長お気に入りの敏腕ピアニスト、南(池松壮亮、二役)のみ。その後、ことの重大さを知った博ですが、時すでに遅し。果たして博と南の運命はいかに!?
先輩ピアニストの千香子役の仲里依紗、謎の男役の森田剛、銀座のクラブバンドを仕切るバンマス・三木役の高橋和也といった実力派俳優のほか、アメリカ人のジャズ・シンガー、リサ役のクリスタル・ケイ、博のキャバレーバンドの仲間役であるK助役のサックス奏者の松丸契ら本物のアーティストも参加し、ハイライトの演奏シーンだけではなく、演技においても見事なセッションを繰り広げています。
なんといっても、最大の見どころはクライマックスのセッションシーンで、五感を刺激され、アドレナリンが吹き出しそう。アニメ映画『BLUE GIANT』(23)もそうでしたが、この映画もぜひ音響の良い映画館で体感してほしい映画だなと声高に言いたいです。
ちなみに池松さんは今回の二役のためにピアノを猛特訓。劇中で「ゴッドファーザー愛のテーマ」を見事に奏でていますので、そこはお見逃しなく。そして、同曲は劇中で何度か使われていますが、どんなふうに散りばめられているのかは、観てのお楽しみということで。
誰の心にも刺さる「夢追い人」を描くビターなドラマ
本作は、才能にあふれたジャズピアニストの物語ですが、実はきっと誰もが抱くであろう夢や希望を、時にキラキラと、時にビターに描く普遍的なドラマでもあります。
才能にあふれているのに、今や夢を見失ってしまったピアニストの南と、希望に満ち、ジャズマンになるという夢に向かって目を輝かせて邁進していく博。2人のベクトルはまったく違うようで、実はシンクロしています。そんな表裏一体のキャラクターを見て、自分自身と重ね合わせる人も少なくないのではないかと。
そして、Hugkum的な親目線で観ると、ママやパパがぐっと来るような親子のシーンも挟み込まれていて、そこもじんわりとした余韻を残します。
ある意味、とてもわかりやすい間口の広い映画ではないし、映画リテラシーみたいなものを問われる作品かもしれません。でも、映画でしか成しえない表現を目指し、果敢にトライした本作を、私は全身全霊でプッシュしたい。
芸術の秋にはぴったりの作品だと思いますので、繰り返しますが、音響設備が整った大スクリーンで鑑賞していただきたいです。
監督:冨永昌敬 脚本:冨永昌敬 高橋知由 音楽:魚返明未
原作:南博「白鍵と黒鍵の間に」(小学館文庫刊)
出演:池松壮亮、仲里依紗、森田剛、クリスタル・ケイ、松丸契、川瀬陽太、佐野史郎、洞口依子、松尾貴史/高橋和也…ほか
公式HP:hakkentokokken.com
Ⓒ2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会
文/山崎伸子