寺島しのぶさんと92歳で現役の映画監督・山田火砂子さんが対談|知的障害がある長女の存在が映画『わたしのかあさん ―天使の詩―』制作のきっかけに

40代で映画プロデューサーになり、70代で実写監督デビューをした国内最高齢の現役女性映画監督、国内最高齢の現役女性映画監督、山田火砂子さん(92歳)の新作『わたしのかあさん ―天使の詩―』が公開されています。今回は知的障害のある母親を演じた寺島しのぶさんと監督に、映画についての裏話や子育てについてなどをお聞きしました。

笑って泣いて心温まるストーリー。「善は悪に勝つ」をテーマに取り組んだ本作品

山田監督の映画には、障害児教育や福祉に関するものが多数あります。その理由は、1963年生まれの知的障害がある長女、美樹さんがいたからだそです。

山田監督ご自身が障害者の母となったときはどのようなことを思われましたか?

山田監督:娘が生まれてどん底に突き落とされました。当時はまだ福祉制度が整っておらず、障害基礎年金制度もない時代でしたから、がむしゃらに子育てをしてきました。最近、福祉についての描写がひどい日本映画を見たことがきっかけで『筆子・その愛―天使のピアノ―』(2019年)以来、17年ぶりに福祉を題材に作ったのが、この映画です。
映画は障害者を巡るさまざまな課題も描いていますが、「善は悪に勝つ」がテーマです。純粋で邪心のない清子は、周囲の差別を信頼に変えていきます。

監督に賛同して集まった多くの人気役者たち

山田火砂子監督作『母 小林多喜二の母の物語』(2017年、出演=寺島しのぶ、塩谷瞬ほか)で多喜二の母を演じた映画から2作目、監督はこの映画で知的障害のある明るい清子を演じてほしいと寺島さんにオファーしたのだそう。

その純粋さで周囲の人々に受け入れられていく清子を寺島しのぶさんを始め、大人になった高子を常盤貴子さんが演じます。ほかに船越英一郎さん、高島礼子さん、安達祐実さん…と出演陣は誰もがその名を知る方たちばかり。特に、高子の少女時代を演じた落井実結子さんは、NHK大河ドラマ「光る君へ」でも主人公の子ども時代を演じています。また、山田監督作品では恒例の、障害者の役を実際に障害のある人たちが演じています。

 

 全幅の信頼を置く寺島さんを始め、みなさんが監督の作品に出たいと言ってくださることをどう思いますか?

山田監督:この映画では、売れっ子のスターさんがたくさん出てくれて、本当にありがたいです。売れる俳優さんはみんなうまいんですよ。

 

寺島さんは、夫役の渡辺いっけいさんとの共演はいかがでしたか?

寺島さん:多喜二の時も夫婦役でしたので、家族の場面は自然にできました。

 山田監督:二人を中心とした家族の晩御飯の場面がとても楽しそうで、映画を観た人から、「貧乏もまた楽しい」と絶賛されました。

障害者を持つ母親役を演じることについて、難しさはありましたか?

寺島さん:清子の役は、多喜二の母より難しかったですね。当時の資料も読んだし、知的障害の軽度、中度、重度の人など、いろんな人とお会いしてお話を聞きました。もちろん監督のお嬢さんにもお会いしました。でも、最後の最後まで清子を演じるうえでの正解はわからなかった。どこまで自分がやったらいいのか塩梅が難しかったですね。やりすぎていないか等、常に不安がありました。

今回の映画で一番伝えたかったことは何でしょうか。

山田監督:弱者に対する思い、思っているだけでなく、お金を集め映画をつくって、映画館と交渉し、観客に見せる。映画は人に観てもらうから価値があるんですよ。私は別に、私は賞なんかとらなくてもいいんです。その分お客さんが入ってくれれば。たくさん見に来てくれることを期待しています。

寺島さん:その力強さが監督にはおありだから、常盤さん、東さんなどが山田監督のもとに集まってきます。監督に賛同する人たちの、監督のフィルムに残りたいというキャストの気持ちが伝わってきます。監督に出してもらってうれしい、こういった作品に私たちは賛同するということが、俳優としても夢になっているのです。

 

演じるにあたって資料や当事者と会うことで役を理解しようとした寺島さんですが、知的障害者が今を生きること、知的障害者を軽視する風潮は感じられますか?

寺島さん:知的障害も重度の方だと介護が大変になり、そんな人には価値がないと言い切ってしまう人たちがいます。彼らには、国が啓発活動を行うのが大事ですよね。

軽度の人たちは清子のように生活もできている、支援があれば子どもも育てられる。重い障害のある人になれば本当に大変ですが、ご家族がラクになるように人も場所も、国がもう少し支援をしてほしいです。この映画に出たことでそう考えるようになりました。

 

知的障害の両親を持った健常者の子どもがどう生きていくのかを観てほしい

子育てで今回演じた清子と通じるものはありますか?

寺島さん:清子は天真爛漫に生きていればそれだけでいい人。現実の世界では私はそうはいきませんから、共通する部分があるという思考はないです。ただ純粋でまっすぐな知的障害の両親からから生まれてきた、頭のいい高子がどう生きていくかがこの映画のテーマであり、観ていただきたいところです。

 映画が公開しましたが、今までより、たくさん観客が入っているのはすごいことだと思います。この映画では、映画を観に来るファン層が変わっていて、障害や福祉に興味を持つ人が増えていると思います。

山田監督:以前は劇場の後ろからお客さんを見てみると、70代くらいの白髪の方の多いイメージでしたが、いまの観客の平均年齢はもっと若くなりました。その世代交代の理由は寺島さんをはじめとする出演者のファンの方にあります。

 

映画の中でまだ子どもの高子が親の障害を知り落ち込んで、でもそれを受け入れていく気持ちの変化がしっかり描かれていますが、落井さん演じる高子との芝居はどうでしたか?

寺島さん:私は清子なので高子の心の変化に気付いたり寄り添ったりすることはできないですよね。今まで通り変わらず明るく、高子を愛する気持ちを持つことを心がけ、それを彼女が受け止めてくれました。

山田監督:幼い高子が清子の愛情をしっかり感じて、背中に抱き着いていくシーンでは観客の涙を誘いました。観客でも泣いている方がとても多いんです。私は泣かせ映画にするつもりはなく、笑えるおもしろい映画をつくったのに(笑)。

寺島さん:迷いながらも、知的障害の清子を演じて、観客からこの映画を観て救われたとの感想をいただき、この映画の一員になれて良かったです。

 

銀行などから製作費を借り、ホールなどでの上映会の券売、物販の売り上げを返済に充てる独自のスタイルで映画を作り続けています。
「会社を存続させるためにも、もう1本ね、撮りますよ」そんな力強い山田監督の言葉に、寺島さんもうれしそうな顔を覗かせました。

 

後編は寺島しのぶさんのリアルな子育てスタイルについてインタビュー。続きはこちら>>

『わたしのかあさん―天使の詩―』 現在上映中
監督:山田火砂子
出演:寺島しのぶ、常盤貴子、高島礼子、船越英一郎、安達祐実、東ちづる、渡辺いっけい、宅麻伸、落井実結子他
公式HPhttps://www.gendaipro.jp/mymom/

 

監督・やまだひさこ/昭和7年、東京都出身。女性カントリー&ウエスタン・バンド「ウエスタン・ローズ」で活躍後、舞台女優を経て映画プロデューサーに。アニメ「エンジェルがとんだ日」で監督デビュー。「石井のおとうさんありがとう」などで児童福祉文化賞受賞。著書に「トマトが咲いた」など。福祉、教育などのテーマで講演活動も。現代ぷろだくしょん社長。

俳優・てらじましのぶ/1972年生まれ、東京出身。舞台からキャリアを始め、2000年スクリーンデビュー。映画「赤目四十八瀧心中未遂」で2004年に日本アカデミー賞最優秀女優賞を受賞。2007年にフランス出身のクリエイティブディレクター、ローラン・グナシアさんと結婚。2012年出産。長男・眞秀くんは2017年・4歳のとき『團菊祭五月大歌舞伎』で初お目見え。以降毎年、歌舞伎の舞台を踏んでいる。

【公演情報】6月15(土)~25日(火) 舞台『おちょこの傘もつメリーポピンズ』出演
詳細:新宿梁山泊公式サイト

取材・文/原佐知子 写真/平田貴章 ヘアメイク/カオル(dynamic) スタイリスト/中井 綾子(crêpe)

©現代プロダクション

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