【児童虐待と歯】 “口腔崩壊”は家庭環境だけが原因? デンタルネグレクトがなぜ起きるのか、歯科医師が解説

学校歯科検診で虫歯が非常に多い子どもを見掛けることがありますが、「子どもが歯磨きをしないから」という単純な理由で済ませることはできません。そのような背景には家庭の状況だけでなく、子ども自身の精神的な要素も含め、いくつかの原因が考えられます。
今回は、児童虐待・ネグレクトや歯科恐怖症など、虫歯治療を妨げるさまざまな要因について論じます。
執筆/島谷浩幸(歯科医・歯学博士・野菜ソムリエ)

デンタルネグレクトとは?

2020年における厚生労働省の報告によると、児童相談所における児童虐待の相談内容として、心理的虐待が59.2%で過半数を占めて最も多く、次いで身体的虐待、ネグレクト(育児放棄や育児怠慢など)が続きました(図1)。

図1. 児童虐待の内容別件数

その中で、必要な医療を受けさせないことは特に「医療ネグレクト」と呼ばれており、子どもにおける虫歯の放置は「デンタル(=歯科)ネグレクト」と表現されることもあります。

特に虫歯の罹患率や未処置率は、虐待分類の中でもネグレクトの子どもに高くなっており、父母などの養育者が子どもの日常の世話をしていないという状況から、歯磨きといった生活習慣や口の中の健康管理に悪影響が及んでいることが推察されました。

このような子どもは“口腔崩壊”をきたしている場合が少なくありません。

口腔崩壊は、虫歯が10本以上あって痛みを伴ったり、歯はあっても歯冠部が崩壊して歯根だけが残る「残根歯」だけになって歯ぐきだけで食べるといった口の正常な機能が破綻した状態をいい(図2)、子どもにとっては正しい成長・発育を妨げる大きな要因にもなっています。

図2.口腔崩壊

虐待を受ける子どもは虫歯が放置されやすい

2012年に東京歯科大学の森岡俊介臨床教授らが行った調査によると、児童相談所の一時保護所で被虐児(虐待を受ける子ども)を対象に、口腔内状況を調べました。

図3. 永久歯の一人平均虫歯数の比較

その結果、一般の子どもに比べて虫歯罹患率が高く、しかも一人当たりの虫歯の数も多いことが判明しました(図3)。

一方、新潟大学大学院医歯学総合研究科の葭原明弘教授らの研究グループは、親から虐待を受けたとして県内の児童相談所に一時的に保護されている小中学生166人を対象として歯科健診を実施し、全国の同年代の子どもの平均虫歯数と比較しました。

その結果、保護されている子どもの81%が虫歯を経験しており、同年代の全国平均である54%を大幅に上回りました。さらにその中で、適切な治療を受けていたのはわずか4%に過ぎず、一度も治療を受けていないものが41%で同年代の平均である7%の6倍近くに及んでいました。

また、同教授のグループが2023年に報告した研究では、被虐児と非被虐児の双方を対象として、永久歯の中で特に大切な役割を果たす第一大臼歯(6歳臼歯)の虫歯保有率について調査しました。

その結果、上下左右4本のいずれの歯においても虐待群のほうが35倍という高い値を示し、統計学的に有意に高割合であるという結果となりました(図4)。

図4. 第一大臼歯の虫歯保有率の比較

「虫歯が多い=ネグレクト」ではない

このように、ネグレクト・育児放棄は子どもに虫歯が多い状況を与えてしまう大きな原因であることが分かりますが、逆に「虫歯が多い=ネグレクト」と短絡的に結び付けてしまうのは、非常に問題です。

なぜなら、虫歯が多い理由として、経済的な事情で歯科受診できない場合や(関連記事はこちら≪)、歯科恐怖症などの子ども側の要因が関係していることも少なくないからです。

特に、過去に受けた歯科治療の痛みや恐怖心がトラウマになっている歯科恐怖症は適切な治療に対する大きな妨げになるため、子どもに不快感を極力与えない治療や処置を心掛けることが歯科医療機関に求められています。

そのような子どもは結局、歯科医院に行きたがらなくなり、仮に行けたとしても痛い時だけの来院にとどまり、応急処置だけ受けるような不十分な治療で虫歯を放置することになります。その結果、虫歯は徐々に進行して歯冠部が崩壊し、残根歯が多くなって口腔崩壊状態に至る可能性があるのです。

2019年に日本歯科大学小児歯科学講座の苅部洋行教授は、イギリスやフランスなど各国における歯科恐怖症の疫学調査の研究論文の結果をまとめて報告しています。

それによると、高度な歯科恐怖症の頻度は平均して約12%であり、決して少なくないことが明らかになりました。つまり、8人に1人程度の割合で恐怖症患者がいることになり、口腔崩壊の原因を追究する際は、この点も考慮する必要があります。

親がとても熱心で、歯痛のある子どもを頑張って歯医者に連れて行っても、肝心の子どもが歯科治療を嫌がってしまっては、どうしようもありませんよね。そのようなケースは私も日常診療で時々経験しますし、保護者の方々のご苦労も十分理解できます。

子どもの歯医者嫌いを克服するには、歯磨きの練習から始めるなど、子どもが徐々に歯科医院の雰囲気に慣れるように努めるしかありません。

学校歯科検診で虐待の早期発見を

やはり問題なのは、「歯が痛くても放置」するネグレクトの場合なのですが、そもそも虐待が疑われる子どもが日常的に歯科医院を受診するとは考えにくいため、実態を把握するのが現実的には非常に困難であると言わざるを得ません。

しかし、学校歯科健診は家庭の状況に関係なく、子どもたちの口の中の状況を確認できますから、子どもの家庭環境を知る重要な情報源になります。

では、実際にこの情報はうまく活用されているのでしょうか?

まず法律面から見てみると、児童虐待の通告に関して、児童虐待の防止等に関する法律では第5条で「児童虐待の早期発見等」として、児童虐待を発見しやすい立場にある学校歯科医や、福祉にも関わる歯科医にも、児童虐待の早期発見が努力義務として課せられています

しかし、2014年度の社会福祉行政業務報告によると、医療機関からの通報は2012年度で約3%にしか過ぎず、しかもこの通報の大部分は産婦人科や小児科を標榜する病院からだと言われています。

すなわち、歯科関係の医療機関からの通報は極めて少ないというのが実情なのです。

2016年に東京歯科大学の森岡氏が発表した内容によれば、東京都板橋区歯科医師会に所属する約250施設を中心に、およそ300施設に対して児童虐待に関するアンケート調査を実施しましたが、回答率がわずか23%という低い結果となりました。

この結果から分かるように、一般歯科医療機関での児童虐待防止・早期発見に対する意識は決して高くはないことから、子どもの口腔崩壊を防ぐためには一般歯科医が児童虐待について理解を深め、意識を高めることも大切であることが分かりました。

 *  *  *

以上より、虫歯が放置される子どもの口腔崩壊を防ぐためには、学校や社会・行政、歯科医などが協力して積極的に取り組むことが求められているのです。

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記事執筆

島谷浩幸

歯科医師(歯学博士)・野菜ソムリエ。TV出演『所さんの目がテン!』(日本テレビ)等のほか、多くの健康本や雑誌記事・連載を執筆。二児の父でもある。ブログ「由流里舎農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。X(旧Twitter)も更新中。HugKumでの過去の執筆記事はこちら≪

参考資料:
・厚生労働省:令和2年度児童相談所での児童虐待相談対応件数,2020.
・森岡俊介:歯科保健から見た児童虐待(ネグレクト).(特集)なぜ、なに、どうして?学校保健(第6回)「歯と口からの健康支援」,学校
保健.
・野上有紀子,葭原明弘ほか:児童相談所一時保護児童の口腔内状況.障歯誌35:608-15,2014.
・野上有紀子ほか:一時保護所に保護中の被虐待児童の歯種別う蝕罹患状況に関する報告.障歯誌44:10-18,2023.
・苅部洋行:歯科恐怖を知るー疫学と原因ー.日歯心身34(1・2):5-9,2019.
・森岡俊介:地域における虐待防止とくに地域歯科医の認識の現状.日本子ども虐待防止歯科研究会(第1回学術大会 プログラム・抄録
集):9,2016.

 

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