『火垂るの墓』なぜ節子と清太は死ななければならなかったのか 戦後80年の夏に観る意味【親子で観たい映画】

高畑勲監督のスタジオジブリ映画『火垂るの墓』が、Netflixにて配信中です。本作を今の世界情勢を踏まえた上で観返すと、いろいろな悲しみや憤りがこみ上げてきます。なぜ戦争でたくさんの尊い命が失われたのか?改めてその罪深さについて考えてみたいと思います。

Netflixで世界配信され、多くの反響を呼んだ『火垂るの墓』

戦後80年という節目を迎えた今年は、戦争の恐ろしさ、罪深さを雄弁に物語る映画やドラマ、ドキュメンタリーなど、さまざまな作品を目にします。そんな中、この機会にこそ、親子でぜひ観ていただきたいと思ったのが、高畑勲監督の秀作アニメ映画『火垂るの墓』です。

きっとパパやママなら、一度は本作をご覧になっているのではないでしょうか? 1988年の公開時は、宮崎駿監督作品『となりのトトロ』と同時上映されたことでも知られています。

©野坂昭如/新潮社, 1988

7月15日(火)からNetflixにて、日本で初めて配信された本作ですが、8月15日(金)21時からの金曜ロードショーでも放送されました。ちなみにNetflixでは2024年9月16日(月)より日本を除く190以上の国や地域で独占配信され、配信初週には、Netflix週間グローバルTOP 10(映画・非英語部門)で第7位にランクイン。海外で観た方々による投稿がSNSでトレンド入りするなど、大きな注目を集めました。

©野坂昭如/新潮社, 1988

本作のキャッチコピーは「4歳と14歳で、生きようと思った。」 これは糸井重里の名コピーですが、映画を観て、ことの重大さをかみしめます。たくさんの命が失われる戦争。私自身はある時点まで、その多くは戦闘や空襲のケガにより失われたと思いこんでいたんです。でも、実際には違いました。少なくとも太平洋戦争においては、餓死や栄養失調による死がそれを上回っていたと知り、驚愕したんです。

戦後80年経って今もなお、世界のあちこちで戦争が起きていて、人間はまだ、同じ過ちを繰り返しています。なぜ、人間たちは学ばないのでしょうか? 『火垂るの墓』の舞台は、太平洋戦争末期の神戸。

節子4歳、清太14歳は、なぜ、死ななければいけなかったのでしょうか? それを考えるべく、今一度、本作を観ていただきたいのです。

「人が普通に毎日死んでいく」のが日常だった戦争時代

冒頭から、神戸三宮駅構内駅で力尽きて倒れている清太の姿が映し出され、いきなり息を呑みます。そんな清太を見て、駅員たちは「またか」という感じで驚きもしません。なぜなら当時、戦争孤児の死体は、あちこちに転がっていたのだから。「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」。この唐突すぎる主人公の死から、物語は幕を開けます。この時点で、高畑監督、攻めてるなと、覚悟を感じました。

そのとき、清太が持っていたドロップの缶から出てきたのは、白い物体。その中身については追って明かされます。清太があっけなく死に、ホタルが夜空に舞う美しいシーンが流れたあと、過去へと遡っていくという構成です。

©野坂昭如/新潮社, 1988

終戦間近の神戸は連日、B29の空襲に見舞われており、清太と節子は母と別れ別れに。まだ幼い節子は母親を求めて泣きますが、その母親は空襲による全身火傷を負い、瀕死状態でした。

清太はその悲惨な状態の母を節子に見せることができないまま、母は息絶えてしまいます。父は出征したままだし、帰る家も焼失してないため、兄妹は遠縁に当たる叔母宅に身を寄せることに。最初は快く迎え入れてくれた叔母でしたが、少しずつ亀裂が生じ、ご飯も満足に食べさせてもらえない生活に耐えきれなくなった清太は、節子を連れて叔母宅を出てしまいます。

©野坂昭如/新潮社, 1988

やがて2人は、川辺の横穴壕で暮らし始めますが、大人の助けが一切入らない兄妹だけの貧しい生活で食料も尽き果て、先に節子のほうが栄養失調となり、どんどん衰弱していきます。節子がドロップを欲しがり、すべて食べてしまったあとで、その缶に水を入れた甘い水を飲んで喜ぶシーンや、表情がうつろになっていく姿がなんとも切ない。

清太は、やせ衰えた節子を医師に診せますが、医師は淡々と診断したあとで、もっと栄養のあるものを食べさせるようにとアドバイスをします。いやいや、そんなことができていれば、今こんなところにはいないでしょう(怒)。

観ているほうは、苛立ちを覚えますが、もはやそこで兄弟に手を差し伸べてくれる大人は、誰ひとりいません。そういう異常事態こそが、戦火の日常なんだなと思い知らされます。

©野坂昭如/新潮社, 1988

原作は野坂昭如の短編小説で、野坂さん自身の戦争体験を題材とした作品です。高畑監督はその思いをしかと受けとめ、戦争の悲惨さを真っ向から描こうとしました。そのリアリズムを徹底的に追求した作風には、終始圧倒されます。

清太の声を担当したのは、大人の声優ではなく、それぞれに年齢の近い辰巳努16歳と、白石綾乃5歳。2人とも関西出身なので、ネイティブな関西弁が実にリアル。特に節子は、幼子ならではの愛らしさが庇護欲をそそりますが、その声が愛らしければ愛らしいほど、後半の展開には胸が締め付けられます。

なぜ、あんなに可愛い子どもたちが、栄養失調で死ななければいけなかったのでしょうか? 今回、本作を改めて観てみると、「人が突然、普通に死んでいく」という、今では間違いなく“非日常”の状態が、当時は“日常”だったことを思い知らされました。この日常自体が、非常に怖いことだと思いませんか?

©野坂昭如/新潮社, 1988

折しも、「アンパンマン」の作者であるやなせたかし先生とその妻である小松暢をモデルにしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』が放送中です。劇中で描かれた戦争シーンでは、北村匠海演じる柳井嵩が、戦地で餓死しそうになったシーンが描かれたことも記憶に新しいところです。

大人ですら辛い飢餓状態に、たった4歳と14歳の兄妹が追いやられ、命を落としていく。というか、当時はこの2人だけではなく、戦争孤児があまたあふれていたんです。

悲しいことに、戦争を起こしてしまうのも我々人間たちです。実際に、現時点でも、戦火の街で毎日おびえ、ひもじい思いをしている罪なき人々が世界中にいますから。そのことを絶対に忘れてはいけないし、無関心になってもいけないと、私自身は痛感しています。

だからこそ、『火垂るの墓』は、今を生きる人々、もっと言えば、これからの未来を担っていく子どもたちも含めて、家族で一緒に観ていただきたいと思いました。

SUPER EIGHTの安田章大が日本語音声ガイドを担当

『火垂るの墓』の日本語音声ガイドを担当したSUPER EIGHT 安田章大

なお、Netflixで配信中『火垂るの墓』では、日本語音声ガイドを、SUPER EIGHTの安田章大が担当しています。これは、登場人物の動きや表情、衣装、場面の変化についてナレーションで補足説明を行うというもので、セリフだけでは伝わりにくい視覚的な情報も提供してくれます。

かつて脳腫瘍(髄膜腫)の手術を受けた安田さんは、今もなお光過敏の後遺症と向き合っており、ご自身の体験を通じて「音による視聴体験」の可能性を深く実感されてきたとか。本作のナレーターを務めたことについて、下記のような熱いコメントを出しています。

「小学生の頃、仲の良い友だちが視力を失ったことから、一緒に手話や点字を学んだことがありました。また、僕の出身は兵庫県で、『火垂るの墓』の舞台でもある西宮や神戸の風景は、子どもの頃から日常にあった場所です。夏休みには、友だちや地域の子どもたちと、『火垂るの墓』を一緒に観た記憶もあります。その後、さまざまな経験を経て、40歳になった今、思い出がたくさん詰まったこの作品に、“音声ガイド”という形で関われることに、なにか運命的なつながりを感じています。すべてがつながっているようで、なるべくしてなったような、深く得心する思いです」

また、「この作品の強いメッセージが、音を通じて伝わるよう、一音一音に思いを込めて語りました。多くの方に“音で感じる物語”として届けられることをうれしく思います」とも言っています。視覚に制限のある方はもとより、また気づかない情報も与えてくれる日本語音声ガイドもぜひ合わせてチェックしてみてください。

『火垂るの墓』はNetflixで配信中
監督・脚本:高畑勲 原作:野坂昭如「アメリカひじき・火垂るの墓」(新潮社)
声の出演:辰巳努、白石綾乃、志乃原良子、山口朱美…ほか
配信サイト: https://www.netflix.com/jp  

野坂昭如/新潮社, 1988 『アメリカひじき・火垂るの墓』 野坂昭如 | 新潮社

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