絵本作家・五味太郎さん×日本文学研究者・ロバート キャンベルさんが「言葉」を軸にトーク。『きんぎょが にげた』の英訳秘話も!

今回のゲストは日本文学研究者であり、五味さんの名作『きんぎょが にげた』を英訳した『The Goldfish Got Away』の翻訳者でもあるロバート キャンベルさん。日本文学に精通した彼だからこそ持つ独自の視点での翻訳について、そして「言葉」というものに迫りました。

始まりは、「言葉なんて大したことない」という五味さんの言葉から。

五味太郎(以下敬称略)「『きんぎょが にげた』という絵本を、ロバートさんに翻訳していただいたことは、もちろんとてもありがたいんだけど、どんな言葉になっても大丈夫だと思っているんです。『言葉なんて大したことないんだよね、絵で喋っているからさ』と。描く側からの話をすると、どうしても絵で描けないものをテキストにしようかなってくらいの意識なので、どんな言葉が来てもへっちゃらだよという感じが根底にあります」

ロバート キャンベル(以下敬称略)「五味さんはそうおっしゃいますけど、初稿のときに五味さんから直したいというリクエストがあったんです」

五味「あ!思い出しました」

きんぎょに「性」を与えてはいけない

ロバート「僕はきんぎょに性を与えたんですよね。性のない代名詞を使うことはもちろんできるけれど、そうすると共感が薄くなると思って。本の中にはオスかメスかということは書いていないということももちろんわかってはいたんです。このきんぎょを愉快に泳がせて、つまり時間や空間を泳がせるようなものとして『性を帯びさせない方』がいいのか、それとも『性を持たせて読者にぐっと入ってもらう方』がいいのか。散々考えたのですが、五味さんからは『性ではない。これは中性でもない。性があってはいけない』と言われたんです。英語だとI(アイ)で済むところが、日本語では、”僕”、”俺”、”私”だったりいろいろありますから」

五味「”自分”だったりね」

ロバート「そう。特に男性はバリエーションが多い。”俺”という言葉を使って人間関係を培っていくような(若い)時代に、私は日本にはいなかったし、日本語を使って日本語の中を泳いでいなかったので、二十代くらいから日本語脳がこう作動し始めたわけです。そうすると、日本で育ち成人していない私にとって、”俺”という一人称はすごく使いづらいんです」

英語と日本語の一人称の違い。きんぎょに「性」を与えるかどうか。翻訳者ならではの葛藤と決断が語られます。

言葉の「誤解」やその背景にある文化の違いなど、尽きることのない日本語談義を経て、話題はふたたび『きんぎょが にげた』へと戻ります。

これは「きんぎょを探す絵本」じゃない

五味「これはきんぎょを探す絵本じゃないわけですよ。絵本はどんな読み方をしてもいいんだけど、問題・答え、正解・不正解みたいな感じになるのは違うんだよね。問いと答えは繰り返すわけで、今正解だったような答えも1分経ったらそれが実はぐるりと回って不正解になるんだよ。でもまた答えが出てくるよね、という感じで。僕の中では、人の文化の中で、止まっちゃったら面白くもなんともないなぁということが基本的にありますよね」

ロバート「そうすると物語は強いですよね。起承転結の『結』がないものが、たいがい面白いものだったりします。僕が最初に『きんぎょが にげた』を日本語で読んだとき、最後にきんぎょ鉢に戻って『もう にげないよ。』という終わりに…、これってもう『逃げないよ』っていう結末がいいことなのか、『もう逃げられないよ』ということなのか、『逃げなくてもいい』(安心できる場所を見つけた)ということなのか、と考えたんです」

「もう にげないよ。」——でも、また逃げるよね

五味「これは俺の自信なんだよね。絵本ってさっき話したみたいに、問題・答えじゃない世界なんだよ。でも50年前、福音館(書店)はまだ『問題・答え』の世界にいたんだよね。俺はそれを議論したの。『もう にげないよ。』で絵本は一応終わっているけれど、でも『(また)逃げるよね』って俺の中では当たり前に思っているわけよ。ころがるほどに丸い魂を持った子ども———さっき話に出た井上陽水さんの歌詞(『なぜか上海』のワンフレーズ“ころがるほどに丸いお月さん”からの例え)じゃないけれど、そんな魂を持った子どもなら、絶対また逃げるよねって」

ロバート「『もう にげないよ。』という言葉は、ある意味では『逃げたいという気持ち』をずっと手放せないでいる、ということの裏返しでもあるのでしょうか」

五味「それも余計なお世話で、人間の魂というよりパワーの話。ここが嫌だから逃げたわけじゃなくて、『ここもいいんだけど、あっちも良さそう』ということが連続している空気感みたいなものを描けたなと思ったの。俺は結構自信あって、『これだっ』て思ったんだよ。中にいじめっ子がいるからきんぎょ鉢から逃げ出したわけじゃない。単に『気分』で言ってるだけなんだよね」

五味さんのこの確信が、絵本の世界を広げます。

“get away” “slip away” の違い

ロバート「それはすごくピースフルですよね。面白いなぁと思ったのが、『もう にげないよ。』の最初の英訳本は”Home at last.(ついに家に着いた)”になっているんですよ。一方、僕は”Now the fish won’t slip away.”という英訳にしているんです。『ここに来たことは良かったんだけど、このままずっといたいのかな、どうなのかな、』というところを表したかったんです」

五味「うんうん。わかるよ。”get away” と”slip away”はどう違うの?」

ロバート「”get away”は完全に誰かの力で制止されている…つまり、金魚鉢と水に囚われている感覚です。閉じ込められていることへの『抗い』があるんです。だからこの本には”get away”は違うなと思ったんですよね」

一つ一つの単語の選択に、翻訳者の深い思索が込められています。

翻訳という軸を持ちながら、言葉の理解や言葉との向き合い方、答えが出ないことの面白さなど、対話は尽きることなく続いていきました。

そして最後には、五味さんの新作『ひよこは にげます』の翻訳をロバート キャンベルさんにしてもらう、ということを約束したお二人。今度は一体どんな言葉が選ばれるのか、その誕生が今から楽しみです。

この他、「翻訳すると失われるもの」、「誤解は愉快」、「子どもはちゃんとわかっている」、「問題と答えの世界に落ちたとき」、「閉じない癖をつける」、「体はレンタカー」など、気になる話が盛りだくさん。見終わったとき、少し、この世界が違って見えるかもしれません。この対談の全編は配信でぜひ、ご覧ください。

ギャラリートークアーカイブ配信情報

『五味太郎 絵本出版年代記展 ON THE TABLE』で、全6回にわたって開催されたギャラリートーク。編集者、デザイナー、作家、翻訳家、シンガー、文学研究者——多彩なゲストとの対話から見えてきたのは、五味太郎という表現者の核心と、絵本や言葉をめぐる自由で豊かな世界。予測不可能な展開、思わず笑ってしまう瞬間、そして深く考えさせられる問い。どの回も、その場でしか生まれない特別な時間でした。

ぜひアーカイブ配信で、その豊かな対話をお楽しみください。

お好きなタイミングでご視聴いただける【アーカイブ配信】のオンライン配信チケットをご購入いただけます。 (配信終了は2026年5月末日。※アーカイブ配信は、内容を一部カットする場合がございます。)

全6回のラインナップ:

  1. 歴代編集者たち /絵本ができるまでの裏話
  2. 祖父江慎さん(ブックデザイナー) /空っぽになる力、感覚を信じること、デザインについてなど。新刊『そういうことなんだ』公開打ち合わせも
  3. 荒俣宏さん(作家・博物学者) / 本はどこまで自由になれるのか。知的冒険の2時間
  4. 金原瑞人さん(翻訳家) / 翻訳で見える言葉の面白さ。10年越しの宿題とは?
  5. 坂本美雨さん(シンガー) /子育てと社会、「今、大人が壊れちゃってる」とは?
  6. ロバート キャンベルさん(日本文学研究者) / 誤解は愉快。答えが出ない面白さなど

配信特設サイト:
https://dps.shogakukan.co.jp/gomitaro50

※本記事は、2026年1月30日開催のトークイベントを再構成したものです。

★代官山LURF GALLERYでの『五味太郎 絵本出版年代記展 ON THE TABLE』は2026年2月15日で終了いたしました。次は千葉県の佐倉市立美術館に巡回予定、2026年4月11日〜7月5日まで、『五味太郎 絵本クロニクル展』として開催されるそうです。

読み終えたとき、世界は変わらないのに、
見え方が、少し変わっているはず。

人生にモヤモヤしている人にもおすすめ!
『そういうことなんだ』五味太郎著
2026年 3 月 5 日発売

文/柿本真希

編集部おすすめ

関連記事