5歳から本の虫だった幸一さん。小学校に入学し、読むことは得意なのに「字が書けない」ことでコンプレックスを抱くようになります。毎晩親子で取り組んでいた「漢字学習」も成果が出ず、学校に行くことが苦痛になって行き、4年生になると「死にたい」と言うようになってしまった息子に、母が取った行動とは…
目次
- 漢字の習得は4年生であきらめました。気分転換を図るために出張に同行させたことも
- 息子にとって大切なのは、自分を守る術を知ることだと気づきました
- 「KIKUTA」との出会いで学校生活に変化が。保護者同士の情報交換で救われました
- 学校に求めるべきは、自己肯定感が下がらないための合理的配慮
- 学校は心を壊してまで行く必要はないけれど、社会を知るために学べることも多い場所
- 「叱られてばかり」と思わないように。1つ注意したら、3つほめるを心がけています
- 読書をセーブするためにKindleを保管中です。ワケを説明したら納得してくれました
- 発達支援が必要な子どもを育てるには周囲からのサポートは欠かせません
- 苦手なことを無理にやらなくても自分らしく生きていける。そう伝え続けたい
漢字の習得は4年生であきらめました。気分転換を図るために出張に同行させたことも

-幸一さんは学校に通うことで、心を傷つけてしまっていたのですね。
そうなんです。担任の先生との相性が悪いのは仕方のないことかもしれませんが、簡単に改善もできません。学校に行けば叱られて傷つく可能性が高いことがわかっているのに、それでもなお、毎日学校に行かせる必要はあるのか?と考え、週の半分は休ませることにしました。
そもそも保育園の頃から、私が仕事で出張の際は、私の母に付き添ってもらって、時々一緒に出張先に連れて行ったりもしました。勉強は後からでも追いつけるので、まずは、一緒に楽しい経験をすることを小学生までは優先してもいいかな、と思って。学校がつらいときには、こういう出張の機会は気分転換にとても良かったですし、仕事のスケジュールを融通して週末に観光をしたりして、楽しい思い出もできました。
手書きの漢字練習にこだわっていたのは、母の私だったと気づいて
漢字の学習は、親子で限界まで頑張ってみましたが、もうこれ以上は無理だと思い、4年生の途中でやめることにした。その頃にはタイピングも自在にできるようになっていましたので、漢字を読むことができて、名前と住所くらいが書けるようになれば、他が書けなくても何とかなると思ったからです。
漢字の手書きはいくらやってもできるようにならないですし、手書きを頑張らせているのは私の意思で、本人は漢字が書けるようになりたいと全く思っていないんだなと気づいて、申し訳ない気持ちになったことを覚えています。
息子にとって大切なのは、自分を守る術を知ることだと気づきました
-お母様の考え方にも変化があったわけですね。
はい。息子の自己肯定感がどんどん下がってしまって、無理に「普通の小学生」を求めて登校させたり、漢字をやらせたりするより、息子の心の健康を第一に考えないといけないと切実に思わされました。心を壊さないでいるためには、どうすればいいのか?を自分なりに考えて、保育園時代からいろいろ工夫して対応してきたつもりでしたが、それでもまだ足りなかったというか、どこかで、まだ「普通の小学生」に求められていることを頑張らせてしまっている自分がいるな、と反省したというか、そこで、発達障害に関する本をさらにたくさん読んだりしました。
その中で、自分をよく知り、自分を守る術を身に付けるのが大切だという考え方に触れたんです。自分は何が苦手で、どうすれば疲れすぎずに心を守ることができるのかを知り、それに従って行動すれば、心が壊れてしまうことを防ぐことができる。親もそういう視点から子どもをよく観察し、行動を評価することが重要だと思うようになりました。
自分を守るために教室を抜け出すことはダメなことじゃない

例えば教室を抜け出しちゃうときも、ある意味、自分を守っているのでは?と考えられるようになったんです。その場にいるのが耐えられず、そこから逃避しているわけですよね。その行動を「ダメだ」と評価するのではなくて、まずは限界が近くなったら自分を守ることは良いことだと考えたうえで、どうやれば自分を守りながら社会と折り合いをつけられるのかを、成長と共に時間をかけて探っていく場所が学校だ、と捉えるようになりました。
聴覚過敏も、幼い頃は自覚がなかったようで、私を含めて周りの大人も気づいていませんでしたが、成長してからは、「自分はうるさい環境だと疲れてしまう」とわかるようになり、いろいろと自分なりの対処法を考えられるようになったようです。
イヤなものが何か、居心地が悪いのはどんなときか、何をすると疲れるか、限界が近づいてきたサインは何か、それがだんだんわかってくるとパニックなどになる前にうまく対処し、周りと折り合いをつけられるようになってきます。例えば息子の場合は、授業参観日のいつもと違う雰囲気がとても苦手で、普段に増して落ち着きがなくなってしまうんです。それがわかってからは、心の平安を優先させて、授業参観の日は親子でお休みするようにしました。
「KIKUTA」との出会いで学校生活に変化が。保護者同士の情報交換で救われました

-発達障害や書き障害に関して、どうやって情報を得られていたのですか?
発達障害や書き障害に関しての情報は、ネットで得るだけではなく、書籍も数多く購入しましたが、書き障害に関しては、まだ専門書籍も少なかったです。
いろいろ情報を集めているなかで、5年生のときに、「KIKUTA」という読み書き障害のための支援プログラムに出合ったことが、息子の学校生活に大きな変化をもたらすことになりました。「KIKUTA」は、学校で子どもの苦手を補うための合理的配慮を受けるにはどうすればよいのか、保護者はそのノウハウを教えてもらい、子どもたちはデジタル機器を使っての学習法を学ぶなど、様々なスキルを教えてもらうことができます。
「KIKUTA」に出合うまで、学校にデジタル機器を持っていて授業やテストを受けることができる、ということ自体、私もまったく知りませんでした。幸一は、その頃授業にほとんど参加していなかったので、そんなことに興味はあるのかな?と私は半信半疑でした。ただ、本人に決めてもらおうと思い、幸一に「学校でデジタル機器を使える方法を教えてもらえる場所があるのだけど興味ある?」と聞いたら、少しの迷いもなく「参加したい」と言ったので、私の方が驚いたくらいでした。
子どもたちがサポートの授業を受けている間が、保護者たちの情報交換タイムです。特に、年上のお子さんのお母様方ですでに合理的配慮を学校にお願いされた経験のある方からは、その際の様々な経験談や、具体的なアドバイスなどを教えていただいて、とても学ぶことが多かったです。横のつながりができて、私自身もものすごく気持ち的に助けられましたね。
学校に求めるべきは、自己肯定感が下がらないための合理的配慮
-「KIKUTA」での保護者同士の情報交換では、どんな学びがあったのでしょうか?
例えば、漢字の書き取りテストも、みんなと同じように手書き形式では解答できなくても、たくさんの漢字の中から選ぶといったように、出題の仕方を工夫したテストを作ってもらい、ちゃんと理解していることを示すことで点をもらっている、といった話や、合理的配慮を受けられるようにするための学校側との交渉の際の心得など、何も知らない私にはすべてが新しい学びでした。特に、他の学校で行われている合理的配慮の話は、そのまま学校に伝えられるので、参考になりました。
いちばん役に立ったのは、学校側と交渉する際に、「学業の成績をあげるために配慮を受けたいのではなく、自分にあった方法で勉強し、テストを受ければ自分もできる、という自己肯定感を支えるために配慮が必要だ」と伝えることが大切だと教えてもらったことですね。学校と折り合いをつけて付き合うことの大切さも学びました。学校と関係が悪くなると、子どもが学校にいづらくなりますから。
-学校では、どういった合理的配慮を受けられるようになったのでしょうか?
医療機関で正式に書き障害の診断を受け、診断書を学校側に提出し、6年生からiPadを学校に持って行くようになりました(ただし、合理的配慮のために診断書は必須ではありません)。それまでは、ノートが書けないがために放棄していた授業も参加できるようになっただけでなく、校外学習や運動会などの行事にも参加できるようになりました。
「書けない」ことによる同級生への劣等感が減って、自信が少し回復したからではないかと思います。デジタル機器の使用を、学校側が合理的配慮として認めてくれたことが大きかったです。
学校は心を壊してまで行く必要はないけれど、社会を知るために学べることも多い場所
-学校には、どういったことを期待されていますか?
学校は、勉強を学ぶところではなく、社会の中で生きる術を身に付けるための場所、というふうに小学校の途中で考えが大きく変わりました。
大人になって社会に出ると、実に多様な人々がいますよね。そういった人たちとどう向き合っていけばよいのか? それを考えると、学校はまさに社会の縮図でもあり、自分と気の合う人、そうでない人がいて、そうでない人とはどう付き合っていけばよいのかなど、そうしたことが学べたらいいなと思います。
社会は決して怖いところではなく、自分で自分をどう守るかがわかっていれば、困難に直面してもうまく折り合って生きていけると、感じてくれたらと思います。勉強に関しては、無理に学校で苦手な先生からすべてを学ぼうとしなくても、やる気になったときに、気の合う塾や家庭教師の先生などから学ぶのでもよし、という考えです。
「叱られてばかり」と思わないように。1つ注意したら、3つほめるを心がけています
-幸一さんの子育てで心がけていることについて、教えていただけますか?
「注意1:ほめる3」の心がけでしょうか。勤務先の社内研修で聞いた話ですが、人間の脳はネガティブなことを強く覚えてしまいがちなんだそうです。叱られることの多い子は、叱られたことばかり覚えていて、どうしてもポジティブな気持ちにはなりにくい。
なので「自分は叱られてばかり」だと思ってしまわないように、1つ注意したら3つはほめるようにして、ちょうど気持ちのバランスが取れると教わりました。でも、これがなかなか大変なんですよね(笑)。私もつい、注意することが増えてしまいがちです。だからこそ、子どものよいところについては、気が付いたときに積極的に言語化してほめるようにしています。抽象的なことばだと心に響かないので、具体的にほめるよう心がけています。
-抽象的でなく、具体的なほめ方とは、どういうことでしょうか?
「かっこよいね」「よくできてるね」などの抽象的な言葉でのほめ方だと、なにがかっこよいのか、どこがよくできているのか、本人に伝わりません。特に自閉スペクトラム症の子には伝わりにくい。それより、本人が工夫したり頑張ったりしたであろうポイントを観察したり、本人に聞いたりして、「○○○というアイデアがよいね」とか、工作の作品をほめる際は「ここのドアの開閉の工夫がいいね」など、本人の工夫や頑張りに対して具体的に共感することを心がけています。
あと気をつけていたのは、「賢いね」とか「〇〇ができてすごいね」というようなほめ方は、「いつもそうじゃないといけない」「そうじゃないと認めてもらえない」などといったプレッシャーを生んでしまうことがあると聞いたので、できるだけしないようにしています。逆に、「うまくいかないときもあるよね。そのうちできるようになってくるかも」「失敗してもドンマイだよ。ママだってこんな失敗をしたよ」と、うまくいかないときもサポートするようなコミュニケーションもすることによって、誰でも失敗するし、それでいいんだとわかってもらえるようにも気を付けました。ほめるばかりではなく、うまく行かなかったときこそ、気持ちに寄り添う、慰める、元気づけるなども大切なコミュニケーションだと思います。
逆に、叱ったり注意をしたりというときも同様で、何がどういけないのか、どうしてもらいたいのかを具体的に説明をして、ちゃんとこちらの思いが伝わるように心がけています。
読書をセーブするためにKindleを保管中です。ワケを説明したら納得してくれました
-そういえば、幸一さんは、「母親にKindle(電子書籍端末)を取り上げられたけど、自分が悪いので仕方ないと納得した」とおっしゃっていましたね。
今もまだ、私が保管していますよ(笑)。実は、子育てで大事にしていることの1つに「生活リズムを崩さない」ということがあります。何かに夢中になることはよいのですが、そのせいでそれ以外のことが何もできなかったり、生活リズムが乱れてしまったりということはよくないですよね。
学校を休んでいた時期も、登校時間前には起きて、授業時間は工作をしたり本を読んだりして過ごし、放課後の時間になるまではゲームなどのデジタル機器で遊ぶことは禁止にしていました。生活リズムが乱れてしまうと、いざ学校に戻ろうと思っても、それを直すことから始めないといけなくなりますから。
Kindleに関していうと、紙の本と違って、読書の区切りがつけにくかったんです。あまりに夢中になりすぎたため、時間制限をしたり、ルールを作ったり、いろいろと試しましたがうまくいかず、食卓にまで持ち込むようになるなど、うまくいきませんでした。そこで、一緒に試行錯誤した挙句、私が預かることにしました。「10代はまだ脳の前頭前野が未発達で、衝動や感情のコントロールがきかず自己制御能力が弱い」ということを詳しく丁寧に説明したところ、「自分でコントロールできないから仕方ない、親に預かってもらうしかない」と本人も納得したようです。
発達支援が必要な子どもを育てるには周囲からのサポートは欠かせません
-お母様は、フルタイムでお仕事されていますよね。子育てや家事との両立は大変ではありませんでしたか?
大変じゃなかったとは決して言えませんが、私の場合、仕事を辞めて子育てオンリーになってしまっていたら、一心不乱に子どもにエネルギーを使いすぎて、かえってよくなかったのではないかと思います。幸いにも、仕事の調整がつけば、リモートワークができる環境だったので大変助かりました。学校が五月雨登校だった頃は、幸一と相談して、どうしても私が会社に行かなければならない日には幸一も学校に行く、その代わり、私が在宅して大丈夫なときは、幸一も学校を休んでも大丈夫、というように親子で協力して日程調整をしていました。
手が足りない部分は、実家を頼ったり、ファミリーサポートを利用したりするなど、いろんなところで本当にたくさんサポートしてもらってきました。お金はかかりますが、サポートしてくれる人を増やすことは大事だと思います。理解してくれる人を多く持つことは、発達支援が必要な子どもを育てる際には、親にも子にも精神的な力になります。
-専門医の受診はされていたのですか?
児童精神科の受診は、最初は少しハードルが高いかもしれないですが、専門のお医者様とつながっておくことはとても頼りになりますし、何かあれば相談できる安心感があります。子どもは親の気持ちに敏感です。親が不安になっていると、子どもの心も不安定になりますから、あまり神経質にならないことや、何とかなるだろうと思う楽観的な気持ちを持つように心がけることも、子育てでは大切なんじゃないかと思います。
苦手なことを無理にやらなくても自分らしく生きていける。そう伝え続けたい

-今、幸一さんは高校生ですね。大人への階段を上り続けているところですが、今までの子育てを振り返ってみて思うことを教えてください。
誰でもそうだと思いますが、どうしても他の子と比べてできないことに目が行きがちですが、できないからといって意気消沈しないことが大切だって思うようになりました。
子どもへの期待値が高いと、「できないこと」が増えてしまいます。みんなと同じようにできなくても、子どもの成長スピードはそれぞれ違いますし、その子なりに必ず成長していきます。また、できないことはできないままでも、実は問題なかったりすることも多いんですよ。例えば、自転車が乗れなくても大人になってしまえば問題ないですし、縄跳びができないからといって困ることもないですよね。大人になっても必要な勉強も実はそれほどないですし、本当に必要ならもう少し大きくなって本人に余裕が出てからやり直すこともできます。
苦手なことを無理にやらなくても、自分らしく生きていけるものです。できないことを無理にやらせようとして、その結果、メンタルを病んで二次障害が起きてしまったら元も子もありません。振り返るといろいろと反省することもありますが、とにかくいちばん心を砕いたのは、どうすれば二次障害が出ないかということでしたね。あとは、子どもをどれだけ大切に思っているかを言葉に出して伝えて、困っているときにはできるだけ味方になり、応援できる立場でいたいなと思っています。
5歳で小学校高学年向けの本を読破した息子が、まさか字が書けないなんて…<前編>はこちら
暗闇にいた私の転機は、小学五年生で訪れた――。胸に迫る魂の救済の告白
読むことはできる。むしろ大好きだ。でも、漢字を習い始めて気づいてしまった。どうやら自分は「普通」ではないらしい…。苦しみぬいて、現実を諦めた頃、恩人と出会い道が開けた、障害当事者の少年の経験談。まだ、一般にあまり知られていない「読み書き障害」への理解をうながすための好著。
朝野幸一さんへのインタビュー記事はこちらから
取材・構成/仲尾匡代 イラスト/本田亮