「すぐ止めない」理由がある? 保育園で大切にしている見守りの視点

保育園の日常においても、おもちゃの取り合いや順番争いといった子ども同士のトラブルは、避けては通れない毎日の出来事です。園での様子を見ていて「どうして先生はすぐにケンカを止めないんだろう」と不思議に思われる保護者の方もいらっしゃるかもしれません。
もちろん、たたく、かむ、物を投げるといった危険な行為や、子どもの安全が脅かされる場面では、私たちは迷わずすぐに介入します。子どもの安全を守ることは何よりも優先されるべきだからです。しかし、そうした危険がなく、子どもたち同士でやり取りを続けられる場面であれば、保育士はあえて少し距離を置いて見守る姿勢をとります。
これは決して子どもたちを放っておいているわけではありません。大人が即座に間に割り込んで「ごめんね」「いいよ」と表面的な言葉を交わさせ、その場のトラブルを収めてしまうと、子どもたちが自分自身の力で大切な学びを得る機会を奪ってしまうからです。
大人が介入しないことで育つ3つの力
大人がすぐ介入しないことで、子どもには大きく分けて三つの大切な力が育ちます。
一つ目は、自分の思い通りにならない悔しさや怒りをコントロールする力です。
二つ目は、「相手も同じおもちゃで遊びたかったんだ」「自分の一言で相手が悲しんでいるんだ」と他者の思いに気づく力です。
そして三つ目が、自分たちなりのルールや解決策を編み出していく問題解決の力です。
以前、学校教育改革で知られる工藤勇一先生の講演を拝聴した際、非常に印象に残った言葉があります。「大人は目の前のケンカを止めることはできても、子ども同士の人間関係をつくることはできない」。人との付き合い方は、教えられるだけで身に付くものではありません。
例えるなら、水泳の授業と同じです。教室でいくら教科書を開いて泳ぎ方の話を聞いたとしても、それだけで泳げるようになる子はいませんよね。実際に水に入り、水をかいて体を浮かせ、時には水を飲んでしまいながら体の動かし方を覚えていくことで、初めて「泳ぐ」力が身に付いていきます。
人と人との関わり方もまったく同じなのです。表面的に仲直りしたように見せる手助けは大人にできても、ぶつかり合いの中で相手と話し合い、折り合いをつけて仲直りする経験を積み重ねなければ、社会で生きていくための人間関係の築き方は身に付きません。だからこそ保育現場では、当事者である子どもたち自身が水に入って「泳ぐ」時間を大切にしているのです。
見守ることで生まれた子どもたちの解決策

保育士が現場で見ているのは、誰が正しくて誰が悪いのかという犯人探しではありません。子どもが今どんな気持ちでいるのか、言葉で気持ちを伝えようとしているか、相手の話を聞く余白があるかといった、試行錯誤のプロセスそのものを丁寧に見極めています。
ある日、園庭で人気の大きなボールをめぐって、2人の子どもが激しく引っ張り合いを始めました。お互いに譲らず、表情も真剣そのもので、大人が見れば「そろそろ手が出るかもしれない」とヒヤヒヤする場面です。しかし担当の保育士は、お互いに手を出す気配がなく、言葉や力の押し引きで必死に対峙している様子を確認し、危険がない範囲で一呼吸置いて見守ることにしました。
そのまま数秒が過ぎたとき、引っ張り合っていた一人の子がふっと力を抜き、「じゃあさ、どっちが遠くまでこのボールを投げられるか勝負しようよ!」と提案したのです。もう一人の子も少し驚いた顔をした後、「いいよ、僕から投げる!」と笑顔で応じました。さっきまでの殺伐とした取り合いが、一瞬にして新しい楽しそうな遊びへと変わった瞬間でした。
もしこのとき、大人が焦って「順番に使いなさい!」「半分こにしなさい!」と間に入って決めてしまっていたらどうだったでしょうか。その場のトラブルは収まったかもしれませんが、子どもたちが自分たちで考えて新しいルールを生み出し、関係性を再構築するという素晴らしい成功体験は生まれなかったはずです。
ご家庭で実践できる! 子どもの力を引き出す見守り方のステップ

ご家庭や公園で子ども同士のトラブルに直面したとき、どのように関わればよいのか迷うこともありますよね。毎回完璧に対応しようとする必要はありませんが、ご家庭で意識して実践できる見守り方のステップをご紹介します。
最初のステップは、安全の確保と「一呼吸置く」ことです。たたく、かむ、物を投げる、あるいは道路などの危険な場所に飛び出すといった安全に関わる場面では、迷わずすぐに止めに入りましょう。しかし、そうした危険がない声の掛け合いや引っ張り合いであれば、まずは心の中で静かに5秒数え、口を出さずにじっくり観察してみてください。
次のステップは、子どもたちの気持ちを代弁して整理してあげることです。興奮してうまく言葉が出ない子に対して、「〇〇ちゃんは、もっとこのおもちゃで遊びたかったんだね」「〇〇くんは、いきなり取られてびっくりしたんだね」と、双方の思いを大人が言葉にして受け止めます。大人が自分の気持ちを理解してくれたと感じるだけで、子どもの高ぶった感情は驚くほど落ち着いていきます。
続いてのステップは、子ども自身に答えを考えさせる問いかけです。大人が「こうしなさい」と指示を出すのではなく、「どうしたら二人で一緒に楽しく遊べるかな?」「これからどうすればいいと思う?」と問いかけてみてください。子ども自身が考えるためのヒントや余白を少しだけ残してあげることが大切です。
最後のステップは、小さな歩み寄りや解決の姿勢をしっかり認めてあげることです。たとえ上手な解決策でなかったとしても、子どもたちが自分なりに譲り合ったり、言葉で思いを伝え合えたりしたときには、「自分たちで話し合って決められてすごかったね」と、そのプロセス自体をしっかり褒めてあげてください。
おわりに
私たち大人は誰しも、我が子につらい思いや嫌な思いをさせたくないと思っています。だからこそ、子どもが困っていたりぶつかり合っていたりする姿を見ると、すぐに手を差し伸べて助けてあげたくなります。その温かい親心は、とても尊く自然なものです。
しかし、これから成長して社会に出ていく以上、人と人とのぶつかり合いや衝突をすべて避けて通ることはできません。親の本当の役割は、子どもの人生からすべての障害やトラブルを取り除いてあげることではないはずです。むしろ、困難に出合ったとき、子ども自身が自分の頭で考え、相手と向き合い、乗り越えていくためのたくましい力を育んであげることではないでしょうか。
子ども同士のケンカは、大人から見れば困った出来事に見えるかもしれません。ですが子どもたちにとっては、人と共に生きていく術を学ぶための貴重な「練習の場」なのです。大人はその大切な練習機会を奪ってしまうのではなく、泳ぎ方を優しく教え、必要なときには安全を守るセーフティネットとして、温かく見守っていきたいものです。
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この記事を書いたのは
名古屋大学大学院情報工学専攻修士課程修了ののちNTTに入社し、研究者として従事。その後、実家である保育園を継ぐことを決意。1999年に社会福祉法人みなみ福祉会に入職し2004年に笠寺幼児園園長に就任。2019年、同法人理事長就任。保育園から認定こども園へ移行して複数の施設を運営する方針に舵を切り、4年間で新たに5施設を展開。ペーパーレス化、経理システムの独自開発など業務のデジタル化に取り組む一方、経営コンサルタントを活用して法人の経営拡大に注力するなど積極的な改革を推し進めてきた。現在は、保育等の福祉がなくても誰も困らない地域づくりを目指して尽力している。著書に『ここが変だよ、保育園』(幻冬舎)、『親が知らない保育園のこと』(游藝舎)『みんなのすたーとがそろうまで』(三恵社)がある。
・note : https://note.com/kondo_toshiya