偏差値38から78へ! 早稲田大学大学院卒、「数学のお兄さん」横山明日希先生が語る、絶望のどん底から僕を救ってくれた数学の世界

「数学のお兄さん」として活躍し、株式会社math channelの代表を務める横山明日希さん。かつて通園バスの中で数字をカウントして遊んでいた横山さんは、中学・高校時代に失意のどん底で勉強を一切手放したことも。そんな横山さんが、いかにして数学の世界に救われ、偏差値38から78を叩き出し、早稲田大学大学院を修了するまでの大逆転を果たしたのか。「数学のお兄さん」誕生に至るまでの軌跡をお伺いしました。

 「やりたい」を尊重してくれた両親

――ご自身の原体験として、親御さんが用意してくださった環境の影響が大きいとお伺いしました。ご両親はどのような姿勢で横山先生に接していらっしゃったのでしょうか。

横山先生: ひとことで言うと、親は「やりたいことやってていいよ」という放任スタイルでした。僕自身もひとつハマるとずっとそれをやり続けるタイプだったので、そこがうまくマッチしていたんだと思います。

ただ、親が僕の幼少期に全く干渉していなかったかというと、決してそうではなくて、環境を用意してくれていました。「つみきに興味があるならもう1セット買おう」「ブロックが好きなら買い足して増やそう」と、僕の興味に合わせて道具や環境をどんどん整えてくれたんです。遊ぶのは、2歳上の兄と一緒か、一人で没頭するかのどちらかでしたね。

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 通園バスで「億」までカウント

――ご両親も「没頭させた方がいい」と見守ってくれていたんですね。当時の遊びの中で、今の算数や数学につながっていると感じる体験はありますか?

横山先生:ブロックでロボットを作るときに「どの順番で組み立てるといちばん効率よく作れるか」とか、「どんなパーツを足せば思い通りの形になるか」を無意識に考えていました。一つのものを作る中でも、記憶を頼りにしながら最適な手順を探したり、脳内でアレンジやカスタマイズをしたりするのが好きで。この「繰り返し遊ぶ中での試行錯誤と最適化」は、まさに僕の中での数学の原点だと感じています。

それと、幼稚園の通園バスの中で一人遊びをしていました。バスの窓に頭をつけながら、頭の中で「1、2、3……」と数字をひたすらカウントアップさせていくんです。口を開けて一点を見つめながら(笑)。

20分ほどの通園時間で、行きはどこまで数えたかを覚えておいて、帰り道にまたその続きから数える。「9999万9999」まで数えたあと、「この次って何があるんだろう?」と親に聞いたら、「億という単位があるんだよ」と教えてもらって。頭の中で数字やイメージを動かす感覚そのものが、とにかく楽しかったんですよね。

 「学校の算数は物足りないんだ……」

――小学4年生のときには、すでに「学校の算数がつまらない」と感じ始めていたそうですね。

横山先生:そうなんです。算数の得意なお子さんはみんなそうかもしれませんが出発点はそこでした。学校の算数はすぐに解けてしまうし、テストも毎回100点。おまけに、手をあげても先生にあててもらえない。僕は普段から好き嫌いがないほうでしたが、このときは「自分は何をやっているんだろう、物足りないな」と親に話したほどです。

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そこから小4の2月に入塾テストを受け、中学受験の勉強を始めることになりました。僕が育ったのは茨城県の田舎の方でした。当時、中学受験をする文化がほとんどなく、学年約100人のうち私立中学に進学したのは僕と女子2人。卒業式では男子の中で僕だけ違う中学校の制服を着ていて、周囲に驚かれたのを覚えています。

――塾に入られて、算数の物足りなさは解消されましたか?

横山先生:「学校は学校、塾は塾」と割り切っていました。小学校の算数の授業中は、すぐに僕が答えを言ってしまうので、小6のときには先生から「横山くんは授業中喋るな」と言われてしまいましたから。両親も「中学受験の算数は教えられないよ。自分で頑張ってね」というスタンスでした。

中学受験に向けては日曜日のみ塾に行き、平日は『予習シリーズ』で自学自習をしていました。それ以外は水泳や柔道など、塾ではない習い事をしていました。与えられた目の前の問題を解くこと自体を楽しんでいましたね。月例テストでは全体の1位〜3位に入ることも多かったです。ただ、小6で挑戦した「算数オリンピック」だけは別物でした(笑)。塾の先生に勧められて参加したのですが、対策が必要なことすら知らず会場に行ったもので、「見たこともない問題ばかりだ!」と手も足も出ませんでした。

 荒れた中学・高校時代。人生を変えた担任のひとこと

――中学受験を経て、順風満帆に数学の道へ進まれたのでしょうか?

横山先生: いえ、中学1年の秋ごろから高校2年生の終わりまでは、勉強を一切していませんでした。というのも、親の離婚なども重なり、人間不信になってしまい、精神的にかなりつらかったんです。夜眠れず、学校で1時間目から4時間目までずっと寝ていたような生活でした。

そんな僕を救ってくれたのが、高2のときの担任で数学の先生でした。僕が数学の時間、たまに起き上がるんですね(笑)。その発言を聞いて、先生が「お前は数学ができるぞ」と声をかけてくれたんです。そのひとことが大きな転機になりました。

そして、学校の図書館に行くと、そこに並んでいた100冊以上の数学の本に出会いました。「世の中にはこんなに広い数学の世界が広がっているんだ!」と衝撃を受け、図書室の本が僕の数学の世界観をぐんぐん広げてくれました。もう、夢中になって数学の本を読み漁りました。

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「僕には数学しかない」偏差値38から78へ大逆転!

――そこから大学受験に向けて、驚異的な巻き返しが始まるのですね。

横山先生: 高2から高3に上がる春休みから本気で受験勉強をスタートしました。僕には数学しかない。大逆転してやろうというハングリー精神で、高3の夏休みには1日10時間の勉強時間のうち、8時間を数学に投じました。夏休み中に数学の勉強だけで320時間。息抜きすらも、数学のテキストや専門書を読むほどに没頭しました。

受験対策だけでなく教養としての数学の面白さにも触れ続けた結果、高2で「38」だった模試の数学偏差値は、高3で「78」まで跳ね上がりました。全国順位も一気に上がり、校内で「あの寝ていたやつは誰だ!?」と話題になりましたね(笑)。ありがたいことに、高3の2学期の定期テストでは数学で学年1位になれたんです。

――それが大きな自信につながったのですね。

横山先生:そうなんです。そして、高3の数学の授業も面白かった。生徒がそれぞれ作った解答を提出し合い、「この解き方はありか」「ここが足りない」と意見交換するんです。そこでも自分の考えを発信することで大きな自信と生きている実感を得ることができました。

数学の世界が広がった、高校生の頃のノート

起業家との出会いをヒントに「数学のお兄さん」へ

――その後、早稲田大学の数理科学科、そして大学院へと進学されます。

横山先生:「自分には数学しかない」という思いがあったのと、家を出たかったので、首都圏で選択肢が多い東京の大学へ行こうと早稲田大学の数理科学科へ進みました。

大学・大学院と進む中で応用数学の統計学を専攻しました。ただ、大学に通い続けているうちに「自分は研究者になりたいわけではない」と気づいたんです。僕が好きだったのは高校数学のような面白さに触れること。「多くの人が楽しめる数学の魅力をみんなで共感すること」だと確信しました。

――そこから「数学のお兄さん」としての活動が始まるわけですね。

横山先生: 大学2年の秋、学外でさまざまな起業家や大人たちに出会う機会がありました。「君は何をしたい人なの?」と問われたとき、「自分の武器である数学と、楽しい空間づくりを掛け合わせて活動したい」と答えたんです。そうしたら「それって歌のお兄さんや体操のお兄さんの数学版だね!」と背中を押してもらい、自ら「数学のお兄さん」と名乗り始めました。

大学院修了後は、教育系企業やIT企業に就職し、最先端の情報収集やアンテナの張り方を学びました。その経験を活かして副業で数学の活動を続けていたところ、お声がけいただく機会が増えたことで「数学のお兄さん」の活動に本腰を入れ、現在の「math channel」の設立へとつながっていったんです。

「数学のお兄さん」としてスタートしてから約10年。これからも枠にとらわれず、日常や遊びの中で誰もが数学を楽しめる仕組みやコンテンツを作り続けていきたいと思っています。

>>「ほら、勉強になるでしょ?」はNG! 子どもを算数嫌いにさせない声かけや、親のかかわり方を、後編で横山先生に詳しくお聞きします!

お話を聞いたのは

横山明日希(あすき) 株式会社math channel代表

株式会社math channel代表。 茨城県出身。茗溪学園中学校・高等学校、早稲田大学理工学部数理科学科卒業。早稲田大学大学院基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。老若男女問わず幅広く数学・算数の楽しさを伝える「数学のお兄さん」として活動。公益財団法人日本数学検定協会認定幼児さんすうシニアインストラクター、日本お笑い数学協会副会長、才教学園小学校・中学校STEAM教育アドバイザーも務める。2017年科学技術振興機構主催のサイエンスアゴラ賞を受賞。『文系もハマる数学』(青春出版社)、『10歳からのおもしろ!フェルミ推定』(くもん出版)など著書多数。

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記事を書いたのは

黒澤真紀 ライター

愛媛県出身。大学時代まで自然豊かな愛媛で過ごし、都内の学習塾に勤務した後、2011年よりフリーライターへ。教育分野を中心に、医療やライフスタイルなどのテーマで執筆しています。息子たちが小学生の時に大学院を受験し、2019年、お茶の水女子大学大学院修士課程修了(社会科学修士)。子育てもひと段落。最近、俳句を始めました。

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