児童精神科医として半世紀以上、子どもの育ちを見続けた佐々木正美先生。ご逝去から1年以上経った今も、先生の残された子育ての著作や言葉はママたちの支えとなっています。子育て雑誌『edu』(小学館)に掲載された佐々木先生のお母さん達へのメッセージを、改めてご紹介します。
今回は、「甘え」をテーマにした対談。聞き手は、町田にある「しぜんの国保育園」の園長で、小学生のママでもある齋藤美和さんです。
目次
たっぷり甘えさせてあげた子ほど 早く自立するものです
-最近、周りのお母さんたちから「子どもが言うことを聞いてくれない」という相談をよく受けます。
それはお母さんがふだん子どもの言うことを聞いて、十分に甘えさせてあげていないからだと思います。日ごろ、お母さんと満ち足りた時間を過ごしていれば、遊びに熱中していても、お母さんの言葉に耳を傾けるのがふつうです。
-満ち足りた時間とは、たとえばどんな過ごし方をすればいいのでしょうか?
子どもは旅行や遊園地へ行くといった、特別なことをしてほしいわけじゃないんです。読み聞かせをしたり、公園へ行って遊んだりという、日常生活の中でできることで充分なのです。
四六時中、子どもを楽しませられる親なんてどこにもいません。子どもと向き合う時間は量より質です。
子どもの思いをしっかり聞いてあげ、できる範囲で願いを叶えてあげれば十分なんです。日常的に、子どもの言うことをきいてあげていると、おのずと親の言うことを聞いてくれる子どもになります。
-そう言われてみれば、私と息子(*取材当時5歳)の間でも同じようなことがありました。息子がなかなか言うことを聞いてくれない時期がありまして、どうしてだろうと考えたとき、仕事に追われて、子どもときちんと向き合っていないことに気がついたのです。それで、生活態度を改めたんですよ。それは、子どもの前で携帯電話のメールチェックをしないとか、子どもが話しはじめたときには何かしていても手を休めて、必ず目を見て聴くといったような、ささいなことだったんです。でも、しばらくしたら親子関係がスムーズにいくようになって、私も息子もお互い楽になりました。いまでは親子で会話をずいぶんするようになったと思います。でも、息子が話してくれるのは、楽しかったことよりも、苦しかったり、いやだったことのほうが多いんですよね(笑)。
それは、きわめて自然なことですよ。子どもだって大人と同じです。愚痴を言いたいのです。大好きなお母さんに聞いてもらえるだけで、癒やされていると思います。
甘えてわがままを繰り返すことで、子どもは早く自立できるのです
-そういえば、私も実家に電話をするときは、楽しかったときより、何かあったときのほうが多いかもしれません(笑)。ところで、子どもの要求を聞いて甘えさせてあげるとき、心配なのが子どもの言うことばかり聞いてしまっていいのかということなんです。甘えさせてばかりでは、わがままな子にならないでしょうか?
大丈夫。わがままな子どもには決してなりません。むしろ、幼少期にいうことをきいてあげ、たっぷり甘えさせてあげた子どもほど、早く自立して、大きくなっても親に心配をかけない人間に育ちます。その反対に、しっかり甘えられなかった子どもほど、いつまでも手がかかります。それは私の50年余りの臨床体験をはじめ、多くの子どもたちを見てきて実感していることです。
-甘えてばかりいる子が、早く自立するとは不思議ですね。それはなぜですか?
だっこやおんぶをどんなにせがんでも、やがて子どもは大人の手をふりきって、ひとりで歩きたがたるようになるでしょう。そのことが象徴するように、子どもというのは皆、本来自立したいものなのです。
そして、自立をするために、子どもは甘えとわがままを繰り返します。
なぜなら、お母さんや周囲の大人たちに甘えやわがままを受け入れてもらうことで、子どもは自分に自信をもてるようになり、それが自立を促す力になるからです。甘えは依存、わがままは反抗です。幼少期に依存と反抗を受け入れられる経験があればあるほど、早く自立して、思いやりのある人間に育ちます。その一方、子ども時代にそういう受け入れ経験がないと、自立するのが難しくなって、人に要求ばかりする人間になります。
思春期や青年期の非行や犯罪は、幼少期に十分甘えられなかった反動の現われ。現実からの逃避です。親から満たされなかった優しさや安らぎを外に求め、一見、自分を受け入れてくれるように見える繁華街や酒場などに入り浸るのです。
子どもの要求には必ず理由があります。一方的な「ダメだし」は禁物
-なるほど。私はこれまで「過剰に甘やかす」のは、子どもにとってよくないことだと思っていました。
齋藤さんが思っている「甘やかす」とは、どのようなイメージですか?
-この間、友人の子どもが同じおもちゃを3つ欲しいと言ったんですよ。そのとき友人はダメだと言って買ってあげなかったのですが、そういったとき、子どもの要求をきいてしまうのは、甘やかすことになると思います。
子どもが何か要求をするときは、必ず理由があります。
私ならそんなとき、「どうして3つなの? どうして1つじゃダメなの?」と、まず聞きますね。もしくは「4つはいらないの?」と聞くかもしれません(笑)。そうして、その理由を聞いてから対応を考えます。もし無理なら、「無理だよ」と子どもに言えばいいですし、子どもの言うことに納得すれば、買ってあげることもあると思いますね。
重要なのは子どもの言うことを聞いてあげること。理由も聞かず一方的に「ダメだ」と否定するのは、いちばんよくありません。お母さんに自分の思いを素直に言えるということは、子どもがお母さんを信頼しているからなんです。その重要性をお母さん方はぜひ理解して、日頃からなんでも言い合える親子関係を築いていただきたいですね。ふだんからいうことを聞いてもらっている子どもというのは、親が困るような過剰な要求を決してしないものですよ。
甘えさせるのが苦手なら毎日の食事で願いを叶えて
-子育てにおいて子どもを甘えさせてあげるのは、思っていた以上に、とても大事なことなんですね。ただ、これも最近の傾向なんですが、「甘えさせるのが苦手だ」というお母さんの声も、よく耳にします。
どう甘えさせたらいいのかわからないお母さんは、食事で子どもの願いを叶えてあげるといいと思います。
たとえば、朝ごはんで食べる卵をどのようにして食べたいか聞いて、食べたいものを作ってあげてみてください。目玉焼きがいいのか、オムレツがいいのか、ゆで卵がいいのか──。それを子どもに聞いてあげ、作ってあげるのです。わが家には息子が3人いますが、幼いころから皆、そのときどきの気分で、妻に注文していましたね。また、「食べたいものが思い浮かんだら、お母さんに言っておいてごらん」と、子どもにしばしば言葉かけをして、できる範囲でその料理を作ってもらってもいました。
「食事」というのは、日常生活の中で毎日繰り返される、生きていくうえで欠かせない重要な要素です。そういう大事な場で自分の願いが受け入れられ、家族みんなで一緒に食卓を囲み、同じものを楽しく食べることを積み重ねる。これは子どもにとって、何よりの喜びとなり、自信につながります。
下の子に手がかかるうちは、上の子には心をかけて
-息子さんが3人もいらして、兄弟を平等に甘えさせてあげるのは、難しくありませんでしたか?
子どもたちが小さいころは、母親の取り合いでしたね。たとえばレストランへ家族で行くと、子どもたちは妻の両サイドにふたりが座り、もうひとりは後ろから妻の首にぶら下がっていました。私の隣には誰も座ってくれないんですよ(笑)。でも、成長とともに、上の子が私の隣に自主的に座るようになり、「ゆずってやった」というような言葉を下の子に言ったりできるようになりました。
わが家で心がけていたのは、上の子が母親とふたりだけで過ごすふれあいの時間をもてるようにしていたことです。子どもが複数いると、親はどうしても下の子に対して手厚くなりがちです。上の子は下の子が親に大切にされているのを見た場合は、なんともいえない淋しさを感じます。しかし、その反対に、お兄ちゃんがお母さんと親しくしているのを見ても、下の子というのは案外平気なものなんです。
下の子に手がかかるうちは、上の子には心をかけてあげるといいと思います。
-いまは核家族が多いので、上の子どもとの時間を持つために、保育園の一時保育に下の子を預けに来るお母さんをうちの園で見かけます。昔はおじいちゃんやおばあちゃんが、下の子の面倒をみてくれていたんでしょうね。ラッキーなことにわが家では、祖父母が近くに住んでいて、しばしば息子の面倒をみてもらっているんですよ。ひとりっ子なんですが、とても助かっています。
いろいろな人にかわいがられて育つのは、人格形成のうえで子どもの大きな財産です。かつて日本の子どもたちは、祖父母をはじめ、地域や親せきなど多くのさまざまな人にかわいがられながら育っていました。そして、多様な価値観や社会性にふれながら、協調性や包容力のある人間に育っていったのです。しかし、近年、人間関係が希薄になるに従って、悲しいことに日本では、感情をむき出しにする人が、子どもだけでなく、大人にも多くなっている気がします。
ときにはお母さんも人に甘えることが必要です
-お子さんを迎えに来たお母さんの、子どもと会うのがうれしくてしかたがないという様子を見て、自分もそんな風にできたらいいなあと思いました。いまは働いているお母さんも多くて、忙しさに追われ、余裕がないお母さんが、私も含めて増えている気がします。私自身も息子が生まれてしばらくたったころだったのですが、子どもを受容する重要性は十分わかっていたにもかかわらず、仕事と子育ての狭間で疲れて、心のバランスがうまくとれなくなって悩んだことがありました。
子育てで疲れたら、夫に甘えられたらいちばんいいですね。それは、育児や家事を物理的に助けてもらうというのでなくてもいいのです。人間というのは日々の愚痴を聞いてもらうだけでも、癒やされるものなんです。私は自分を完璧で十分な夫とは思いませんが、妻の愚痴などはわりあい自然に受け止めて、聞いてきたつもりです。
甘えたいのは子どもだけじゃありません。人間はいくつになっても絶えず何かに依存して、同時に、誰かの依存を受け入れて生きているのです。
それは夫婦や親子だけでなく、ご近所や会社の人間関係も同じです。人間社会というのは、人と人との相互依存によって成り立っていますから。
-本当にそうですね。子育てをして、私はそれをしみじみ実感しました。外出をしたとき見ず知らずの人から助けてもらったり、おじいちゃんやおばあちゃんたちに日々助けてもらうたび、ほっとしてうれしくなります。先日も体調をくずして寝込んだときがあったのですが、夫がごはんを作ってくれて、食べたらとても気分がよくなったんですよ。倒れる前までは、母親の私がとにかく頑張らなくちゃと思っていたんですが、年に一、二度くらいなら、寝込むのもいいかもしれないと思いました(笑)。
お母さんは子どもの前では甘えられる存在でいてほしい
子どもを甘えさせるために頑張るのは、大切なことだと思います。しかし、頑張るためには、たまには依存することも必要です。
人間は人間の中でしか生きられません。そして、いい人間関係をたくさんもっていることで、心の安定を保ち、日々を幸せに生きていけるのです。
赤ちゃんは、自分で何もできないからお母さんに一方的に依存していると思うのは、実は大きな間違いなんですよ。お母さんも赤ちゃんがいることで喜びを得て、希望をもって生きているんです。
-それが、お母さんも赤ちゃんに依存しているということなんですね。
以前、東京女子医大の女医さんたちに講座を開いていたとき、「病院を出たら、思いきり深呼吸をして、医者であることを忘れましょう。さあ、ママになって帰りましょう」とアドバイスしていました。そして、たくさんの女医さんから「気持ちを切り替えて帰るようになったら、子どもとの関係がうまくいくようになった」という報告をもらいました。園や学校で規律やルールを守るために先生と接している子どもたちにとって、家に帰ったらまた先生がいたのではたまりません。家庭というのは、何より安らぎの場であってほしいのです。
どうかお母さんは、子どもの前ではいつでも子どもが素直に甘えられる存在でいてください。そして、子どもと一緒に過ごす時間が、お母さんの喜びであってもらえたらと思います。それは子どもにとっても大きな喜びになり、子どもの自信につながります。お母さんが甘えさせてあげれば、それだけで子どもは健全に育つんです。
教えてくれたのは
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。
『edu』2014年10月号より 文/山津京子 写真/和久光代 石川厚志