自信は受容される経験が土台になって育まれます。必要なのは、子どもの望みを受け入れる親でいようとする姿勢。半世紀以上、臨床の現場で子どもの成長を見つめ続けた、児童精神科医・佐々木正美さんからのメッセージです。
生きる力となる自信は 乳幼児期に大きく育ちます
子育てでもっとも大切なことは、「根拠のない自信」を子どもの心にたっぷりとつくってあげることです。なぜなら、そうした自信をもつことで、人は生き生きと幸せに生きていくことができるからです。
「根拠のない自信」とは、勉強ができるとか、スポーツが得意であるとかの「根拠のある自信」とは違う「自分に対しての揺るぎない自信」です。たとえ失敗や挫折をしても自分を信じる力が育っていれば、乗り越えていける力となるものです。
人が人として生きていくために重要な「基本的信頼感」とは
精神医学の世界ではこれを「基本的信頼感(ベーシック・トラスト)」といって、人が人として生きていくためにとても重要なものとして考えられています。そして、こうした感性や感覚は、乳幼児期に親や養育者に無条件に愛され、受容されることで大きく育ちます。
こういうと、お母さん方のなかには疑問をもたれる方がいるかもしれませんね。赤ちゃんのころは泣いたり笑ったりしているだけで、だれもがその当時の記憶はほとんどないからです。記憶がそんなにあやふやな時期に、生きていくうえで大事な自信を身につけられるのだろうかと思う人は多いでしょう。
しかし、多くの研究者がそれぞれ別々の方法で研究をしているにもかかわらず、基本的信頼感がより大きく育まれる時期は、生後半年から18か月ぐらいの期間であるという共通の結論に達しています。
というのも、人は自分でしたいことが自分ではできないとき、それをだれかにやってもらうことで、その相手を信じる力が育つからなのです。
たとえば言葉がまだしゃべれない赤ちゃんというのは、本能のおもむくままにおなかがすいたとか、おむつが濡れたといっては泣いて、親や養育者に訴えますよね。そして、望みを叶えてもらうわけです。
乳幼児の「願いを聞いてくれた相手」に対する信頼感が人間の力に
自分が望んだことを望んだとおりに叶えてもらう、このような経験を繰り返すことで、乳幼児は願いを聞いてくれた相手に対して大きな信頼感を抱きます。そして、それと同時に望みを叶えてもらった自分自身に自信をもてるようになるのです。
このことをアメリカの児童精神科医のブルース・D・ペリーは自らの実証的研究を経て、「子どもは乳児期に泣いて訴えることに何千回も応えてもらうことによって、将来、人との関わりに喜びを感じるための健全な能力を得る」と説いています。
また、アメリカの発達心理学者で、精神分析家のエリク・H・エリクソンは、「人間というのは、人生のはじまりにおいて、自分が望んだことが叶えられるほどに、生きる希望がわいてくる。人を信じる力と自分を信じる力は表裏一体のもので、片方だけということはない。信じることができる人をもてないと、人間は自分をも信じることができなくなること」を、多くの臨床例から解き明かしました。
ひきこもりや非行は 自信のなさから起こります
いま、日本では青少年の非行や犯罪、ひきこもりやニートの増加が社会問題となっていますよね。
とくにひきこもりは、日本特有といわれている深刻な現象で、欧米やアジア圏にはほとんどみられません。悲しいことに、中国ではいまや「ひきこもり」という言葉がそのまま通じるぐらいです。
非行や犯罪は反社会的な行動で、ひきこもりやニートは非社会的な行動、と一見違ったもののように思えます。しかし、じつはその根本は一緒です。両者とも他者に無条件に受け入れられた経験がないために根拠のない自信がなく、人との関わりに絶望していることが原因となっているのです。
たとえば、私は以前、あるテレビ番組の制作に携わり、少年院に入所している青少年たちにインタビューをしたことがあるのですが、どの子も意外なほど饒舌に自分の思いを語ってくれました。その内容は100%といっていいくらい、家族や家庭のことなのです。そして皆、自分のプライドが家族によって傷つけられたことを訴えてきました。
「両親が入れたかった学校に入れなかったら、とてもがっかりされたんだ」
「成績がよかったときは一生懸命面倒をみてくれたけど、落ちたらあまり手をかけてくれなくなったんだよ」
どの子どももこんなふうに親に絶望していたのです。親というのは本来、子どもが求めている親になろうと努力すべきものです。しかし、彼らの親には皆そうした姿勢が共通して欠けていました。
また、ひきこもり経験のある上山和樹さんは、著書『「ひきこもり」だった僕から』という本のなかで、自分の経験に照らし合わせて、「ひきこもりというのは、核心的には〈コミュニケーションへの絶望〉です」と書いています。
コミュニケーションへの絶望とは、だれとも心が通わなくなったということです。中学生からひきこもりが始まった上山さんは、言葉もじつに豊富で、とても頭のよい人です。ところが、人と向かい合ったとき、コミュニケーションができない。親ともコミュニケーションができなくなっていたのです。
〝人間は、自分の存在の意味や生きる価値を人間関係の中にしか見出せない”
これはアメリカの精神科医、ハリー・スタック・サリヴァンが述べた言葉ですが、本当にそのとおりだと思います。私たち日本人はいまこそ親子関係を見直して、修復しなければならないのではないでしょうか。
子どもの思いに耳を傾ける それだけで自信が身につきます
「根拠のない自信」は、乳幼児期を過ぎて学童期以降になってからでも育むことができます。
そのためにお母さんに心がけてほしいのは、子どもの思いに耳を傾けるよい聞き手でいることです。
いまのお母さん方は、子育てに関する情報をたくさんもっているため、とかく先回りをして「○○をしなさい」と子どもに指示や命令をしてしまいがちなんですよね。その結果、親子関係が逆転し、子どもが親の希望や期待を聞いている例をしばしば目にします。
親は教育者ではない。ありのままの思いを受け止める存在
たとえば、習い事を数多くしている子どもと親にそういった例をみることがあります。習い事をしている理由を問うと、ほとんどのお母さんは「子どもがしたいと言ったから習い事をさせているんです」と言いますが、じつは子どもが「その習い事をさせたいというお母さんの思い」を察して教室へ通っている場合がわりとあるんですよ。
親というのは保護者であって、教育者ではありません。子どもがありのままの自分の思いを口に出せる存在でいることが何より大切なんです。そして、それは子どもに日々寄り添う、お母さんでなければできないこと。その重要性をお母さん方はぜひ認識してほしいと思います。
ただし、子どもの思いを聞くといっても、就学前後や学童期の子どもというのは、まだ判断力が低いので、間違ったことをしたり、危険なことをしようとするような場合は、注意をすることも必要です。
また、子どもの思いを聞くというのは、子どもの要求を叶えるということではありません。「おもちゃが欲しい」とか「ケーキが食べたい」といった物理的な要求は、できる範囲で希望を叶え、できないことは「ごめんね。それは無理なの」と応えればいいのです。
重要なのは、子どもがもっている思いを伝える場があること。親は「今日はこんなことがあったんだ」というような子どもの日常のちょっとした出来事を聞いて、「そうなんだ」と相づちを打つだけでいいのです。
もしそうした上手な聞き手でいることに不安を感じたら、食事で子どもの願いを聞いてあげるといいでしょう。たとえば、朝食でごはんがいいのか、パンがいいのか。卵は目玉焼きがいいのか、卵焼きがいいのか。毎朝子どもの希望を聞いて、望んだものをできる範囲で作ってあげてください。
このほんの少しの希望が叶えられる体験が、日々積み重なっていくことで、子どもの心に少しずつ自信が蓄えられていくのです。
人は依存と反抗を繰り返して自立していきます
こうしてお母さんに繰り返し「依存=甘え」と「反抗=わがまま」をした子どもは、らせん階段をのぼるように成長や発達をしていきます。自分の甘えやわがままが、その都度、親に受け入れられることで、子どもは精神的なやすらぎを蓄積し、それを原動力にして、やがて自立していけるようになるのです。
だから、お母さんは子どもから思いきり依存され、子どもの反抗を思いきり受け止められる存在であってほしいですね。子どもが甘えたり反抗してくるのは、相手に対して安心感があるからです。
お母さん自身も、やすらぎの人間関係を
もし、子どものそうした行動を受け止めるのに疲れたり、悩んだりしたときは、お母さん自身を認めてくれる人間関係をつくっていかれるといいと思います。気兼ねなく話ができるママ友達や親せき、そして支えてくれるご主人。そういった精神的なやすらぎを得る人間関係を築いていくことは、お母さん自身の心の健康のためにも不可欠です。
他者への依存と反抗は子どもだけでなく、じつは人の生涯にわたって必要なもの。私だって妻や友人に頼りながら、そしてまた、あるときはその反対に彼らを支えながら生きているのです。
子どもが甘えてわがままをいうのは、いわば自信をつけるための「心の貯金」です。子どもが甘えてきたら、多少大変でも甘えさせてあげてください。お母さんというのはだれにもかえられない、子どもの育ちを支えているすてきな存在なんですよ。そのことを忘れずに、お子さんに負けないぐらい自信をもって、子育てをしてほしいと思います。
教えてくれたのは
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。
『edu』2013年11月号より 構成/山津京子 写真/石川厚志