明石家さんまプロデュースの『漁港の肉子ちゃん』は、なぜ大人と子どもに響くのか？

明石家さんまが、「きいろいゾウ」や「サラバ！」などの直木賞作家・西加奈子の同名小説に惚れ込んで、自ら企画・プロデュースした劇場用アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』が6月11日（金)より公開されました。

本作は、昨年公開されて大ヒットした『えんとつ町のプペル』（20）などで知られるSTUDIO4℃が制作し、『ドラえもんのび太の恐竜2006』(06)や『海獣の子供』(19)の渡辺歩が監督を務めたハートフルコメディですが、これぞ親子で観ていただきたいハンカチ必携の感涙映画に仕上がっています。

ダメ男に何度もひっかかって騙され、その恋が終わるたびに、各地を放浪してきた母・肉子ちゃんと、11才になったしっかり者の娘キクコ。2人は現在、北の漁港の町へと流れ着いて、焼肉屋「うをがし」のサッサンが所有する漁港の船を住処にしていますが、ここでいろんなプチ事件が起こっていきます。

さんまさんの肝いり企画ということで、声優陣も気合十分です。肉子ちゃん役の大竹しのぶ、娘キクコ役のCocomiをはじめ、「鬼滅の刃」シリーズの人気声優の花江夏樹や下野紘に、吉岡里帆、マツコ・デラックスなど、豪華な面子が参加。特に声優経験が豊富な大竹さんと、大抜擢だったCocomiさんは、まさにキャスティングの妙といった感じで、それぞれのキャラクターを豊かに演じきっています。

親子で観て楽しい！『となりのトトロ』へのオマージュが満載

まず、本作を親子で観ると愉快だなと思った点は、スタジオジブリ作品さながらに、食べ物がおいしそうに描かれている点や、『となりのトトロ』にオマージュを捧げるシーンが満載な点です。

たとえば肉子ちゃん親子が食べるフレンチトーストや、キクコが作る缶詰のミートソーススパ、焼肉屋「うをがし」でサッサンが作るまかないの肉焼きそば、サッサンが特別にふるまってくれる焼き肉のミスジなどは、おいしそうなにおいまで漂ってきそうなクオリティーです。

また、STUDIO4℃の田中栄子代表取締役や、キャラクターデザインと総作画監督を務めた小西賢一がスタジオジブリ出身者だからなのか、『となりのトトロ』を思わせる名シーンが、ジブリファンの心をくすぐります。

肉子ちゃんの風貌はもちろん、いびきもトトロそのものだし、雨のなかで肉子ちゃんとキクコがバスを待つシーンや、「夢だけど、夢じゃなかった！」という名台詞も登場しますので、ぜひ映画を観て探してみてください。

ダメ男にほだされ続ける母だけど、常に愛情は満タン！

肉子ちゃんはサッサンの焼肉屋で働き始めますが、常に明るくて元気いっぱい。ダジャレやトンチ、漢字遊びなども大好きで、町の人気者になっていきます。キクコは地元の小学校に転入しますが、運動神経が良くてかわいいので、すぐに友達ができますが、やがて女子グループ間のいざこざに巻き込まれたり、 風変わりな少年・二宮（声：花江夏樹）が気になったりして、思春期ならではの悩みはつきない様子。

あることがきっかけで、キクコは肉子ちゃんの次なる恋が始まったのではないかと不安を感じ始めますが、そんななか、キクコと肉子ちゃんの秘密が明かされていきます。

いわば純真で汚れない心を持つ子どものような母・肉子ちゃんと、常に物事を先回りして考える大人のような娘キクコ。かなりバランスの悪いちぐはぐな親子ですが、そこには揺るがない愛情があり、そこが物語の骨子となっているので、見ていて安心感があります。

肉子ちゃんが男にほだされ、心がズタボロにされるのは、ただただ愛情が深すぎるからであり、そこをちゃんとキクコがわかっているところがミソ。一見、肉子ちゃんはダメ母に見えますが、決してそうではないことが、キクコの成長を通して描かれていきます。

さらに、本作の懐が深いところは、子どもが育っていくうえで、親だけではなく、いかにして周りの大人が見守っていく環境を作れるか、という問題提起をしている点です。子どもが悩み、助けを欲することはごく当たり前のことですが、そこをこらえてしまうキクコのような少女を、社会がどう支えていけるのか、というヒントが本作には描かれていきます。

「生きてると恥をかくもの」という達観した言葉も投げかけられますが、コロナ禍で、いろいろな人が葛藤を抱えている今だからこそ、子どもだけではなく、大人にも刺さりそうです。機会あれば、ぜひ映画館で観てほしい珠玉の1作です。

文／山崎伸子

©2021「漁港の肉子ちゃん」製作委員会