口にストレスがある人はどれくらいいるの?
歯が痛い、歯ぐきが腫れる、歯がぐらついて噛めない、といった様々な不快症状がストレスになることは、多くの方々が経験してきたことでしょう。
では実際に、口の中に何らかの症状を感じている人はどれくらいいるのでしょうか?
厚生労働省による令和4年歯科疾患実態調査では、歯の症状(痛い、しみる)や歯ぐきの症状(痛い、腫れる、血が出る)のほか、噛めないものがある、飲み込みにくい、口が渇く、口臭がある、といった口の中の症状を感じる人の割合に関する調査結果が報告されています。
その結果によると、20歳以上のすべての年代で30%を超える人が何らかの症状を感じており、さらに40歳を過ぎると40%を超える人が感じているという高い割合になりました(図1)。
また、幼児を含む20歳未満では若干割合は下がるものの、20%前後で少なからずストレスを感じていることが明らかになりました(図1)。
このように、口の中に気になる症状がある人は多くの年代で半数近くに及び、決して少なくないことが分かったのです。
では逆に、ストレスが口の中の不快症状の原因になることはあるのでしょうか?
日常のストレスが歯の不調を引き起こす
2023年に東京医科歯科大学の相田潤教授らの研究グループが報告した研究では、274881名(平均年齢47.0歳)の日本の労働者に対して、日常生活における様々なストレスと口の中(口腔)の健康の関係について分析しました。
この研究は、2013年に国が実施した国民生活基礎調査の匿名化された個票データを用いて分析され、口腔の健康の問題は「歯が痛い」「歯ぐきのはれ、出血」「かみにくい」のいずれかの項目が1つ以上ある場合を「問題あり(有病者)」としました。
その結果、図2に示した人間関係や収入・家計、育児、学業、仕事などの19項目にわたるストレスを感じていない人の口腔の有病率は2.2%になりました(図3)。
その一方で、ストレススコアが増加するとともに有病率は増加する傾向を示し、ストレススコアが7以上ある人は有病率が14.4%に及びました(図3)。
つまり、日常生活のストレスが多くなるほど、口腔の健康問題を持つ人が増加するということが明らかになったのです。
では、日常的にストレスがあるのならば、口の健康が害されてしまうのは仕方がない、とあきらめるしかないのでしょうか?
ストレスにうまく対処すれば歯周病を防げる
2019年に岡山大学の森田学教授らの研究グループが報告した研究では、職場におけるストレスとストレスに対処する能力が、歯周病になるリスクとどのように関係するかを調査しました。
その結果、職場でストレスを感じながらもストレスに対処する能力が低い日本人労働者は、ストレスがない人と比較して歯周病になるリスクが2.79倍高くなることが明らかになりました。
その一方で、ストレスを感じながらも対処能力が高い労働者は歯周病のリスクが0.3倍になり、ストレスがない人よりも歯周病になりにくいことも判明しました(図4)。
このことから歯周病予防のためには、職場でのストレスを軽減するだけでなく、上手にストレスと付き合う方法を身につけて、ストレスに対する対処能力を高めることが大切であることが示唆されたのです。
歯ぎしりとストレスの関係
歯ぎしりの大きな原因がストレスと言われ、歯ぎしりとストレスの関係性の深さも指摘されています。
日々のストレスが原因で歯ぎしりが習慣化してしまうと歯に過度の負担がかかり、歯が擦り減って摩耗(咬耗)します。その結果、水がしみる知覚過敏や顎が痛む顎関節症の発症リスクが上がります。
特に子どもの乳歯は、歯の表面にある硬いエナメル質の厚みが薄いため、咬耗による歯のダメージは出やすくなります。
結果として、歯や顎の症状がストレスになって、歯ぎしりをさらに悪化させるという悪循環に陥る危険性があるのです。
一方、2006年にHerrera氏らにより報告された研究では、重度の歯ぎしりで睡眠が妨げられて中途半端な覚醒が繰り返されると、子どもの知能低下や注意欠陥・多動性障害(ADHD)のリスクが高まる可能性があると指摘されました。
つまり、ストレスと健康の関係を論じる上で、歯ぎしりや食いしばりといった“ブラキシズム”の影響も無視できないと言えるでしょう。
健康のためにしておきたいストレス対策
以上より、ストレスと口の健康は互いに影響を及ぼし合う相関関係にあることが分かりました。
では最後に、ストレスとうまく付き合いながら快適な毎日を送るコツを提案してみましょう。
1.やはり基本は、毎日の丁寧な歯磨き
口の中を清潔に保つことによってストレスのない健康的な口を維持することが、何より大切なのは言うまでもありません。毎日の歯磨き(セルフケア)と定期的な歯科健診でストレスの原因となる虫歯や歯周病を予防しましょう。
2.よく噛んで食べる
噛むことによって脳がリラックスすることが、いくつもの研究によって明らかにされています。じっくりと上下の歯で咀嚼しながら、味わって食事をしましょう。
3.歯ぎしりに対処する
歯ぎしりは無意識下の行動のため、顎の運動をゼロにすることはできません。歯の咬耗を防ぐために、マウスピースを作製し、装着して寝るようにしましょう。
マウスピースは硬い素材のハードタイプと軟らかいソフトタイプがありますが、ストレス緩和の観点からすればクッション性のあるソフトタイプがお勧めです。
4.適度な気分転換、ストレス解消を
ストレスの原因の解決に向けて積極的に動くことが大切ですが、なかなかそうはいかないものです。ストレスがあればため込まず、趣味や運動などで発散するように心掛けましょう。ふらっと気ままに散歩するのも効果的です。
5.深呼吸する
大きく深呼吸すると心拍数が減少し、リラックスと関係が深い副交感神経が優位になることが生理学的に明らかにされています。
不安や緊張、焦りなどの精神的なストレスを感じている時は、自分の呼吸に意識を向けて、ゆっくりと深呼吸しましょう。
* * *
以上より、ストレスはないに越したことはないですが、あったとしてもうまく対処しながら、健康的な毎日を過ごしたいですね。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・厚生労働省:令和4年歯科疾患実態調査結果の概要.2023.
・J Aoki, J Aida et al: Association of Stressful Life Events with Oral Health Among Japanese Workers. Journal of Epidemiology 34(1); 16-22, 2024.
・Md Monirul Islam, M Morita et al: Influence of occupational stress and coping style on periodontitis among Japanese workers: a cross-sectional study. International Journal of Environmental Research and Public Health, 2019.
・Herrera M et al: Bruxism in children: effect on sleep architecture and daytime cognitive performance and behavior. Sleep 29; 1143-8,2006.